「ええええ奄の御殿から手紙なんて…」
「ホントだよ…。なんでまた…」
 と俺らは手紙の主に唖然となっていた。
 そもそも族長は滅多なことじゃ王以外に手紙を出さない。祝賀の時だって王族でない限り、代理人を立てて挨拶に来る。族長というのは、特別の用がない限り、一族の住処から一歩たりとも出てはならないしきたりになっているのが、どこの種族の一般常識。
 それなのに、今回に限っては代理人もナシで伝書鳩もとい、この伝書ムササビを使って直接俺に手紙をよこしてきたのである。そして、この正八角形の鏡は非常用の出入り口にもなっていて、二つ一組で本来の役目を果たす。陰陽鏡(いんようきょう)と呼ばれている鏡で、族長のみ所有することが許されている。二つが同じ場所にあるときはお互いを合わせ鏡にすると、その者の善きところと悪しきところを映し出し、背を合わせると未来と過去を映し出すという。元々陰陽鏡は二つとも族長の手元にあるのだが、片方を別のところに置いておくと、鏡と鏡の空間の間を通って置いた所に移動することができる…らしい。なんせ、族長しか持てないモノだから、奄師匠の言った事をそのまま信じるしかない。
 ちなみに俺の手元にあるのは、陰の鏡と呼ばれている鏡である。
 しかし、なんでまたこの鏡を俺に……。
 そう思っていた矢先、いきなり鏡がぺか〜っと眩い光を放ったのである。
『うわっ!!』
 その光りに俺たちは目を眩ませ、思わず鏡を放して腕で目を覆った。すると、光はすぐに納まるが、一筋の光だけ残っていた。
「なになになになに?!なんなの〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!」
 そう言っていても、光は納まらず。俺とレスカは恐る恐る鏡に前のめりになって近づいて見る。
 ゆら…っ
『?!』
 ぞばぁっ!!
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!』
 本来なら鏡は水面のように揺れることがないのに、急に鏡が揺れたので、俺たちは慌てて後ずさりすると、タイミングを計ったように、鏡からにゅっと勢いよく人が出てきたので、俺たちは言葉にもならない悲鳴をあげてしまったのであった。
「な…な…な……っ」
 鏡から出てきた人物に俺は目を疑った。黄金竜の特徴である黄金の瞳と腰近くある長い髪、そして30代半ばの青年が薄い黄色の大紋姿で現れたのである。その人物こそ―――黄金竜の長、奄師匠であった。
「え…奄の御殿……」
「お?その姿は水竜族の童だな…。そうかっ!!新しい地竜王の拠り所はそなたか!!」
「いいっ?!」
 と驚いている俺たちを無視して、奄師匠はレスカの姿を見ると、つかつかと近づいて、レスカの手を取り、声高らかにして喜んだ。一方レスカは奄師匠の行動に明らかに動揺して戸惑っていた。
「そうか、そうかっ!!久方ぶりに水竜族にも竜王即位の報が入ったと聞いておったが、元気がよさそうな男子じゃ!!さぞかし、アイーダ殿も喜ばれてだだろうに!!
 なにせ、前になった水竜族の竜王は病弱であったからなぁ〜〜〜〜〜」
「はあ…」
 とレスカは戸惑いながら相槌を打つと、奄師匠はようやく俺の存在に気が付いた。
「んお???洸琉いつからそこにいた?」
「ずっと前からいたわっ!!」
 がすっ
「うごっ!?」
 といつもの北都のツッコミで俺は蹴り飛ばして対応してしまった。
「お…おまえわぁ〜〜〜〜〜…。自分の師匠に対して何たる態度じゃっ!!」
「自分の弟子よりレスカを最優先にして話し掛けてる人に言われたかないね!!」
「なぁにぃ〜〜〜〜〜っ?!」
 と喧嘩勃発…。だが、これが俺たち師弟の挨拶といったところだろうが、初めて見た人に関しては戸惑いは隠せないだろう。それでも俺たちはこれでいい関係を保っていたりするから、別にどうでもいいと思うのだ。そして、明らかに困っているのはレスカだった。二人のいがみ合いに間に立ってあたふたと右往左往するしかできていなかった。一方俺たちはレスカの心配をよそにぎゃーぎゃー言い争っていた。
「もぉ…っ!!二人ともいい加減にしろぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 どばぁっ!!
『うぶっ?!』
 レスカがついに切れて、水竜特有である水を大量に召喚し、俺たちの頭上から滝のように一気に降らせたので、俺たちは一気にずぶ濡れになった。
「うわっぷ…っ」
「二人とも!!久方ぶりの再会になんで喧嘩になるんスかっ?!」
「一応挨拶程度に…」
「じぇんじぇん挨拶じゃない〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 とレスカは俺の言い訳に更に怒った。その怒り具合を見て、奄師匠はぼそっと俺の耳打ちした。
「あやつの怒り方…紫(むささ)にそっくりじゃのぉ…」
「師匠…。奥さんと一緒にしてどーすんの…」
 そう。奄師匠が言った紫っていう人は師匠の奥さん。姉御肌ちっくな性格でさばさばした人なんだけど、一度切れると結構厄介なんだよね。俺も修行時代何度も怒られたっけ…。
「って。それはそうと、師匠がなんでわざわざ東宮御所にこの鏡を伝って来たわけ???」
「ん?それはな…っとその前に…。洸琉!!」
「はいっ!!」
「紙と筆!!」
「はい???」
 急に畏まったと思ったら、いきなり目が点になるような要求をされて俺はしばし固まった。
 紙と筆なんか用意して一体何を…???威輝さんみたくこんなところで召喚獣でも作るのか???
 と色々な考えが頭の中で過ぎりつつも、俺は言われたとおり、紙と筆、そして墨も用意して豪華に彩られ、漆が塗られた筆箱に入れて師匠の前に差し出すと、奄師匠は筆を取り、一回ぺろっと筆先を舐めると、紙にしゅるりしゅるりとまるで踊っているかのように達筆に書き出したのである。
「…候っと。よしっ!!これで捜索隊が出ることもなかろう…」
『は???捜索隊???』
 奄師匠の言葉に未だ状況が分からない俺とレスカ。その分からない状態で、奄師匠は書き終わった紙を俺の席にぽんっと置くと、俺とレスカに向き直り、有無を言わせず俺たちを両脇に抱え込むと鏡に向かって走り出した。
「え?!ちょ…っ?!」
「陰…開明!!」
 ぐにゃ…っ
 奄師匠の言葉と共に鏡が前と同じように水面のように揺らめくと、俺たちの体がその鏡に吸い込まれていった。

 

続く→

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