To Shine
Boys begin to advance






「おかえり」
「・・・?」
「赤沢コーチから聞いた。ヒザやったんだって?」

松葉杖をついて寮へと帰ってきた渋沢を出迎えたのは、だった。憮然としたような、些か眉を寄せたような表情で渋沢に声をかけたに、渋沢がその表情に不思議そうな色を混ぜる。そんな渋沢に、問いかけというよりも確認のように言うに、ああ、と渋沢が苦笑した。サッカーをしている以上、怪我をしたことは少なくはない。だからこそ、がこんな顔をするときは、心配やらなんやらが混ざったものだと知っていたためだ。そんな渋沢の様子に、の眉間の皺が僅かに濃くなる。そんな中、渋沢を送ってきたコーチがへと声をかけた。桐原監督はどこに、と言う問いに、奥のコートにいるはずです、渋沢は引き受けるんで、と答えれば、そのコーチは頷いて、渋沢と言葉を交わしてから寮の玄関を出ていく。その姿を見送ってから、は渋沢が寮内に上がるのを手伝い、渋沢の荷物を持った。渋沢も礼を言って、ひとまず部屋に向かうために足を進める。普段よりもゆっくりとした速度で寮内を歩きながら、はそれ、というように渋沢のヒザに目をやった。

「どうしたんだよ」
「怪我か?」
「そ。普段からヒザは気をつけてるはずだろ?」

全治一カ月、という怪我は決して小さい怪我ではない。特に前に痛めたことのある部位であるから尚更だろう。固定されたヒザを見ながら続けた言葉は、普段から渋沢を知っているからこそ出た言葉だった。そんなに、渋沢は苦笑しながら怪我をしたときの状況を簡潔に話す。そうすれば、解かれていた眉間の皺が再度寄った。練習中の怪我、というのはよくあることである。ただその練習ならば、やりようによっては怪我などしないのではないか。落ちる際に力を緩めれば、着地の体勢を崩すことはないのではないか。そんな疑問に加え、不動のゴールキーパーという立場に立つ渋沢である。常に近くにいるからこそ、渋沢に向けられる感情が良いものだけではないこともは知っていた。そのために考えられるひとつの可能性に、は少し考えてから口を開く。

「・・・なあ、お前、それ ―――


けれど紡ぎかけた言葉は、渋沢の声で途切れた。明らかにそんな意志をもって発せられた声に、の視線が渋沢のヒザから顔へと映る。その表情にはその続きを言うのを許さないような色があって、は僅かに目を瞠った。今まで、都選抜に所属している藤代や間宮、そして渋沢の言葉や様子から、都選抜はまだチームとしては未熟であり、まだまとまりきってはいない状況なことはも知っている。そうしてこの様子を見るに、恐らく今回の渋沢の怪我も何かしらそんな要素があったのだろう。ならば、このまま放置しておくべき問題ではないはずだ。そんなの思考もわかったのだろう、渋沢は、ひとつ小さな息を吐いた。

「・・俺だって、これが武蔵森の問題なら真っ先にお前に相談したさ」

でも、お前は都選抜のメンバーじゃない。そんな続きの言葉は渋沢の声で紡がれることはなかったけれど、にははっきりと届いた。咄嗟に開きかけた口は、けれど音を発することはせずに閉じられる。思えば武蔵森の選考会で出会ってから今まで、渋沢とは常にチームメイトだった。この武蔵森でも、地域選抜でも、年代代表でも、である。意識せずとも、同じ学校で、同じ年代で、となれば自ずとそうなってしまうもの。だからこそ、今回が都選抜に入らなかったことで、この3年間の中で初めて、渋沢との間にチームメイトではない関係が出来たのだ。確かに、こういう問題は当事者以外が触れるものではないかもしれない。特にの場合は辞退した立場なのだから尚更だ。そう頭では思っていても、じわりと湧いてくるのは別の感情。選抜の問題ならば口を出すべきではないかもしれない、けれど自分が言いたいのは選抜の問題ではない、渋沢のことだ。そんなふうに渦巻く感情をグッと押し止めて、は息を吐き出すようにして言葉を紡ぐ。

「・・・・わかったよ、世話焼いたな」

自身でも声に苛立ちが混ざった自覚はあった。ならば当然渋沢にもそれは伝わっただろう。けれどそれをフォローする気も起きず、は辿り着いた渋沢の部屋のドアを些か乱暴に開けた。それに驚いたのは部屋の中にいた三上で、瞠った目で眉を寄せたと、同じく難しげな顔をした渋沢を視界にいれれば、怪訝そうな表情は増す。

「おい、一体 ―――
「渋沢が怪我した。この荷物頼む」

状況を理解しようと問いかけた三上に、至って簡潔にそう告げて、は渋沢の机の近くに持っていた荷物を置いた。そんなうちに、が室内に入ったことで見えなかった渋沢の固定されたヒザと松葉杖が目に入って、三上はますます訝しげに表情を歪ませる。けれど渋沢の怪我と同じく目に見えるの不機嫌 ―― と評するべきなのかはわからないが ―― な表情に、どうしたんだよと三上が声をかければ、なんでもねーよ、と乱雑に返しては部屋を出ていく。その姿に、三上が渋沢へと目を向ければ、その視線に気づいた渋沢は、苦笑を浮かべ、ちょっとな、と呟いた。







  << back    next >>