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To Shine
Boys begin to advance
至って普通の休日、敢えていうならばもうすぐそばに迫ったクリスマスの準備 ―― とは言え、そう大層なことをするわけではないのだが ―― でもするか、と言う位の休日を、はまさにそのようにして過ごしていた。休日なのだから、当然のように現役の後輩たちには練習がある。そして、引退した3年生はオフとして、勉強なり自主連なりに励むメンバーもいるだろう。ただ同時にこの季節というのは気温が低いため怪我の可能性も大きくなる。そんな要因のために、寮内で過ごしていたは、ふと聞こえた声に足をとめた。 「はい ――― ええ、わかりました、よろしくお願いします」 受話器を手にそう言葉を紡いでいたのは武蔵森のコーチである赤沢だった。時間帯からも、そしてジャージを纏った姿からも、練習を抜けてこの電話を受けたのだろう事が伺える。そうして通話を切った後も厳しい表情を浮かべる赤沢に、は声をかけた。そうすれば、振り向きの姿を捉えた赤沢が、その表情を僅かに崩す。 「か」 「何かあったんですか?」 そう問いかければ、ああ、と赤沢が息を吐いた。プライベートなことならば当然詮索する気などなかったのだが、どうやらサッカー関連のことらしい様子に、も小さく首を傾げる。何か面倒なことや、そうでなくとも良くはないことが起こったのだろう、そう予想しつつが赤沢の言葉を待てば、実はな、と赤沢が口を開いた。 「渋沢が故障したらしい。・・右ヒザ、全治1カ月だそうだ」 苦い表情で告げられた言葉に、もわずかに目を見張る。引退した身のために最近聞かなくなっていた故障、渋沢の、しかも以前も怪我をした右膝。これが現役のころであったのならば、こんなことで済む話ではなかっただろう。引退した身であったのは、不幸中の幸いというものであったのかもしれない ――― 尤もそれは武蔵森サッカー部にとっては、という話であって、都選抜のメンバーとして現役の渋沢にとっては、状況はそう変わらないかもしれない。それでもおそらく、責任感の強い渋沢のこと、サッカー部引退前とは重圧が違うはずである。 「・・・選抜で・・ですか」 「ああ。都選抜のコーチがここまで送ってくれるそうだ」 眉を寄せて言ったに、赤沢が頷く。先ほどの電話の相手は、その都選抜のコーチなのだろう。病院帰りというところだろうか。そう思って、それじゃあ、とが赤沢に声をかける。 「俺が渋沢を待ってますから、コーチは練習に戻ってください。帰ってきたら連絡します」 「・・そうだな・・わかった。頼んだ、。」 練習を抜けてきたこともあり、また監督に伝えるためもあるのだろう、赤沢はそう言って、が頷くのを見てから踵を返し松葉寮を出ていった。その背中を見送ってから、はひとつ息をつく。全治1カ月ということは、3月のナショナルトレセンには問題はないだろうが、2月にあるという都選抜の韓国戦はどうか。一度怪我をしたくらいで渋沢がレギュラー落ちするなんてことはないだろうが、それにしたって、なんてつらつらと頭の中で文句紛いのことを重ねたところで、結局は残念なだけなのだ。ともかく渋沢が帰ってくるのを待たないとな、と、は玄関からすぐのロビーへと足を向ける。そうしてソファへと腰かければ、近くにあった紙に、先ほど考えていたクリスマスの買い出しをメモに起こそうかとペンを手に取った。先ほどまでの純粋にクリスマスを楽しもうという気持ちとは違ってしまったけれど、この文句は直接あいつに言ってやる、なんて八つ当たりもいいところである。 |