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To Shine
The encounter with the rival
「藤村」 突然呼ばれたその名前に、シゲの足元で規則正しく弾んでいたボールがリズムを崩した。幾分ぶりかに地面に触れてトントンと転がっていくボールは、近くの石段に腰を下ろしていたの足元まで寄ってくる。けれどそれに目を向けることはなく、シゲはどこか虚を突かれた表情のままでそのボールの少し上 ――― へ、視線を向けていた。その表情から自分の持っていた確信が正解だったことがわかって、はやっぱりお前か、と驚いた様子もなく口にする。むしろそれに驚いたのは藤村と呼ばれた人物 ――― シゲのほうであった。 「何で知っとんねん」 「さぁ、なんででしょう」 それでもその驚きをそう表に出すことはせずに問うたシゲに、どこか悪戯っぽく笑ってが言う。関西選抜にいるとは言ったけれど、シゲはその苗字を口にはしていない。わざわざ調べるなんてことをはしないだろう。そうなってくると知るに至った経緯は、どこかから聞き及んだ、ということか。そうやって考えついたころには、シゲにはもう動揺は見られなかった。元々隠すつもりもないし、もう決めたこと。まさに不意を突かれた形になったために驚きはしたものの、今の自分は「藤村成樹」なのだ。そうして、俺も有名になったっちゅーことやなぁ、とわざとらしい表情とリアクションをしたシゲに、残念、俺の情報網が広いんだよ、とがこちらもわざとらしくにやりと笑う。としても、根掘り葉掘り聞き出そうなんて気はない。シゲはそれだけの覚悟でサッカーをしている。それを知っていれば、口を出そうなどとは思わない ――― これが、いつの間にか定まってきたとシゲの距離感なのかもしれないけれど。 「せや、そういやあんさん代表やったっけ」 「うーわ、なんだおまえ」 そんなふうに軽口を叩きながら、が石段から腰を上げてボールを蹴った。そのボールは狂いなくシゲの足元におさまる。2人の練習場となっているこの周辺の河川敷は、桜上水からも武蔵森からも近くもなく遠くもなく、シゲがオススメというだけあって滅多に人も通らない。今日も同じく人気のないこの場所で、シゲが足元のボールをポンと蹴り上げた。先ほど、が彼の苗字を呼びかける前と同じ安定感で跳ね上がるボールに、が軽く足首を回す。言葉もなく休憩を終えたそこにはもうそれまでの軽い雰囲気などはない。自分よりも背の高いを見やって、シゲはその口元に笑みを浮かべた。軽口で触れた代表という言葉、あれはこうして向き合う度に実感している。自分の力が増せば増すほど、相手の力がよくわかるようになるというそれなのだろう、がそれだけの相手だと知っていて、実感して、それでも戦いたいと、挑むことが楽しいと思うようになった自分の変化も同時に感じながら、シゲはボールを蹴り出した。 「・・お前最近強くなったな」 不意に言われた言葉に、はその声の持ち主である三上に顔を向けた。引退したサッカー部の3年に声をかけ大人数で借りたこのコートでは、今はや三上たちと入れ替わったチームが紅白戦をしている。以前からと三上はフットサルなども頻繁にやってはいたけれど、こうしてサッカーのグランドでサッカーをやってみて改めて零れたのが先ほどの言葉だった。技術面もあるけれど、当たり負けしないフィジカルやメンタルも強くなったように思う。それは、今までずっと近くで見てきたからこそ感じ取れたものなのだろう。なんだよ急に、と言いながらドリンクを口に含んだに、三上はタオルで汗を拭きながら、自覚もあんだろ、と口にする。その言葉に、一瞬きょとんとしたは、さすが三上、と笑った。そんなに、三上は1つ息をつく。 「なにやってんだよ」 「んー?・・内緒」 少し考えるようにしながらも、結局含みを持って笑ったに、三上は眉を寄せる。同じ寮生活なのだから、三上も渋沢もが頻繁にトレーニングをしているのは知っていた。そして最近、トレーニングというよりはサッカーをして帰ってくるのも知っている。大人数でコートで、というよりも、少人数でピンポイントに、という様子なこともだ。だからこそ問うてみた質問への答えに、三上がもう1つ息を吐けば、ため息つくと幸せが逃げるぞ、とがいつもの調子で口にした。誰のせいだよ、と一瞥をくれた三上に、は笑う。 「大丈夫、浮気じゃないから」 「言ってろ」 慣れたやりとりを交わしていれば、コートの中で長い笛が吹かれる。それを合図に、ベンチに腰を下ろしていたメンバーが立ち上がるのと同じく、と三上もそれぞれ持っていたドリンクとタオルを置く。そうしてコートに入っていく様子は、現役のころと同じようで、けれど少し違っていた。 |