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沿革
昭和13年11月朝日化学工業として会社設立
昭和14年専用線開業
昭和18年1月東北肥料へ会社名を変更
昭和58年4月改組によりコープケミカルへ改称
平成6年3月専用線廃止

羽後牛島駅から茨島にある東北肥料秋田工場(現:コープケミカル)の工場敷地まで延びていた貨物専用線です。途中にあった三菱マテリアル秋田製錬所への支線も分岐していたようです。廃止後は平行して市道が整備され、橋台などの構造物はすべて撤去されてしまいましたが、廃線敷地の大半が遊歩道として残っており、容易に廃線跡を辿ることができます。

路線概要

種別:軌道(貨物)
廃止時営業キロ:1.3km
線路規格:非電化単線 1,067mm
区間: 羽後牛島東北肥料

廃線跡

羽後牛島 うごうしじま

羽後牛島駅構内を撮影したものです。
信号機と架線柱が立っているところがホームです。

今では貨車が1両も留置されていませんが、広い構内に残された側線群が、かつて貨物取り扱いで賑わった往時を物語っています。

 

(羽後牛島分岐点付近)

羽後牛島駅を出ると専用線は西側に分岐していました。

線路は既に撤去され、築堤も削られてしまいましたが、手前の草むらがわずかに残った線路跡です。

ちなみに、写真の電車は新潟行き特急いなほ号です。

専用線は、奥に見えるアパート付近から手前の歩道に向かって分岐していました。

右奥に見える橋は羽越本線です。

 

(猿田川付近)

専用線は猿田川沿いに続いていました。

現在は遊歩道にその姿を変えています。

かつては手前に見える猿田川を鉄橋で越えていましたが、市道および遊歩道の整備に合わせ河川改修も行われ、橋台などはすべて撤去されてしまいました。

川の向こう側に続いている道路が廃線跡です。

 

(茨島団地付近)

真ん中の遊歩道が廃線跡です。

右側の市道と左側の生活道路が不自然に離れていることからもそれはわかります。

遊歩道の一部には花壇が造られており、その枠はレールになっています。

もっとも、実際に専用線として使用されていたレールかどうかは定かではありません。

 

(茨島市営住宅付近)

左側の小道が廃線跡で、右側の道路は旧国道7号線への取り付け道路です。

この辺りは秋田大橋の掛け替えや市道整備などにより地形が一変しており、平地にあった廃線跡も取り付け道路の盛土に埋もれてしまっています。

 

(旧国道アンダーパス)

道路の盛土を越えると再び歩道となった廃線跡が姿を現します。

専用線は写真の歩道とほぼ同じ位置を通り国道の下をくぐっていました。

ただし、現在の側壁は当時のものではなく、歩道整備の際に改めて吹き付けられたものです。

 

(工場敷地)

上の写真のアンダーパスをくぐると廃線跡は突然フェンスに遮られてしまいます。
ここから先は工場敷地のため立ち入ることはできません。

なお、フェンスの向こう側に見える立木の右側に続く敷地が廃線跡です。

廃線跡横に続く歩道を進んでいくと、廃線跡に大きなパイプラインが設置されているのが確認できました。

しかし、再び進路はフェンスに遮られてしまい、これ以上の調査は不可能となってしまいました。

 

東北肥料 とうほくひりょう

左の写真は、国土交通省の事務所がある辺りの堤防付近から望遠で撮影したものです。

廃線跡に沿ってパイプラインが続いている様子は確認できましたが、工場敷地のため立ち入ることはできませんでした。

なお、専用線の終点であった工場はパイプラインのさらに奥にありますが、残念ながら撮影地点からはその姿を伺うことはできませんでした。

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