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To Shine
Boys begin to advance
渋沢が怪我をしてから数日、と渋沢の間の表面上は普段通りな、けれどその水面下に流れる微妙な空気は変わっていなかった。2人はクラスも違い、サッカー部の練習もない。その分接点が多いわけではないのだけれど、同じ寮で生活しているのだから全く係わらないということもない。そのため、この2人の空気に何人かは気付いていた。が、気づきはしてもどうするかというのはまた別問題であった。特にこの2人は、主将とセンターバックとして、そしてその性格から、試合においても生活においてもまとめ役を担ってきたものだから、尚更である。そんな中、コンコン、との部屋のドアを鳴らしたのは、先日まさにそんな空気を肌で感じさせられた三上であった。部屋にやってきた三上に、どーかしたか?と椅子の向きを変えて問いかけるは至って普通ではあるのだけれど、逆にそうだからこそ、はあ、と三上はため息をつく。 「お前ら何やってんだよ?」 「・・お前ら?」 「お前と渋沢」 「何もやってねーよ」 聞き返してきたに、わかってるだろーが、とでも言いたげに三上は即答した。実際に、壁に背を預けるその顔は思考を物語るように憮然とした表情を浮かべている。けれど、からも同じくらいの速さで答えが返った。ほらな、最初からわかってたじゃねーか、と思いつつも、のある意味頑ななその様子と、そして渋沢の同じような様子を思い浮かべて、三上はまたひとつ、内心でため息を吐く。そもそもこんなことは俺の担当じゃない、と思いつつも、普段そんな役回りを担当している2人がこうなってしまっては三上が立ちまわるのも仕方がないというべきか。全く手のかかる、なんて普段の自分たちのことは棚に上げて思いつつも、この珍しい状況に、三上は言葉を重ねた。 「珍しい、っつーか初めてだな、お前らがこんなんなるの」 「はあ?今までだって何度もあったっての」 「DFとGKって立場以外でだよ」 三上の言葉に、そんなこと、と言いかけて、けれどの言葉が止まる。それ以外での心当たりが即座に思い浮かばなかったためだ。DFとGKというのは連携が非常に大切になってくるポジション同士であり、当然その立場から意見がぶつかることも少なくはない。それはと渋沢がというわけではなくとも、DF陣とGK陣の代表としてという意味もあった。けれど、そう、言われてみれば確かに、ピッチと関係のないところで意見が衝突したことなどあっただろうか。 ――― そうだ、なかった。他の、三上や根岸や中西たちとはあっても、渋沢とは。そうやって思い返すに、三上から言葉が紡がれる。 「お前らは責任感が強すぎんだよ。サッカー取っ払って向き合ってねーだろ?」 三上の言ったことは、ほとんど正解だった。ある意味では、と渋沢はお互いにわざとそうしているところがあったのかもしれない。どちらも、自分たちがこのチームの中核を担っていることも、基盤を支えていることも、そして周りもそう認識していることもわかっていた。だからこそ、必要のないところでお互いがぶつかれば、チームにそのまま影響が出ることを懸念していた。元々ぶつかりあう要素が無かったと言えばそれまでだけれど、そんな要素の種すら作らないようにしていたところが無かったかと問われれば、何の躊躇いもなくの肯定は出来ないことに思い当たって、は口を閉ざす。そんなを、そしてそんな彼らを知っている三上だからこそ、今ここでこんな説教染みた話をしに来たのだ。 「今までずっとそうだったんだ、引退してる今が良い機会だろ。高等部行く前に腹わって話しとけよ」 高等部。その単語に、は薄らと目を細める。けれど、そう、自分がどうするか ―― 高等部に行くか行かないか ―― は別としても、今がいい機会だということは間違いないだろう。また同じチームのチームメイトとしてピッチに立つようになれば、その立場を重要視する、それはお互いにわかっている。そして、だって渋沢だって、お互いのことは十分にわかっている。腹を割って話しあって、向かい合って、わかりあえないなんて思ってはいないのだ。今まで自分たちが諭す立場にありながら、そうしてそんなことを言っておきながら、結局自分たちもそれがわかっていなかったという事実に、は苦笑を浮かべる。そりゃそうだ、話しておくべきだ。あいつは、信頼出来るキャプテンであり、チームメイトであり、 ――― 友人なんだから。そう思えば、苦笑は笑みに代わって、同時にため息も零れる。 「・・三上に諭されるとか、すげー癪だ」 「言ってろ」 そうやって笑うに、三上も口元を上げた。後はお前らで何とかしろよ、と続ける三上に、言われなくとも、とが肩を竦める。実際に後は2人で話は落ち着くだろう、それも呆気なく。そう思いながら三上が部屋を出て行こうとすれば、がそれを呼びとめた。三上がドアノブに手を当てたまま、顔だけで振り返れば、がいつものように笑って声をかける。 「サンキュー」 それは純粋な感謝と、わざわざ俺たちのために動いてくれて、なんていう少しのからかいも混じったもので、三上も正確にそれを感じ取った。そうして、ばーか、とだけ口元を上げて、三上は今度こそ部屋を出ていく。それを見送って、さて、とは椅子から腰を上げた。 |