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伍 |
| ざっざっざっざっ 平穏な街に悪魔の使いの足音が近づいてくる。そう…俺が悪魔になったんだと思う…。 見覚えのある町並みに津波のように押し寄せる兵士の数。だけど、その兵士たちの服装には見覚えがない。 俺たちがいる国にはない服装。黒を基調とした迷彩柄の軍服は俺たちの軍にはない。 じゃあ…どこの軍隊? ああ。これは違う…。これは夢なんだ…。 俺はまだ寝てるんだ。だけど、なんだ?このリアルな夢は…。 兵士たちの前にこの軍を指揮する最高司令官というか軍師が堂々とした構えで腕を組んで仁王立ちしている。その軍師はどこか見覚えのある顔立ちをしている。しかし、そう思っている矢先に、その軍師が口を開いた…。 「かかれぃ〜〜っ!!」 『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』 その号令と共に何十万という数の兵士が雪崩のように街の中に突進していく。 ダメだ…。そんなことしちゃ…。民は守らなければならない…。弱々しく、獰猛な民を…。 俺が叫んでも、所詮は夢だから届きはしない。兵士たちは街に押し寄せるなり、各々手には銃や剣を握り締め、無抵抗な市民を次々に殺していく。 ダメ…。何の罪もないのに…。それ以上殺しては…。 だけど、その兵士たちも市民の反撃にやられていく。たちまち街は憎悪と死体の山に埋もれた…。だけど、軍の進軍はやむはずもなく、次々に兵士が導入されていく…。 空も水も血の色に染まり、街は絶望の淵に追いやられる。その街の上空で涙を流しながら、惨劇を見ている影があった。 あの影は…。 「おいっ!!洸琉!!起きろってば!!」 「んあ???」 俺はぱちっと目を覚ますと、そこは異界だった。 あり?いつの間に??? 「いつの間にじゃないって!!おまえがこっちに来たんだろうが!!」 …………………………………この声わ。 俺は眠気眼で後ろに振り返ってみると、金髪の男性がむす〜っとした顔でこっちを見ていた。 「ああ。シヴァさん…。おはよ〜〜〜…」 「おはよ〜ぢゃないわ!!いきなり人の頭上に落ちてきおって!!何のようだ?!」 と怒りまくっているシヴァさんの頭上を見ると、確かにでかでかと大きなたんこぶが出来上がっているし、俺の頭も微妙に痛い…。 「もしかして、無意識にこっちに?」 「正確には過去夢に触れて、かなり奥深くリンクしちまってこっちにきたと言った方が正しいな」 「過去…夢……?」 「そうだ。おまえは…街の過去に触れた。おまえが見たのは神魔戦争の一角にすぎんがな」 「どうして俺がその夢を見なきゃいけないの?」 「夢を見せたのは街の記憶だ。どうやら進軍することをあまり薦めないらしいな…。ましてや相手はレジスタンスだろ?何を奉っているのか知らんが…」 いや…知らない方がいいかと…。 俺はそう思わずにいられなかったが、シヴァさんは俺の心を読んでいたらしく、ずずいっと顔を寄せて 「で?何を奉っているんだ…???」 「……ぶ…豚と羊……」 シヴァさんの問い詰められることはどうも体が嫌らしく話さざるを得なくなってしまった。そして、言ったら言ったで――― 「ぬゎにぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!豚と羊ぃぃぃぃぃ?! 俺たち竜王はそんなくだらん、食べ物相手にいがみ合いをしてるんかい!!」 た…食べ物って…。一応豚を聖なる生き物として奉ってる宗派もあることはあるんですけど…。 「しかし、なんで街は夢を見せてまで進軍をやめさせたいんだろう…」 「神魔戦争の二の舞になることを危惧してるんじゃないのか? だがな、正確には街自身が見せてるわけではない。街に住む誰かがおまえに干渉してみさせているのだ」 「その誰かって?」 「分かっていたら最初から言ってるわ。 恐らく、夢に干渉できるほどの能力を持っている者が、歴史の夢を引っ張り出して見さしているんだろう」 「それって“夢見”?」 「そうだな…。夢見の能力者が一枚噛んでいてもおかしくはないだろう…」 「なるほどね」 夢見か…。話では聞いたことがあるけど、実際には会ったことがないから、どんなことをするのかさっぱりだったんだけど…。 まさか、こんな形で遭遇するとは思ってもみなかったな…。 夢見っていうのは、他人の夢を覗き見することもできるが、一番凄いところは過去現在未来、すべての夢を渡って見るができる歴史の真実を知っているところ。だから、歴史の教科書も資料集を使う以外に、数人の夢見の能力者を集めて、夢を見させて真実か否かを判定させたり、その証言を元に書いているって言ってた。 俺からすれば、未知なる存在ってこと。だけど、その夢見が干渉してくるほど、今回の依頼は厄介なんだろうか? 「ねえ。シヴァさんは神魔戦争って知ってる???」 「神魔か…。俺はその頃もう死んでいたが、その当時の竜王に力を貸してはいたな」 「その戦争って激しかったの?」 「激しいと言う一言では片付けられないほどの惨劇だったな…。俺も思い出すだけで胸糞悪い…。だが、その真実を語らねばいけないこともあるから言うときは言うがな…」 「その戦争の内容詳しく教えてくれない?もしかしたら…」 「俺に聞くより、柳(りゅう)に直接聞いた方が早い」 「柳?」 俺が首を傾げていると、シヴァさんは軽く手をひらひらさせながら、ああと言った。 「おまえは直接話したことがなかったな。柳っていうのは、俺とおまえと同じように天竜王に就いていた人物だ。ちょうど、奴が在位してたときにその神魔戦争が起ったんだよ」 「じゃあ、その人に聞けば…」 俺が言い切る前に、シヴァさんが無駄だなと苦笑交じりで遮った。 「あいつは起きている方が少ない方だな。あいつの人生は寝ている方に費やしている方が遥かに多い。だが、寝ているせいか、襲撃されやすくてナ…。在位してたのも確かこの中では一番短かったはずだ。確かまともに一ヶ月以上起きてたのはその戦争のときと即位した前後だったかな?」 「いぃ…っ?!」 俺はシヴァさんの話を聞いて引いた。 人生を寝ている方に費やしているなんて…。でも… 「今だったらもしかしたら起きているかもしれない…」 仕方があるまいとシヴァさんも折れて、俺をその柳っていう人がいる紅雪宮(こうせつきゅう)と呼ばれる建物に案内してくれた。 そこには先に連絡をもらっていたらしく、お久しぶりにカイトと威輝さんに会った。カイトの服装は、女の子らしい中華服を纏っていた。それを見て、改めて一応こいつが女だということをわかったような気がする。 「カイト!!」 「やあ、王子サマお久しぶり。こっちの方で会うのは初めてだよね」 「だね。どう?こっちの暮らしぶりは?」 「うん。快適だよ。君たちの様子も威輝サマ達のお力添えもあって楽しく見てるよ。相変わらず、お仕事大変そうだね」 「まあね」 「こっちに来ちゃったのは夢のせいだって?」 「うん。まあ、こっちに来たついでに柳っていう人に会って、戦争の内容のこと知りたいなと思って。一応戦争には出てたみたいだけど…」 「そうだね。威輝サマが言うには、珍しく柳サマはいつも以上に起きてるらしいよ。僕もついさっき会ったばかりなんだ」 と苦笑いをしながら、服の裾をつまみながら言った。 「へぇ…どんな方だったの?」 「ああ…ウン。人生の大半を寝ている人の割には趣味がいい方だったヨ…一応ね」 「一応???」 と、問い返す俺に、カイトは引きつった笑みを向ける。 「まあ…会ってみれば分かるよ……」 「柳〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…。いるかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜???」 と紅雪宮に入ると、シヴァさんはどこにいるか分からない柳さんに向かって呼びかける。すると、遠くの方からなんとも力抜けした声が聞こえてきた。俺たちはその声をたどり、向かった先は綺麗な温室だった。しかし、よくよく見てみると手入れもきちんとされているし、調度品も趣味がいいモノばかり。その中を歩いているうちに、目の前に草木が広がった場所が開けた。そこには、とてもいい趣味をしている長椅子が置いてあり、その上にだらんっとしどけなく寝そべっていると絵に見える男性が寝そべってこちらに向かって手を振っていた。 その人は二十代終わりの背の高い貴婦人…いや、貴婦人に見えるような一見質素にすら見える身なりの麗人だったが、よくよく見れば、身に付けた服も髪飾りもさり気ないものの、見事な代物である。それを踏まえて改めて見ると、どう見てもそのすらりとした長身は、男性にしか見えなかった。そして、服によく合っている薄紫の髪と蒼い瞳。服は似合っているのは確かだし、なるほど。カイトの言うように趣味のよい人物でありそうであるが…。 「ふにゃぁ…。シヴァぁ…。何年ぶりに起きてみたら、見慣れぬ人物が増えてたねぇ…」 何年って…。これがシヴァさんが言う“柳”って人なのか? 力ない言葉を出すこの人に対して、シヴァさんは半分呆れながら言った。 「おまえの場合寝すぎなんじゃ、ボケ!!」 「んんん???シヴァの隣にいる方は?まさか、さっきのカイトって子と同様にまた新しい死人じゃないよね?」 し…死人って…。それはちょっとヒドイ…。 「おまえな…。気配を感じてみろよ…」 「あ〜…。ゴメンねぇ…。確かに生きてる気配がする。それとも君は夢でココに訪れているだけ?」 「たぶんそうだと…」 「なるほどね…。君は竜王とはどーゆー関係なんだい???」 と人の都合を無視して、柳という人は、次々に質問してくるのである。 「俺は…300代目の天竜王です……」 「へぇ…。僕が寝ている間にもう2代も入れ替わっていたのか…。どうりで見慣れぬ人物が増えたと思ったヨ…。だけど、君は帝の血を引いてるね?その瑠璃色の瞳が何よりの証拠。帝の血を引きながら竜王に就くなど、随分と度胸があるね」 「度胸があると言うか、勝手になっちゃったというか…」 「まあ…。初代様は気まぐれな方でらっしゃるが、あの姿はいい趣味をしている」 「……は???」 「あの屈託のない透き通った髪に、それに合わせた色合いの服。もっとも、稜の僧官服や静の武装は嫌いだね。趣味が悪い上に、体にまるで合っていない。そんな輩とは馴れ合う気がなくて…」 と、柳さんは本気で嫌そうな顔をしている。 「けれど、シヴァやおまえさんのような趣味は悪くないねぇ…。その琥珀色に白は更に色合いをよく見える」 「……はあ、どうも」 俺が目をぱちくりさせていると、柳さんはくすりと笑みをこぼし 「まあ、それぐらいにしか僕は人を見てないってことさ。 で?君の名はなんていうのかえ?」 「洸琉と…」 「洸琉か…。よい名をもろたものよ。よき帝となろう」 「はい…。なれるよう努力します」 「うむ…。して?わざわざこんな者のために足を運んだわけではあるまい。何か他に目的が合ってのことだと思うが?」 俺の行動が見透かされている。その行動が少し、ビビった。俺は、何も言わずただこくりと頷くと、柳さんはくすっと苦笑し、 「僕にそれほどまでに用があると言うことは、神魔戦争が一枚噛んでるね?」 凄い…。ここまで読まれてるなんて…。この人は… 「じゃないと、僕に会いにくる人なんて滅多にいないしねぇ…」 ずるずるずる…。 笑顔で力いっぱい言う柳さんに俺は思わず脱力してしまった。 なるほど。それほどまで他の竜王の皆さんは忘れているのか…。 「では…話そうか……。神魔戦争の全貌を……」 |
| 続く→ |