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To Shine
TURNING‐POINT
「ただいまー」 例えるなら、一日の授業を受け終えて学校から帰ってきたような身軽さでもって、は実家の玄関を開けた。実際にの格好はその身一つに近いものであるけれど、男子中学生の帰省など、普段からこのくらいの荷物の少なさのもので、それは年末だろうと変わらない。今日帰省するということは連絡してあるけれど、何時に、という厳密な話はしていないために親もいないだろう ―― そんなふうに考えていたは、けれど、廊下の先から聞こえた、おかえり という声に、靴を脱ぐために俯いていた顔を挙げた。そうして素早く靴を寄せれば、声が聞こえたであろうリビングへと足を向ける。ひょいと中を覗けば、予想通りそこにいた弟の姿に、の頬が緩んだ。 「おお、ただいま。だけ?」 「うん。母さんは買い物行ってる」 先ほどの挨拶はほぼ反射のような形で出たようなものであったから、今度はきちんと相手に向けて言葉を紡ぐ。そうして続いた質問に、ソファに座ってテレビを見ていたらしいがそう答えた。父親はまだ仕事なのだろう、そっか、と声を返せば、ひとまずとはコートを脱ぐ。寒さの厳しいこの季節のコートは、暖房のきいた室内では暑いもの。それでもつい先ほどまで屋外にいたために僅かに鼻の頭が赤くなっている兄の顔を見て、はぽつりと問いかけた。 「・・・決めたんだ?」 その言葉に、はコートを脱いでいた手を止めて弟を見遣る。の表情は別段普段と変わらないけれど、その瞳はまっすぐへと向かっていた。そんな弟に、くしゃり、は苦笑のような、気の抜けたような、そんな笑みを浮かべる。 「・・わかるもん?」 「なんとなくだけどね」 直接的な答えではない、問い返しのの言葉に、は何でもないことのようにそう答える。その答えもはっきりしたものではなかったけれど、お互いの言葉は、お互いにとって、明確な答えを含んでいた。兄弟ということに加え、がここ数カ月にわたって悩んでいたことを一番に口にした相手がであることもあるのだろう。元々聡い弟に嘘が通じるとも思わなければ、そもそも嘘をつこうとも思っていない。 「・・・・だいたい、な」 だからこそ、そうして口にしたのは本心だった。気持ちは、大部分は決まってきた。けれどもあと一歩、まだ完全に決まったと口には出来ない。もしかしたらその最後の部分を埋めるのは、後悔しないように悩みに悩むための時間なのかもしれない。そんなの様子に、兄がどんな人間かわかっているは、その気持ちがどちらに向いているのかも聞かずに、そっか、と声を返した。 「いいんじゃない。兄貴がやりたいことをやれば」 こつり、が手に取ったマグカップが、テーブルから離れる際に小さな音を立てる。まだ湯気が上るそれは温かいのだろう。頭の片隅でそんなことを思いながら、は自分の表情が緩んでいくのを感じていた。が、目下の悩みごとのどちらにも属さない人間であることもあるのだろう。けれどそれよりも、自分に信頼を置いて、自分のことを思ってくれている弟の存在に、背中を押されている気分になって ―― いや、きっと実際に押されているのだろう ―― ぼすり、はの隣に腰を下ろした。 「は本当に出来た弟だな」 「・・・・・・、煽てても何も出さないよ」 笑顔を浮かべて隣に座る兄を一瞥して、遊はマグに口をつける。ココアの甘い香りが漂って、それがは自分の弟なのだとに感じさせた。今はまだ自分がこんなふうに悩んでいる最中だけれど、が進路で悩んだりした日には、俺がアドバイスをしてやれる立場にならないとな、なんて兄心がの中に浮かぶ。 「ちげえって、本心本心。そうだな、明日映画でも行くか?おにーちゃんが奢ってやる」 ぐしゃぐしゃとの頭を撫でて、それへの文句を受けながら、はしみじみと思う。友人に、チームメイトに、家族に。本当に、自分は恵まれている。 |