(825)青森市にまつわる歌のエピソード その30 |
2010年 6月 6日(日) |
【「陸奥の花」の補足】
明治35年1月、青森歩兵第五連隊が八甲田山の雪中行軍で遭難。199名が命を落とした事件があった。この惨事を題材にした歌のひとつが「陸奥の花」である。この歌はソング形式(1番・2番・・・の歌詞形式)ではなく、朗詠歌調の鎮魂歌である。
大正年間の初期、青森市では師範学校が中心となり大合唱団によりさかんにうたわれた歌だといわれているが、現在、ほとんど知る人がいない。
以下に記すのがその歌詞である。
◆陸奥の花
作詩 大和田建樹
作曲 北村季晴
八甲田おろし 吹き荒れて
み空に散るや 陸奥の花
野べも山べも おしなべて
ひとつ色にぞ なりにける
身を切る風は 寒けれど
国のみたてと もののふの
えり出されし行軍に
進む故参の二百人
幸い多き幸畑に
ふりしく雪は 豊かなる
年のしるしか 頼もしき
名も田茂木野の里すぎて
行く手けわしき つづら折
おりしも あやしき空の色
雪は たちまち 峰 覆い
風は しきりに 雪をまく
見る見る変わる 天地のさま
白龍おどり 大波さわぎ
疾風迷いて あたりも見えず
あるいは 右に あるいは 左に 進み
退き 雪の海 泳ぐ
吹雪の槍は 胸を貫き
氷の刃(やいば)は 肌を つんざく
全身こごえて 呼吸は せわしく
薪は つきて 兵糧乏し
かくても 堪えし 露営の三夜
隊長 倒れ 戦友 逝きぬ
なすべき手立ては つくせども
せめて逃れぬ 地獄谷
心は はやき駒込の
川に のぞめる絶壁に
一本(ひともと)立てる ブナの木を
頼まんかげと 危うくも
たどりつきたる 二人あり
よろめく肩に かかりしは
鶴の毛衣(けごろも) 胸もるる
ボタンに しるき 一士官
色は 青ざめ 身は こごえ
つくも かよわき 虫の息
兵士は やおら かきおろし
名のみ やさしき 玉床(たまどこ)に
うち横たえて 申すよう
やよ 聞きたまえ 大尉殿
空は なごまん 望みあり
春松かくて 候えば
心たしかに おわせかし
残れる パンも はべるなり
聞こしめさずや 小屋の音
言えば かすかに 目を開き
ももちの あだは 恐れねど
自然の敵には 勝ちがたく
絶えん 興津(おきつ)が 玉の緒は
いましが 情(なさけ)も つなぎ得じ
手足の心に かなうまに
とくとく 行きねやよ 吉田
よしなき 私情に ほだされて
君のつとめを 忘るなと
言うも 苦しき 息の下
水をと 呼べば 両の手に
むすぶも 寒き 白雪や
誠あふるる 一滴を
大尉は うけて快く
永き眠りに つきにける
風は いよいよ 吹きすさび
雪は いよいよ 降りしきる
逃れがたきと 観(かん)じけん
静かに 彼は 立ち上がり
ブナの下枝(しずえ)に 目じるしの
ハンカチーフを 結びおき
それと 心に 見定めし
方(かた)を 南と高らかに
天皇陛下 万々歳 日本帝国 万々歳
雪のふすまは 厚けれど
さかしき彼が 片身なる
ハンカチーフは いちはやく
捜索隊の目に入りぬ
ひざを枕に 身を楯に
あたえし彼が頭(こうべ)には
不香(ふきょう)の花ぞ咲きにける
いただく彼がキャップには
無影(むよう)の月ぞ 宿りける
呼べど答えぬ みたまのみ
雪より白き 白妙の
玉の み殿に遊ぶらん
玉ぼこの みちのくの 山に 今もなお
御代(みよ)の宝の 黄金花(こがねばな)咲く
(つづく)
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(826)青森市にまつわる歌のエピソード その31 |
2010年 6月13日(日) |
【「陸奥の吹雪」の補足】
前回に引き続いて、八甲田山雪中行軍にまつわる歌の補足である。明治35年1月、青森歩兵第5連隊210名が八甲田山で雪中演習行軍を行ったが猛吹雪のために遭難する。その模様を克明にうたった歌である。悲壮な出来事だが、歌自体に悲壮感はない。全国的にうたわれた歌でもある。
以下がその歌詞である。
※いろいろ歌われてくるなかで歌詞が少しずつ変化し、細部の異なる複数の歌詞が存在している。
◆陸奥の吹雪
作詩 落合直文
作曲 好楽居士
(1)白雪(しらゆき)深く 降り積もる
八甲田山の 麓原(ふもとばら)
吹くや ラッパの声までも
凍るばかりの朝風を
物ともせずに 雄々しくも
進み出でたる 一大隊
(2)田茂木野村を 後にして
踏み分け 上(のぼ)る 八重(やえ)の坂
雪は ますます 深くして
ソリも動かぬ 夕まぐれ
せんなく そこに 露営せり
人は つららを枕して
(3)明くるを待ちて また更に
前へ前へと 進みしが
み空の けしき ものすごく
たちまち 日影かき暗し
行くも 帰るも 白雪の
果ては 道さえ 失いぬ
(4)雪降らば降れ 我々に
勇気を ここに 試しみん
風吹かば吹け さりとても
行くところまで 行きて見ん
さは言え 今は 道もなし
あわれ いずこぞ 田代村
(5)君のためには 鬼神(おにがみ)も
取りひしぐべき 丈夫(ますらお)も
国のためには 火水(ひみず)にも
入らば入るべき 武士(もののふ)も
今日の寒さは いかにせん
零度を下る 十八度
(6)身を切るばかりに 寒ければ
またも露営と 定めしが
薪(たきぎ)の無きを いかにせん
食のあらぬを いかにせん
背嚢(はいのう)などを 焚きつれど
そもまた尽きしを いかにせん
(7)雪の この夜の 更けゆきて
寒さは いよいよ まさりたり
凍え凍えて 手の指の
見る見る落ちし者もあり
神いまさぬか あな哀れ
命迫れり 刻(とき)の間に
(8)居ながら死なん それよりは
いずこへなりと 行き見んと
山口少佐を初めとし
二百余人の 武士(もののふ)が
別れ別れに 散り散りに
たどり行きけり 雪の道
(9)ウラルの山の 朝吹雪
吹かれて死ぬる ものならば
シベリア原の 夜の雪
埋もれて死ぬる ものならば
笑み含みても あるべきに
ああ哀れなり 決死隊
(10)ここに谷間の 岩かげに
はかなく倒れし その人を
問い弔えば なまぐさき
風 いたずらに 吹き荒れて
恨みは深し 白雪の
八甲田山の 麓原(ふもとばら)
(つづく)
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(827)青森市にまつわる歌のエピソード その32 |
2010年 6月20日(日) |
【「吹雪の敵」の補足 その1】
この歌も前回と同様の八甲田山雪中行軍をテーマにした歌である。
この歌は実に27番まであるという大作である。3回にわけて歌詞を紹介する。
これで、八甲田山雪中行軍の古い歌を3曲紹介していくこととなるが、それぞれ事件のどの部分を強調しているか、歌詞の比較も興味深いところである。
◆吹雪の敵
作詩 井上松雨 河井酔名 佐々醒雪(校正)
作曲 田村虎蔵
(1)霞ヶ関の名に たちし
都の空に うすがすみ
雲井に つづく 北のはて
まだ春遅き みちのくの
雪に かさぬる すり衣(ごろも)
(2)卍(まんじ) 巴(ともえ)と 降りしきる
雪も ものかは 武士(もののふ)の
馬前の塵と ちかいして
軽き 生命を なげうたば
八寒の苦も 数ならじ
(3)沢辺の若葉 もえなくに
もえんばかりの 雄心(おごころ)の
力は 山も 抜きつべく
気は 世を おおう 五連隊
駒も 吹雪に いななかむ
(4)頃しも 睦月(むつき) 末つかた
みそらに 晴れたる 青森の
営所を 出(いず)る 明け方や
月は 残んの 影寒く
人馬の列は 整えり
(5)全軍 二百十余人
玉と くだくる 霜柱
朝気(あさげ)の 風に 蹴立てつつ
向かうは 何処(いずこ) 雪の城
田代を 指して 急ぐなり
(6)何を わが世の 幸畑に
たつきも 知らぬ 田茂木野や
闇にも 白き 大峠
小峠 颪(おろし) 吹きすさぶ
吹雪の音の ものすごや
(7)あな 物々し 雪の矢よ
額(ひたい)に たたば たちもせよ
氷の剣 霜の鑓(やり)
突きなば 突きね 倒るとも
うしろを 見する 我ならず
(8)千引の岩の それよりも
重き 演習(つとめ)を 身に帯びて
心に 着つる 鎧武者
よろめく足は 凍るとも
うしろに 退(の)かんは 勇ならず
(9)進め進めと 下知すなる
剣光 雪に輝きて
威風 するどき 猛将の
後に 従う 卒にして
などか 心の たゆむべき
(つづく)
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(828)青森市にまつわる歌のエピソード その33 |
2010年 6月27日(日) |
【「吹雪の敵」の補足 その2】
前回の続きである。
歌詞にかかわった佐々醒雪(さっさ せいせつ 1872−1917)は、京都出身の国文学者・俳人である。
作曲の田村虎蔵(たむら とらぞう 1873−1943)は、鳥取県出身。「きんたろう」、「うらしまたろう」、「はなさかじじい」などの唱歌で名が知られている作曲家である。
◆吹雪の敵
作詩 井上松雨 河井酔名 佐々醒雪(校正)
作曲 田村虎蔵
(10)栞(しおり)と すべき 枯れ木立
雪に埋もれて 路を なみ
ゆくも かえるも しかすがに
為(せ)んすべ 尽きて 今は 早や
(11)ただ 名のみ なる ひうち山
持ちこし 炭に ほだ 添えて
燃やすと すれど 燃えがてに
雪の 露営の 夜は ふけて
仮寝の 夢も 凍るなり
(12)明けゆく空の 光さえ
灰なす雪に とざされて
吹雪の風に 眼は かすみ
をぞや なえたる 膝 立てて
行かんとすれば 踏みすべる
(13)安木の森も 長森も
近しと聞けど いかにせん
雪の下 折れ うずもれて
拾いて 焚かん つま木さえ
なくなく 今日も 暮れにけり
(14)ふけゆくままに 冴えまさる
風の刃は 骨を刺し
小指(おゆび)や 堕(お)ちん
血に にじむ
傷の痛みぞ たえがたき
(15)いよいよ つのる 大(おお)吹雪
如法暗夜の天地(あめつち)を
うちゆるがして 荒(すさ)びくる
氷の つぶて 雪の たま
天幕(テント) つんざく 音 すごし
(16)また 夜 明くれば あな 憐れ
のぶかに 立ちし 矢の ごとく
髪は 千筋に 氷りつつ
眼(まなこ)を 開き 歯をかみて
あえなくなりし 友の 遺骸(から)
(17)弓矢 八幡 軍神(いくさがみ)
今日を 限りの 武運をも
守らせたまえ 我は いま
最後の 隊伍 整えて
乱れぬ列を 世に 止めん
(18)とても 脱れぬ 災難(まがつかみ)の
魔軍の かこみ いざ 衝きて
たおれて のちに やまんかな
来たれと 叫ぶ 大隊長
渾身 すべて きもならん
(つづく)
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