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To Shine
TURNING‐POINT
「あれ、出かけてたのか?」 「おー、ちょっとな」 通りかかったロビーの中からかかった声に、は足を止めてそう答えた。ロビーにいたのは3年生数人で、なんてことはない、いつも通り、テレビを見ながら話をしていたのだろう。対するはといえば、コートを着こみマフラーを巻き、その手はポケットに入っているという、如何にも外出から帰ってきたばかりという格好だった。おかえりー、と緩くかかった声に同じように返事を返し、何か面白いテレビ番組でもやっているのかと中をのぞいたに、軽い調子で声がかかる。 「高校見学でもしてきたのかー?」 「なんで今更高等部見に行くんだよ」 たった今帰ってきた、その出掛け先を問う質問に、はかけられた声と同じような軽さで笑って答えた。言葉通り、高等部にはもう何度も行っているし、グランドも中の設備も知っている。学内の様子だって、知り合いが多くいるのだから今更確認することもない。そもそも高等部はすぐ隣で、他のメンバーも改めての高校見学などしていないだろう。だからこそそうやって笑うに、そう質問した同級生たちは多かれ少なかれ表情を変えたように ―― そして少なくともには、それが安堵の表情だったように ――― 見えた。そんな彼らに、は怪訝そうに首を傾げる。 「・・・なんだよ?」 「いや ――― 実は・・・さ、お前が外部受験するんじゃないかって言ってたんだ」 な、と、その言葉を落とした部員が、今だから言えるというような気の抜けた面持ちで他の同級生たちに話を振った。話を振られた彼らも同じく、そうそう、と、一様に頷く。そうやって彼らが直接言葉にすることはしないままに感覚を共有している間、一人そこに入れなかったのはその言葉を落とされただった。けれどソファなり椅子なりに腰掛けている彼らは、立ったままでいるの、彼らの目線よりも高い位置で起こったその変化に気づかないままに、気の抜けた声のままで言葉を紡ぐ。 「ほら、お前最近気ィ張ってるだろ」 「他が緩んでるから余計かもしんねーけど、外部組と似た空気だからさー」 そうやって、彼らが紡いでいく言葉は、確かにそれに気づけば自ずと外部受験というものと繋がる要素なのだろう。からしてみれば、まずそんな自分の様子が表に出ていること自体が青天の霹靂であった。本人には、そんな自覚は全くなかったのだし ――― 少なからず出ていたとしても、それに彼らが気付いたということもまた、驚くことであった。3年間、共に過ごしてきた経験は伊達ではないということだろうか。ならば、渋沢や三上たちの様子も納得がいくというものだ、なんて、他人事のようにそう思っていれば、でも、と、安心しきった声がへと直接飛んでくる。 「今の見ると違うみたいだな」 その声に、そしてその表情に浮かんでいたのは、紛うことなく安堵だった。それは彼だけではない。きっと無意識だろうそんな表情を前に、きゅ、とは唇を結んだ。そうして、す、と、その視線を彼らから外す。そんなの様子を見て、安堵の色を薄めた彼らが ?と問いかけたその声に、は小さな声で、ごめん、と呟いた。押し殺すようなその謝罪に、おい ―― と彼らが立ち上がるよりも早く、は下がっていた視線をあげる。 「・・・・知らなかったよ。お前らが、そんなに俺のこと好きだったなんて」 ぽつり、落とされた言葉は真剣な色を伴って、その場の空気を止めた。そうして、立ち上がりかけた体勢のまま、言葉で表すならば、まさに、「は?」とでも言いたげな表情で固まった彼らに、は視線を上げた顔に綺麗な笑みを浮かべて再度言葉を落とす。 「認識が甘かったな、悪かった。俺もお前らが大好きだぞー?」 「・・・うっわ、うぜー!」 「なんだお前!」 そんなの、先ほどよりもからかいの色が増した言葉に、同級生の彼らは脱力したように椅子に座りこむなり、勢いよく噛みついてくるなりの反応が返った。完全にからかわれたのだと理解した彼らに、それでも浮かぶのは今度こそ安堵の表情。それは、一方で”らしい”と彼らが判断したためであり、他方で彼らの不安が払拭されたためであった。そんな彼らの様子に、同じく笑いながら、そんじゃ俺は一回部屋戻るわ、と声をかけ、はロビーを出ていく。けれども、その握りしめられたこぶしは、部屋に着くまで解かれることはなかった。 |