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四 |
| 俺が圭咒に命じてラブリーピッグレジスタンスの様子を見てこいと命じてから5時間ほど経った。その間、俺たちは総館長の來羅さんからティーラにおいての話を詳しく聞いていた。 それは、少しでも情報を得て、棟梁に報告するためでもあるし、知っておけば戦力になるかもしれないからだ。 今まで御簾の中に閉じこもっていた來羅さんは俺たちの前に姿を現した。とても優しそうなお婆さんで、僧官服を身に纏、頭は布で覆い隠し、布の端を首元でとめていた。だが、黎都曰く、ご病気で起き上がることはできるが、政務はできず、おまけにあまり無理することはできない程悪化しているらしい。 來羅さんは俺たちの前にティーラの全体図の地図を広げて説明した。 「ティーラには4つほど以前の戦争で出来た防空壕がありまする…。東西南北それぞれに一箇所ずつ。その防空壕は今でも私たちの町を守るために防空壕として使われておりますが、その一角。西の『白虎壕(びゃっこごう)』が最大規模の大きさを誇り、彼奴等はここを活動拠点として活動しておりまする。 故に、彼奴等はここを隠れ家としておるので、もし軍を使って攻めるのであれば、正面から行くのは無理に等しいです」 「無理に等しい???」 眉をひそめて俺がオウム返しで尋ねると、來羅さんは悲しくも優しく微笑み 「ええ。正面玄関には防空壕の特色で罠が仕掛けてありまする。故にもし罠を突破したところでも、かなりの人数の死傷者が出ておかしいかと…」 「じゃあ、どっから侵入すればいいんだ?正面以外に穴なんてあっちが閉鎖している可能性が……」 「彼奴等は存じてはいないと思いますが、こちらに…」 と來羅さんが指差した方向には―――― 『地下水路???』 そう。來羅さんが地図を指差した方向にはティーラを網羅する地下水路だったのだ。 「この地下水路は旧軍が安全に市民を防空壕に逃がすために作ったもので、知られているものは少ないかと存じます。おまけにこの水路は今は使用されておらず、新式の水路がこの旧式の地下水路の上に流れております」 「つまり、この地下水路は今の地下水路より下に作られているってこと?」 「はい。今の水道局の者も知っているものは少ないかと…。何分、この水路は45年前に閉鎖されてしまいましたから…」 そりゃ…知っている人少ないかも…。 と來羅さんの言葉に納得する一方で、 「でも、向こうもこの地下水路を知っている可能性もなくはないってことだから一応念入りに侵入させたほうがいいかもしれない…」 と警戒心を露にする北都だった。そこにタイミングよく圭咒が帰ってきたようで、りんっと鈴の音が鳴り、俺たちの前に現した。 「マスター…」 と少々息を乱しながらも静かに言うが、俺たちは圭咒の成り果てた姿を見てぎょっとした。 「どうしたんだ?!まさか…向こうにバレた?!」 俺は慌てて圭咒に駆け寄り、体を支えた。 「いえ…。向こうにはバレおらぬのじゃ…」 「じゃあ、なんで?!」 「どうやらこの事件は以前の戦争か魔族が一枚噛んでいる可能性が高いのじゃ…。拠点の洞窟にはこの世の人間以外を攻撃する術がかけられておる。普通の人間なら、何も害はないが、妾もマスターがいなければ、この世の生きる者ではないのじゃ。その術によって歪む者にされそうに、慌てて退散したのじゃが…」 「來羅さん。その防空壕は何時頃作られたんですか?!」 「確か…神魔戦争のときかと…」 「神魔…っ!!てことは500年前の戦争!!じゃあ…」 「防空壕には対魔族用の罠が仕掛けられているということか…。でも、圭咒や鈴咒は魔族ではないだろう?」 「もちろんじゃ。妾達は体の構造が魔族と似ていようとも、目的は違うからの。妾は神聖なる神に仕える者じゃ!!」 とぼろぼろになった体を暴れさせて、文句を言う圭咒。 「で。中の様子は少しは見れた???」 「一応見れたのじゃ。敵の数はざっと50人。今回の暴動は主にレジスタンスの強硬派…。つまり武装派勢力による単独行動なのじゃ」 「つまり、穏健派は全く動いてないわけね」 「この暴動には関与しておらぬな。むしろ『国主を怒らせてはならぬ』と再三使者を強硬派に送って宥めていはおる…」 「そうだったのですか…」 と來羅さんは圭咒の話を聞いて、心外だと言わんばかりに驚いていた。 「だけど、強硬派はちっとも応じる気配はなさそうじゃ…」 「応じる気がないということは強行突破しかないってこと?」 「そういうことになるの…」 「できれば、血を流したくないんだけど……」 「さすが、天竜王でらっしゃる…。血を流したくないのは神である証拠なのじゃ」 と喜ばしく言う圭咒の一方で、俺は「げっ!!」と思った。 あああ…。まだ俺、天竜王の位に就いたなんて一言も言ってないのにぃぃぃぃぃぃぃ…。 ぎぎぎぎっと音をたてて來羅さんの方に目をやると、案の定、來羅さんや黎都は姿勢を立て直し、叩頭しているのである。 「まさか…東宮様がこの世を統べる神だとは存じませんで…」 「いいよ。まだ即位してないから東宮扱いで……」 「しかし……」 「いいから」 「はい」 納得がいかない來羅さんを俺は無理矢理納得させた。 「血を流さず、解決する方法って何かないかな…?」 「頭が固い分、融通は効かないと見てよいじゃろう…。まあ…単純な単細胞だと思ってかかれば平気じゃないのかえ?」 た…単細胞………。 俺は圭咒の一言に吹き出して笑いそうになった。そして、思わず北都に目をやてしまう…。 「おい…」 とどうやら俺の視線に気づいたようで、北都はむっすーっとなってこっちを睨んでいる…。 「だぁれが単細胞だよ!!」 「北都じゃないって!!北都もこの言葉を聞いて何か反応するかなぁ〜??って思っただけ!!」 と嘘盛りだくさんの内容で弁明すると、北都はいともあっさり信じきって 「確かに強硬派のほとんどは単細胞に近い行動だから単純明快で楽っちゃ楽だわな…」 「強硬派のリーダーの名前は分かる…?」 「莱明(らいめい)ですよ」 と圭咒より先に静かな口調で答えたのは來羅さんだった。俺たちは驚き、來羅さんの方に見ると、來羅さんははっとなり、慌てて言い訳をした。 「私はこれでも総館長を務めておるので、対抗組織のリーダーとも話したことがあるゆえ、名前程度なら覚えているのですよ」 「なるほど」 でも、なんか怪しい…。 ぴりりりり…っ とタイミングがいいのか、悪いのか分からないが、端末手帳の着信音が鳴り響く。俺は左手で圭咒を抱えたまま、腰に携えているポシェットに右手を滑り込ませ、端末手帳を取り出して、開くと、棟梁が俺たちの前に別ウィンドウを開いて現れた。 「あれから何か収穫はあったか?」 「うん。あったよ。今回の暴動は主に強硬派が動いてる。穏健派は全く動いていない。あえて動いている場所があるとすれば、再三使者を送って強硬派を宥めているぐらいだよ」 「そうか。 先程、陛下には内密として、中務卿宮様と兵部卿、刑部卿に相談した結果、強硬派だろうが、穏健派だろうが関係なく、そのレジスタンスの首謀者のみ逮捕することになった。まあ、部下の暴動があるのは分かっているが、そいつらはあくまで抵抗してくるのであれば薙ぎ払って殺しても構わんという結果になった」 「つまり…犠牲は出てもいいから首謀者を捕まえろ…ってことだね」 「そういうことだ。私からすれば、できるだけ被害は最小限に抑えたいところだ。 そしてだ、明日にでも精鋭部隊を編成し、そちらに送る」 「数は?」 「ざっと200人だ」 「200?!それじゃあまるで皆殺しに等しいじゃん!!」 「そうだよ!!あっちはたったの50しかいないんだぞ!!そんなに多すぎたら逆に…」 「口答えは許さん。これは中務省、刑部省からの精鋭部隊だ。貴重に使えよ」 ぷつっ 「あ!!ちょっと!!」 と俺が止める間もなく、棟梁は回線を切ってしまったのである。 「まっさか…向こうが本気になるとはねぇ…」 と呆れながらも口を開いたのは北都だった。腕を組みながら、紙に何かを書いている。 「敵は50なのに対し、精鋭部隊は200…。いくら数が多くたって戦陣の置き方によっては不利になる数だな…。 おまけに戦場は密室に近い防空壕…。更には俺たちはここの地理に全く詳しくないから有利さとなると、向こうが上。 となると、こちらはかなり慎重に動かないとまずいな…」 そう言いながら、北都は軍師として、もう紙に戦法の考えを書き記している。 「北都…。おまえ…ホントにあいつらを潰す気か…???」 「………全滅させる気はない。だが、抵抗するなら、棟梁の言う通り排除しなければならない。 俺たちは太政大臣の息子とか東宮とかそういう地位を捨てて、今はあくまで刑部省に仕えている国家の狗なんだよ…。 上から殺せと言われれば、殺しをしなきゃならない。上から捕らえろと言われれば捕らえなければならない。それが…俺たちが居る今の現状なんだ」 「だけど…」 「納得できないのは分かるけどな、無理にでも納得しないと、この仕事はやっていけないってこと。 おまえは…それが分かっていて、この冥府八人衆の中に飛び込んだんじゃなかったのか?」 「そうだけど…」 北都が言いたいことは物凄い分かる。でも、なんか不条理で自分の中でもやもやしたものがうごめいている気分になる。 だけど…俺はこの仕事に就いた…。だからイヤでも分かりきらねばならないんだ…。 俺は意を決して、北都の作戦の方にアドバイスを送ることにして、この作戦を完璧にすることに集中することにした。そうじゃないと、不条理や納得いかないことが溢れてくるから…。 |
| 続く→ |