「げげげげげっ!!黎都(れいと)ぉぉぉ?!」
 と北都は駅で待ち構える少女に凄い嫌な顔で驚いていた。一方黎都と言われている少女は俺たちに薄く微笑んだ。
 ?この人と北都知り合いなのかな?
 俺はとりあえず、北都の裾を掴み、くいくいっと引っ張って北都の耳元に寄り、小声で尋ねた。
「ねえ…。あの人知り合い?」
「知り合いっていうか…関わりたくない人物っていうか……なんていうか……」
 と北都は小声で渋るのである。その反応に俺は以前の記憶が蘇り、ジト目で北都に再び尋ねた。
「ま〜さか…
またオカマとか言わないよねぇ……???」
「んなわけねーだろ!!あいつはれっきとした女だっつーの!!」
「だったら、な〜んでこんなにこそこそしてるわけぇ???ちゃんとした女だったらいいじゃん。別に北都の嫌いなオカマじゃあるまいし…」
「オカマじゃなくても、人の好き嫌いはあるっつーに…!!」
 と俺たちは小声で言い合っていると、黎都は不思議そうな顔で俺たちに尋ねた。
「ねぇ…北都ちゃん。このちっちゃいおチビちゃんだぁれ???」
「ち…ちびぃぃぃぃぃぃぃ?!」
 俺は北都を『ちゃん』づけで呼んだのにもビックリしたが、それより上回って『チビ』という言葉に反応を示した。
 そりゃ、俺はおこちゃまで、成長途上中だからちっちゃいのは認めるよ。だけど、やっぱりムカつくぅぅぅぅぅぅっ!!
「黎都…。この人は一応東宮でおられる……」
 ?!今一応って言った?!一応って…っ!!
 くあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!北都といい、黎都といい、なんて失礼な奴なんだ!!
 と俺は心の中で、苛立ちでいっぱいで叫んでいた。
 一方、黎都は驚いたように、軽くお辞儀した。
「これは失礼しました。東宮様。まさか、こんなにお可愛らしいおチビさんだとは思わなくて…」
「だぁ〜〜〜〜〜っ!!そのチビっていうのやめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「でもぉ…おチビさんには変わりないのでいいじゃないですかっ♪」
 がくぅ…っ
 俺が切れているのに対し、黎都は笑顔で力いっぱい答えたのには何も言えず脱力するしかなかった…。
「もう…いいです……」
 と俺は呆れ返っていると、黎都は笑顔で言った。
「初めまして。私は黎都=大邑寺と申します」
「大邑寺……???」
「はい♪」
 はて…。『大邑寺』ってどこかで聞いたことがあるような……。
 そう思っていると、北都はそっぽを向くが、その表情は脂汗がだらだらと流れまくっていた。
 それを見て、俺はぽんっと手を打ち、
「ああっ!!大邑寺って北都の姓じゃんっ!!
 ってことは、黎都は北都の妹とかなんか???」
「いいえ。私は北都の従姉妹なんです♪もし兄弟で例えるなら姉に値すると思いますよ♪」
「従姉妹ぉぉ?!北都に従姉妹なんていたんだぁ〜〜〜〜!!」
「いちゃ悪いのかよ………」
 と俺が驚いている横で、北都は溜息交じりでツッコミを入れた。
 俺は北都の意外な親戚関係を知って、笑わずにはいられなかった。思わず、北都の背中をばしばし叩いて、笑いながら言った。
「あっはっはっはっ!!なぁ〜〜〜んだ!!北都に親戚のねーちゃんかぁ〜!!オカマじゃないジャン!!何焦ってんだよ、こいつはぁ〜〜〜!!」
「俺にとっては物凄い嫌なの……」
 と北都は相変わらずそっぽを向いたまま呟いた。すると、黎都は俺の肩をちょいちょいっと人差し指で叩くと、笑顔でずいっと俺に近寄り
「人をオカマ呼ばわりしないでくれませんことぉ?!」
 と笑顔なんだけど、物凄い怖い…。俺は無言のままただこくこくっと頷いた。それを確認すると、黎都は再び優しい笑顔に戻り
「じゃ、お二人ともこちらに来てください。お仕事の依頼内容をお教えします♪」
 と言っててくてくと歩いていったのである。俺たちはしばし呆然としながら見送った。
「こ…こえぇぇ……」
 と思わず俺は呟いた。すると、北都は腕を組んで呆れた口調で言った。
「だから関わりたくないって言っただろ……」
 確かに…。
 俺は思わず納得してしまった。



 ティーラに着いてしばらく歩くと、大きな木がそびえ立つ、寺院らしきところに連れて行かれた。
 ティーラは名前のとおり、地下に町を置いているこの国の中では珍しい配置にある。太陽は差し込むことはなく、人口太陽が町を照らしている。年中同じ気温に保たれており、雨もスプリンクラーに近いものだが、存在し、天井を見上げると、人工的な空が広がっている。まさに化学の粋が都市全体に行き渡っている。国から半ば独立した文化が地下の中で栄えているのである。ただ、建物つくりは、首都のアニムスに比べて劣っているが、化学の力はアニムスに勝らず劣らずの力がある。しかし、その一方で閉鎖的な都市になりつつのも過言ではない。一週間に一度は王室から使者が送られて、ティーラからも使者が王室に送られる。
 俺たちが通された部屋は木造で、目の前には御簾が垂れ下がっている。しかし、そこからわずかながら人の気配が感じられる。
 一体今回の仕事は何なんだ???
 一応ファイルに目を通したけど、マフィア撃退って……。
「長老…。お二人を連れてきました」
 と黎都は御簾越しにいる誰かに向かって礼儀正しく一礼して静かに言った。
「おお…。刑部省の方……。わざわざ辺鄙なところへようこそ足を運んでくださいました。私が依頼者のティーラ寺院の総館長を勤めております來羅(ライラ)と申します」
「はぁ…。こちらは…」
「いえいえ。お二人の名前は既に知っておりまする。姿をなかなか現さない太政大臣のご子息様と東宮様でございますから、知らぬ者は少ないと存じますが…」
 と俺の言葉を遮って、來羅さんは優しく言った。その正論の言葉に俺たちは何も言い返せなかった…。
 確かに俺たちは祝賀のときぐらいにしか顔を出さない。おまけに、俺らは早々に刑部省務めだしてしまった為、余計王室や政府の公務に出なくなってしまったのである。
 まあ、最近は父様との関係が緩和したせいもあって、公務は多少なりとも参加するようになったけど…。
「で、依頼というのは一体何なんですか?マフィア撃退って渡された資料には書いてありましたけど、マフィア撃退なら検非違使は無理でも、剣闘士がいる各部隊に任を任せれば簡単なはず。俺たちが出てくるほどの範囲ではないのでは?」
「魔導士や剣闘士に任せられるものであればとっくにしておりますとも。マフィアというのはラブリーピッグレジスタンスなのですよ」
 俺の質問に來羅さんはそう静かに答えたのに対し、俺たちは眉をひそめた。それに先に口を開いたのは北都だった。
「剣闘士にも魔導士にも任せられないものだって???
 そのレジスタンスなら先程こちらに来るときの列車で、そいつらにハイジャックされたばかりなんだが?」
「そうでございましたか…。彼奴等は最近益々暴動化し、手に負えませぬ。先程のハイジャックなどまだ甘い方でございます」
「あれで甘いだって?!」
 俺は身を乗り出してオウム返しで尋ねた。すると、來羅さんは声を押し殺して言った。
「はい…。ここティーラでは最近彼奴等の行動が目立ち始め、アニマ教の信者に対する暴行、恐喝、誘拐、暗殺が多発しております。つい最近では太功樹(たくみ)副市長が誘拐されたばかりなのでございます」
『なにぃ?!』
 來羅さんの言葉を聞いて、俺たちは声を揃えて驚いた。
「太功樹副市長って言ったら、武道に長けている優秀な武官。おまけに学力も朝廷に議員として出られるほどの秀才で、その腕と頭を買われて、ティーラの監視役として副市長に任命されたばかりだったはず。それが誘拐されたとなると、こりゃ、更にヤバイレジスタンスになりつつあるね」
「奴らの目的は王室に対して、タウラを国の神として崇めること。暴動を起こして抗議しているが、王室は見向きもしない」
「見向きもしないというか、そんな情報入ってこなかったし…」
 と俺は北都の言葉に付け足した。
 そう。本当にティーラがそこまで大変な事態になっているとは全然耳に入ってこなかった。だから帝である父様も行動に移せない。
「じゃあ、今回依頼したのはその暴動の鎮圧というわけですか?」
「はい…」
「俺たち二人で足りるか?」
 と北都が口を割って問いだした。
 確かに…俺たち二人で沈静化できるか分からない…。かといって、無闇に援軍を呼んだとしても、返って悪化しかねない。
 そのとき、俺は、はっと思い出した。だけど、そのことを口に出せない。
「すみません。少し御前から離れます。我々だけでは判断しかねない事態なので、まずは棟梁に相談をしてみないと…。場合によっては国家問題に触れる可能性もあります。最善を尽くして処理したいのです」
「……分かりました」
 俺は來羅さんの言葉を聞いて、踵を返して外に出て行った。そのあとを北都が慌てて追いかける。
「おいっ!!洸琉!!どーなってるんだよ!!」
 外に出てしばらくして、北都が罵声に近い声で俺に問いだした。俺はそれを無視して、ぱっと見て樹齢が50年以上ありそうな太い木の陰に隠れるように後ろに回ると
「圭咒」
「御前に…」
 俺の守人である名を呼ぶと、圭咒がりんっという鈴の音と共に俺の目の前に姿を現した。その行動に北都はぽかんっと口をあけて呆気に取られている。俺はそれを無視して静かに言った。
「圭咒。勅命を言い渡す。レジスタンスの状況を見て来い」
「御意」
 そう言って圭咒がふっと煙に巻かれたように消えた。それを見て、呆気に取られていた北都はぽんっと手を打って
「そうか!!圭咒や鈴咒だったら気配は感じられないから敵の数や状況のおおよそは分かるな!!」
「そーゆーこと。敵の手の内はある程度知っておかないとね。圭咒は『勅命』とか言わないと、なかなか言うこと聞いてくれないから…」
「手を焼くんだな…」
「まあね。さてと…次は棟梁に連絡しないとね」
 そう言って、俺は端末手帳を取り出し、棟梁に繋がるようにコードキーを打った。
 ぴるるるるる…
 かちっ
「どうした?」
 と端末手帳の画面が光り、端末手帳とは別のウインドウが俺たちの目の前に現れ、そこに棟梁が映し出された。


「というわけなんだ」
 俺と北都は端末に出された棟梁に向かって、今回の以来の詳細を事細かく説明した。それを聞いて、棟梁は腕を組んでしばし悩んだ。
「そうか…。首都には届かない情報がそこにはあったか…」
 と困惑している。
「一応圭咒にそのレジスタンスの状況を見に行ってもらってる。帰って次第、追って連絡する」
「くれぐれにも慎重にな。一歩間違えれば内乱に発展する可能性も十分にある。いくらアニマを信じる帝とて望んではいない結果になってしまうし、我ら冥府八人衆の汚名にもなるだろう。それだけは避けてもらいたい」
『了解』
「しっかし、今でもタウラを信じるものがいるんだなぁ…」
 と話が一段落すると、棟梁は呆れつつ、溜め息混じりに言った。
「まあ…タウラは幹部を外せば決して悪い宗派ではないのだがなぁ…」
「だけど、このまま放置しておいたら、このティーラがあのレジスタンスに占領され独立国家に成り立とうとする。そしたら、どこかしらの都市もきっと独立を目指そうと動き出すとも限らない。今度こそ大掛かりな戦争になっちゃうよ」
「確かに目の上のたんこぶはなるべく早く直したいものだ…。だが、我々冥府八人衆はそこまで手出しをすることはできん。あくまで我らは検非違使や覇竜の陣が対応できない事件や問題を解決するのが仕事だからな。
 だからといって、その問題をみすみす見逃すというわけでもない。あくまで客観的に介入し、完全に国家に反逆をするのであれば、容赦なく殺しても構わん。
 血を血で流すのはあまり好ましく思わないが、そうでもしないと鎮圧することはできないだろう。かつてのティスラ殲滅戦のように…」
「ティスラ殲滅戦?」
 俺は棟梁の口から発せられた言葉に首を傾げた。
「そうか…。もう50年も前の話だから、おぬしらは知らない話だな」
「ご…50年?!」
 その言葉には俺たちも驚いた。棟梁は両手を自分の顔の前で静かに組んで答えた。
「ティスラ殲滅戦もまた異なる神の崇拝によって起った戦いだ。そのときはタウラではなく、シャナラという半獣の神を奉っていたレジスタンスだった。今では同盟を組んで、何事もなく過ごしているいるが…」
「殲滅って言ったら殆ど全滅じゃないの?」
「殲滅直前に向こうが条件付で降伏してきたんだ」
『条件?』
「ああ。『国には抵抗しない代わりに、シャナラを消さないでくれ』ってな。今ではその言葉をちゃんと守って守るどころか、崇拝の対象に捻じ曲げてるほどだ」
「その殲滅戦でティスラという湖が血の海に変わったから、ティスラ殲滅戦と言われているわけだが、その戦いで双方合わせて5万の人間が死んだ。私もその戦いに参加して人間兵器としてシャナラ信者を殺していったわ」
「そんなに死んだんだ…」
「だから、私も今回の事はできれば穏便に済ましたいと思っている。これは分かるな?」
『はい』
「では、そなたらに命じる。一応この依頼は引き受けよ。
 後のことを考え、北都を軍師、洸琉を副軍師として任命し、精鋭部隊を編成する。もし、暴動があれば鎮圧せよ。血を流すことは極力控えよ」
『了解』
 棟梁はそう言って、通信を切ったのである。
「ということは、かなり大掛かりな上に、厄介なことになるわけね…」
「ザガルの次はこれかよ…」
 と俺たちは大きな溜め息をついたのだった。

 

続く→

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