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To Shine
TURNING‐POINT
全寮制である武蔵森とは言えど、長期休暇の際にはほとんどの生徒が実家へと帰る。特に年末年始は、余程特別なことが無い限り、学校にとどまる生徒はいないだろう。厳しいことで有名なサッカー部でも、中学生ということもあり、年末年始の数日は練習が休みとなる。引退した3年生はもちろん、現役部員たちも、また寮母さんたちも皆が寮を空けるというのは、1年でこの時期だけだ。そのような区切りの時期であるから、松葉寮での大掃除は、個人の部屋から共同スペース、さらには部室に至るまで大規模に行われる。部員の声やら物を動かす音やら掃除機の音やら、様々な音が飛び交う寮内で、廊下の窓拭きをしていたの耳に聞こえたのは、ある意味では予想通りの後輩の声だった。 「あっれ!?なんでないんだろ」 比較的近くの、ドアの開け放たれた部屋から聞こえてくるのは藤代の声。バサバサという音から察するに、探し物でもしているのだろう。昨年もそんなことをしていた後輩を思い出して、笑い半分呆れ半分に、はその部屋の方へと足を進めた。 「なにやってんだ?」 「あ、先輩!」 「先輩」 部屋をのぞきながらそう声をかければ、先ほどの廊下まで聞こえた藤代の声と、同じくこの部屋の住人である笠井の声が返ってくる。大掃除をしてたんですけど、という笠井の言葉通り、部屋の中の藤代のスペースには物が散乱していた。一方の笠井のスペースは綺麗に片付き、封の閉められたゴミ袋が端に置かれているだけ。この辺りにも性格の違いが出るよなあ、なんてことをまざまざと感じながら、は笠井の次の言葉を待った。 「誠二がクラスのやつから借りた本が見つからないらしいんですよ」 「へー・・・本、ねえ?」 「・・ちょ、変なもんじゃないっすよ!?マンガマンガ!」 笠井の言葉に、意味ありげな間と目線を持って藤代を見遣れば、その意味に気付いたらしい藤代が慌てたように弁解する。その拍子に藤代が探していた本の山が崩れた。漫画本やら雑誌やら教科書やら資料集やらが無造作に積まれていたらしいそれに対しても、先輩という立場からは 全くこいつは、なんていう親心のようなものも思うのだけれど、それよりも後輩の反応の方が面白いものだから、俺は別に何も言ってないけどー?と笑みを浮かべたままでが言葉を綴る。 「何を想像したんだよ、やーらしー」 「先輩っ!」 わざとらしく、からかうようにそう口にするに、藤代が声を挙げた。同じく、笑っている笠井にも藤代から非難のような目が向けられる。けれど今更そんなものを気にするでも笠井でもなく、で、どんなのだよ、と口にすれば、藤代もそんなことを忘れたかのように、本のタイトルを口にした。 結局他の部員へと又貸ししていたことを藤代が思い出すまで探し物の捜索は続けられ、盛大に笠井に説教される藤代を笑いを堪えない顔で見守った後、は窓拭きの仕事へと戻った。廊下という場所柄、大荷物を抱えていたり、掃除道具を持っていたりという様々な部員が通る中、同じように渋沢と三上が長机を運びながら通りかかる。お疲れー、なんて簡単に言葉を交わせば、そういえば、と、は先ほど届いていたメールを思い出して改めて渋沢に向かって口を開いた。 「あ、渋沢。お歳暮もらったって、ありがとな」 「ああ、うちの親も言っていた。こちらこそありがとう」 そうやって声をかければ、渋沢からも同じく謝意が返ってくる。に届いていたのは、母親からの、渋沢の家からお歳暮を貰ったから克朗くんにも御礼を言っておいて、という連絡だった。どうやら渋沢にも同様の連絡が来ていたらしい。そんなやりとりに三上がお歳暮?と声を挟めば、ああ、とと渋沢が頷く。元々は保護者会で双方の母親が会話をしたことが始まりのようだが、子供たちの知らぬ間に親同士は交流を深めているようで、気付けば渋沢家と家はお歳暮を贈るような仲になっていたらしい。が実家に帰ると、渋沢の実家の和菓子屋のお菓子がおいてあるということも別段珍しいことではなかった。 「うちの母さん、渋沢んちの和菓子大好きでさ」 「はは、有難いな」 そんなふうに笑って言葉を交わすチームメイトに、そしてその話題に、こいつら本当に年誤魔化してんじゃねえのか、と三上はこっそりと思う。それを口にしないのは、最早今更であるからだった。そうやっていつもどおりに、松葉寮の一年は終わろうとしていた。 |