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To Shine
Boys begin to advance
「韓国?」 「そーなんスよ!2月に試合やるらしくて」 はぐはぐはぐ、とおにぎりを食べながら藤代が口を動かした。夕食後、藤代に声をかけられたと、それに巻き込まれた形の渋沢が自主トレを終えたところで、寮母さんが作ってくれたのがこのおにぎりである。それを頬張る藤代に、正面にいた渋沢が食べてから話せと注意をすれば、はーい、とくぐもった返事をしてから、藤代が口の中に入っていたものを飲み込む。その光景に、渋沢は本当に保護者だな、というツッコミを入れる者は武蔵森には最早いなかった。先ほど問い直したも、その問答を気にする素振りもなく、ふーん、と声を零す。 「土日で行くのか?」 「いや、木曜からだ。祝日から平日を挟んで土曜に帰ってくる」 「学校休めていいっスよねー」 の問いに、渋沢が韓国遠征のスケジュールを答え、そこに藤代が補足を加えた。お前ますます授業わかんなくなるんじゃねぇの、とが笑えば、シツレーっスよ先輩!と藤代が拗ねたように返す。けれどその後に続いた、タクに聞くから平気っす、という言葉に、と渋沢はため息をついた。しかしそうしてテスト前になって慌てるのはいつものことであるため、は韓国遠征へと話題を戻す。韓国、と言われれば思い出すほどの印象深い選手が、にはいた。 「韓国って言うと・・・潤慶とかか」 「ゆんぎょん?知り合いっすか?」 「知り合いっつーか・・前にナショナルでちらっと」 な、と渋沢に声をかければ、同じくU−15として韓国代表と試合をしたことがある彼も、ああ、と返す。そんな2人の先輩に、区分としてはU−14でありその“ユンギョン”を知らない藤代は、そいつ、うまいんスか?とわくわくしたような表情で問いかけた。その問いに、うまかったぜ、とが返し、韓国の中では変わったスタイルだったな、と渋沢が評する。ディフェンス側の2人にとって、彼の独特のステップとテクニックの高さは強く頭に残っていた。そうやって思い出す2人に、へー!とますます興奮した様子で藤代が声を上げる。 「あーでもやるのソウル選抜なんだっけ?あいつがソウルかはわかんねーな」 「大丈夫っすよ!ソウルって東京みたいなもんでしょ?いるいる」 の言葉に、藤代が妙に自信満々に答える。その理由に、なんだそりゃ、とが笑った。渋沢も苦笑を浮かべる。しかし、なんといっても海外 ―― それも同じアジアであり、少し先を行く韓国との試合はいい経験になるだろう。東京選抜に入っていれば自分も行けたのになあという思いがないわけではないけれど、それとこれとは別の話、とは選抜に入っている2人に、笑みを向けた。 「ま、楽しんで来いよ。強いとこと出来るに越したことないからな」 そんなに対して、こちらも笑顔での、ああ、であったり、はい、であったりの返事が返る。それらに笑みを深めてから、で、どーなの最近選抜は、とが言葉を向けた。普段、あまり彼らは選抜の話などをすることはない。それは三上に対する配慮というよりも、別のチームという認識が強いためである。いくらメンバーが多少重なっているとは言え、選抜というものが比較的身近にあるこのチームでは、武蔵森は武蔵森、選抜は選抜という意識は当人たちにも、そして当人たち意外にも根付いている。しかしそれは興味がないというわけではない。上手い選手が集められた選抜であり、にとっては知り合いも多くいるチームだからこそ、関心は持っていた。そんなに、選抜の2人は考える様子を見せる。 「まだ探り探りであることには変わらないな」 そうして発せられた渋沢の言葉に、へえ?とは片眉をあげた。確かに選抜に選ばれる選手はプライドを持っている選手が多い。またその逆で、東京という比較的狭い地域での選抜のために慣れていない選手もいるのかもしれない。そうして、癖のあるやつも多いしなー、と思うの隣で、天城も行っちゃいましたしねー、と藤代が重ねた。そこで挙がった名前に、が首を傾げる。 「天城?」 「ああ、選抜にいたFWだ。先日ドイツに行った」 その渋沢の説明に、そしてそのドイツという言葉に、は瞬いた。サッカーで?と問いかける声が、思わず硬くなる。しかしその僅かな変化は、夜食を食べ終えた藤代のごちそうさまでした、という声と重なったおかげで気付かれることはなかった。そのため渋沢は、家庭の事情もあるらしい、と普段からの大人びた様子で返事を返す。その返事に対して、複雑な胸中のままにそうなんだ、と呟いたの隣で、藤代が、あー、と伸びをしながら声を発した。 「いいっすよねー、ドイツとか上手いやついっぱいいそー!」 ね、先輩!と話を振られて、は一瞬答えに詰まった。藤代にとっては何の意図もない、ただがドイツに留学していたこともあっての言葉なのだろう。しかし今のにとっては、ただそれだけの意味を持つ内容ではなかった。そんなに、?と向かい合う形の渋沢が声をかける。 「どうかしたか?」 「あー、や、なんでもない。そうだな、ならまずはドイツ語だろ、藤代」 「うっ!いや、いやいや大丈夫ッスよ、ジェスチャーで!」 渋沢の声に、が苦笑を浮かべながら答える。そうして藤代をからかうような言葉を付け加えれば、藤代がいつものように返した。それは無理だろー、と笑うに対して、渋沢が気にかけるような視線を送っていることには気づいたけれど、な、渋沢、と声をかけることで、はその視線を受け流す。そうだな、と笑う渋沢が納得しているかはわからなかったが、まだそのことを話せるほどにの心は決まってはいなかった。 |