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To Shine
「―Never mind,」
「くっそ、おま、なんだよそれ!」 「へっへー!くらえ必殺藤代スペシャール!」 「なんだその安直な名前!つーかセコっ!・・・あー!」 そうやって一際大きな声で叫びながら、は手にしていたコントローラーをポイ、と手放して後ろへと倒れこんだ。その隣では藤代がよっしゃ!とガッツポーズを作り、2人を囲むように、笑っている渋沢、呆れ半分の三上を筆頭とした現役・引退を併せたサッカー部員の姿がある。頻繁に部員のたまり場となるこの藤代と笠井の部屋では、例にもれず格闘ゲーム大会が行われていた。引退した3年生の出席率は低くなったものの、全くないわけではないのはエスカレーター式の良いところだろう。敵討ちは任せろ、という根岸に後を托せば、は部屋の主でもある笠井の隣へと移動した。お疲れ様です、と苦笑する笠井に、ん、マジなにあの技、と零している間にも、新しく選択されたキャラクターが合図を受けて動き出す。 「藤代おまえそれ反則だろ!」 「そこだって、やってやれ根岸!」 やんややんやと外野からのコメントを多く受けながらも、やはりゲーム内の主導権は藤代にある。これもいつものことで、引退までにはこいつを負かせてやろうと言っていた3年生の目標が、卒業までに延びたのはこの夏のことだった。しかし今日もまたその目標が達成できたかといえば、今までのゲームで常に藤代がコントローラーを持っていることからもその結果はわかるだろう。そして今回もまた、どうやらそれは達成されないらしい。画面の中で倒れたキャラクターと浮かび上がった文字に、3年組は肩を落とした。それじゃあ次は俺が、と中西が腰を上げたとき、コンコン、というノックが部屋に響いた。笠井がどうぞ、と声をかければ、この松葉寮の寮母を務める女性が扉を開いた。その中にいた面々を見て、相変わらず仲が良いわねぇ、と言うような笑顔を浮かべてから、彼女が笠井に封筒を手渡す。 「桐原先生からのお預かりよ」 「あぁ、ありがとうございます」 その言葉を聞けば、笠井には心当たりがあったのだろう、礼を言ってその封筒を受け取った。それは現キャプテンという立場柄のものなのだろうということはその場にいたそれぞれに見当がついたために、特にそれについて突っ込むものもいなかった。そうして順調に次のゲームの準備が進んでいく最中、部屋を出て行こうとした彼女が、を目に留めてそういえば というように口を開く。 「くん、さっき部屋に手紙を届けておいたわよ」 そう告げた声に、の視線がテレビから移る。いつもやってきた手紙やらハガキやらを各部屋に届けてくれるのは寮母である彼女で、つまりは先にの部屋にも届けてきたところだということだろう。手紙?とが問いかければ、ええ、と寮母さんがその朗らかな顔で頷いた。 「あ、ラブレターだったりして!」 「アホか」 手紙を告げる彼女の声はもちろん部屋にいたみんなに聞こえていたために、まだゲームを始めていなかった藤代が面白そうな声でそう言えば、すぐに三上の一言が飛んだ。アホって言うことないでしょー!なんて三上に反論する藤代の一方で、にも思い当たるものがあったのか、そっか、と小さく声を零す。そうして、笠井の隣から腰を上げた。 「ありがと、寮母さん」 そう言って、俺ちょっと部屋戻るわ、とその場にいた面々に声をかける。えー?というブーイングに、ちょっと手紙見てくるだけだよ、と笑えば、確かに来ていると言われれば気になるのは仕方ないか、というようなそれぞれからの反応を貰いながらは藤代と笠井の部屋を出た。同じく部屋を出、ドアを閉めようとした寮母さんに、藤代が ラブレターじゃなかったんスかー?と声をかけた。 「残念ながらエアメールだったわ」 「エアメール?・・え、じゃあ海外!?」 くすくすと笑いながらの言葉に、藤代が驚いたように声を零す。エアメール、イコール赤と青と白の便箋、イコール海外というように繋がった藤代の思考回路は今回は正解だったらしい、ええ、と頷いてから、寮母さんは今度こそドアを閉めて部屋を出て行った。部屋の中に残された面々のうち、海外って、と誰かが声をあげるよりも先に、つい先ほど一言で藤代の発言を切った三上が口を開く。 「ドイツじゃねーの?」 「前にも手紙が来ていたしな」 だから言っただろうが、と言いたげな表情の三上と、苦笑混じりの渋沢の言葉に藤代も納得がいったのだろう、あー、と声を漏らした。夏の大会の前、2週間という短期間ではあるけれど、がドイツにサッカー留学に行っていたことは寮母さんも含め、武蔵森のサッカー部関係者ならみんな知っている。また、その交流が今も続いていることも部員たちは知っていた。考えてみれば、確かにそのエアメールはドイツの友人などだろう。なあんだ、と呟けば、藤代はすぐに思考を切り替えたようで、よっし、じゃあいきますよ中西せんぱーい!と楽しげな声をあげた。 一方のが部屋へと戻ってみれば、確かにそこには一通のエアメールがあった。そこに書かれた宛名も差出人も、が思い当たったそれと同じだった。そうして、その中身もには思い当たりがある。いつもよりもゆっくりと、いつもよりも丁寧に封筒を開けば、出てきたのは想像通りのもの。それに目を通せば、想像通りであるはずなのに、どうしてかひとつ深い息が零れた。 |