To Shine
Boys begin to advance






「渋沢」
「・・?」

少し寮内を歩いてみれば、はすぐに廊下に置かれたベンチに座る渋沢の姿を見つけた。元々そう極端に広いわけでもなく、学年も同じなのだから行動範囲など似たようなもの。普段から部屋を出て目的地に着くまでに誰からしらに会うのは常日頃からのことで、渋沢とがこうしてはち合わせることも少なくはない。それでも、の声に渋沢が少し驚いたような表情をしたのは、ここ数日の関係のためだろう。さすがにあからさまに無視をするなんてことはなくとも、正面で足をとめた上でここまではっきりと視線を向けられるとは思っていなかった渋沢は、そのまま隣に腰を下ろしたに視線を向けた。しかしは視線を返さない。とて、三上に ―― 癪だとは言え ―― 諭されたと言っても、それほど簡単に気持ちの切り替えというのは出来るものでもないし、それまでの空気というものもある。そんなに、渋沢も口を開くことはせずに視線を先ほどまで読んでいた本へと移した。そうして少しの時間が流れてから、がぽつりと声を零す。

「・・・お前はお人よしすぎだ」

ある意味唐突に零された言葉に、渋沢は驚きは伴わずに再度へと顔を向けた。渋沢自身、そんな評価は今までにも多くもらってきたものであり、からも言われたことがある。けれどそれは、笑いであったり呆れであったり、そんなものを含んでのものばかりで、これほどに落ち着いた声で紡がれたことはなかったかもしれない。そんなことを思う渋沢に、は今度こそ視線をきっちりと向けて言葉を続ける。

「それはお前の良いところだけど、そんなんじゃお前の身が持たなくなるぞ」

結局、が言いたいのはそういうことだった。この3年間、同じチームで、同じ場所で過ごしてきたのだから、渋沢がその性格のためにどれだけ慕われているかも、信頼されているかも知っていた。それは渋沢の良いところであるとみんな口を揃えるだろうし、も長所であると思っている。しかし同時に、そのために損をしているかも知っていた。渋沢だから上手く立ちまわることが出来、上手くこなすことが出来ているだけなのだ。だからこそ、今回こんなことが起きて、そんな危機感が増したのだ。チームメイトという関係の上でではなく ――― 友人として。言葉や視線こそ強いものだけれど、のそれは自分を心配してのものだと当然わかるものだから、渋沢は小さく苦笑を浮かべた。

「・・に言われたくないな」
「俺はそんなんじゃねーよ、好きなことやってるし文句だって言う」

渋沢のそんな言葉を、は にべもなく突き返す。自分もそんなふうに言われることもあるけれど、渋沢の比ではない、というのがの考えだ。そしてその言葉に、普段からを知っている渋沢が笑う。それは半分本当で半分はうそだろう。本人に自覚はあるかわからないが、それでも友人としては ――― そう思って、渋沢はひとつ苦笑を零す。この状況はこんなにも簡単でこんなにもわかりやすい、ただの友達同士の喧嘩だ。今までどうにも当て嵌め難かったこの状況をすとんと落ち着ける言葉に、渋沢はまたも笑う。

「胆に銘じておくよ」

そんな渋沢の様子と言葉に、はじっと渋沢に送っていた、普段より幾分か友好的ではなかった視線を外した。そうして、全く、と息をつきながらその背中を背もたれに預ける。元々それほどあからさまだったわけではない、それでも本人たちにとっては明白だった空気の違和感は既にどこかへと消えていた。それがわかれば、いつまでもこんな恥ずかしい ―― 仲直りの延長戦のような空気の中に居られるか、とはベンチから腰を上げる。そうして、まだ固定されたままの渋沢のヒザに目をやった。

「・・・・、ナショナルトレセンもあるんだから、さっさと治せよ」

全治一カ月の怪我ならばナショナルトレセンには重ならない、それはわかっているけれど、一カ月離れていれば、その勘を取り戻すのには時間がかかる。GKであるならば尚更だ。それに、何よりも怪我など見ていて良いものではない。そんな気持ちからそれだけを言って部屋へ戻ろうとすれば、、と、渋沢から声がかかる。その声に答えるように目を向ければ、ヒザのために座ったまま、けれどまっすぐとした視線がぶつかりあった。

「悪かった。お前に八つ当たりした」

そう言って、渋沢は苦笑のような、それよりも苦味が強い、バツの悪そうな笑みを浮かべる。怪我をしたとき特有の、苛立ちやら不甲斐無さが混ざって、気心が知れた相手にそれが向いてしまった。渋沢にとって、ずっと一緒のチームにいた、競う合って隣に立つというよりも、背中を預け合うという表現の方が合うようなの存在は、渋沢自身が思っていたよりも大きかったのだ。失って初めて気づく、という感覚に似ているのかもしれない。意識下にも無意識下にも、の存在に助けられてきたからこそ、都選抜内での問題に、あいつが居てくれたら、なんて気持ちがあったのも事実だった。だからこそ、の懸念を、チームメイトではないからと拒絶した。自分たちの関係は、「チームメイト」だけで表せるものではないというのに。けれど、それらのことはにとっても同様だった。だからこそ、は渋沢の謝罪にひとつ瞬いてから、わざとらしくにやりと笑う。

「・・ばーか。普段から八つ当たりくらいしろってんだよ」

友達だろ、なんて言葉はあまりにも恥ずかしいために口にはしないけれど、笑う様子を見ると、渋沢にも伝わったのだろう。もしかしたら、潔癖になりすぎていたのかもしれない。チームメイトだとか、GKとDFだとか、チームのまとめ役だとか、サッカーに係わることだけで全てを割りきるなんてこと、出来るわけはないのに。そうやって、どこかすっきりした、ずっと忘れていたものを突然思い出したような、そんな感覚を味わうに、渋沢も先ほどの言葉に答えるように、それなら、と言葉を返した。

「お前も、迷ったら相談くらいしろよ」

そんな渋沢の言葉に、は虚を突かれたような表情を浮かべる。渋沢の言葉は、今までよりも少しに踏み込んできたものだった。迷っていることもわかっていて、それでも自分が言うまで待つところは最早渋沢の性分なのだろう。結局はお人よしで世話焼きな友人に、の口元が自然と緩む。

「・・・・おう」

まだ話していないというのに、話すかさえわからないというのに、なんだか気持ちが少しだけ軽くなったような感覚に、はくしゃりと笑った。







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