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沿革
明治34年11月1日国鉄奥羽北線として鷹ノ巣〜能代(現:東能代)間開業
明治42年10月12日福島〜青森間全通に伴い、線路名称が奥羽本線に変更
昭和46年8月5日複線化に伴い北側に新線が建設され、旧線は廃止

開業当初は太平山を南側に迂回する形で国道7号線沿いに敷設されていました。その後、前山〜富根間の複線化の際、曲線改良と短絡化による時間短縮を目的に太平山に太平トンネルときみまち坂トンネルが新設され、この区間は直線化されました。これにより旧線は放棄されました。旧線は4つのトンネルがあり、現在でもその姿をとどめています。

路線概要

種別:鉄道(旅客・貨物)
線路規格:非電化単線 1,067mm
動力:蒸気
区間: 前山側二ツ井側

廃線跡

 
複線化に際して新設された太平トンネルの前山側坑口です。

上を通っている道路は国道7号線です。

 


奥に太平トンネルに進入する貨物列車が見えます。

手前の舗装道が旧線跡ですが、新線との接続部分は水田となっていて、その痕跡は確認できませんでした。

 


旧線跡の舗装道がまっすぐ延びています。

写真ではわかりませんが、この道路の下には水路が通っていて、レンガ造りの小さな橋で渡っています。

正面に見える山は薬師山スキー場です。

 


旧線跡を辿って行くと、スキー場への出入口付近にトンネルが口を開けていました。

廃線後は住民に払い下げられ、現在は牛小屋となっているようで、中からホルスタイン牛がこちらをにらんでいました。

 


旧線はトンネルを抜けると国道7号線と交差していました。

現在も国道は線路を跨ぐ形でS字に曲がっていて、橋も架けられています。
左の写真はその橋の上から前山側を撮影したものです。

路盤には草木が生い茂っていて、夏には識別できなくなりますが、現在も側壁がはっきりと残っています。

 


上と同じ橋から二ツ井側を撮影したものです。

こちらの路盤は道路に転用されているようで、はっきりと痕跡が見て取れます。

 


橋の下にはホームらしき構造物が両側にあります。(上の写真でも一部が写っています。)

しかしこれは駅ではなく七座信号場の跡で、ホームは保線員が使用していたものです。

ホームの端には「1965-9」と書かれたプレートが貼ってあったことから、わずか6年間の使用で終わったことになります。

 


旧線跡をさらに辿っていくと再びトンネルが姿を現しました。

このトンネルではキノコ栽培が行われていたということで、上部に換気扇が設置されています。
(現在も栽培が行われているかは不明です。)

 


上のトンネルの二ツ井側坑口です。

こちらは藪の中にあり、草木が生い茂る季節になると近づくこともできなくなります。

 


トンネル出口から100mほどは築堤が残っていますが、その先は大きく削られ、今は自動車学校の敷地となっています。

 


国道バイパス(右側の道路)と旧国道(左側の道路)の分岐点付近です。

旧線はこの山を旧国道に沿ってトンネルで貫いていたはずですが、今はその面影はありません。

ルートから推定すると、右側に見えるバイパスのトンネル(きみまちトンネル)は旧線トンネルを掘り直したものと思われます。

 


立派なバイパスを横目に、米代川沿いにある旧国道を進んでいくと、突然道の右側にトンネルが姿を現します。

しかし、前山側坑口付近は公園建設により地形が一変していて、旧線の痕跡はもはやありませんでした。

公園のすぐそばということもあるのでしょうか。

上の写真のトンネル坑口右側には、丁寧に説明板まで付いていました。

 


上の写真のトンネル二ツ井側坑口です。

人がよくトンネル内を歩いているのか、それとも水路と化しているのか、トンネル出入口は意外にも土砂などは堆積していませんでした。

 

 
上のトンネルを出るとすぐに鉄橋で藤琴川を渡っていました。

写真に写っている2本の橋の中間辺りに鉄橋があったと思われますが、橋台や橋脚などは既に撤去されており、対岸の路盤もバイパス建設により消滅してしまいました。

ちなみに、右側の緑の橋が現国道で、左側の青い橋が旧国道です。

※対岸に橋台が見えますが、これは旧線のものではなく、バイパス拡幅用として建設されたものです。

▲TOP2004/12/12と2005/4/9撮影
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