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六 |
| 温室に椅子が二つ用意され、柳さんは長椅子に腰をかけ、リラックスした格好もとい、寝そべったまま用意されたお茶のお椀をゆすって水面を見つめながらさて…と口を開いた。 「どこから話せばよいのやら…」 「戦争の発端は?」 「……………いきなり本題に近いことを聞くか」 「じゃなければ戦争の意味なんてありませんから」 「確かにそうだねぇ…」 そう言いながらお椀を机に置き、むくりと起き上がって、俺と対等の姿勢になる。 「では、話そうかの…」 そう言って、静かに語りだした…。 「戦争のきっかけは些細なことであった…。 最初は神威大帝国の些細な貿易摩擦から次第に険悪な雰囲気にいってしまった。だが、それなら他国が介入して仲直りさせればよいこと…。 しかし、それを行う前に、レギールング共和国で准将が謝って神威大帝国の貴族の子供を殺してしまったことから神威大帝国とレギールング共和国の総方で内乱が勃発。それが戦争へと発展した。 たった些細なきっかけが戦争へと引き入れてしまったのだ」 「その戦争の意義は?」 と俺は次の質問に入れ替えた。すると、柳さんはうむ…と一つ頷いて語りだした。 「本来戦争というのは領土を奪い取ったり、力を屈するもの。しかし、この戦争には戦いの意義が全くない。ただの暴動が大きく発展したことになる。 だが、それだけならまだいい。時の王国・フィルドルフィ王国の国王が運悪く禁術の研究に手を出していた。 国中の人間が消えていく事件が起きた。一人二人ならまだ家出などで片付けられるが、一日で何十人もの人が消えた。 国王は禁術が記された書物を読んで、不老不死の力を手に入れ、世界を乗っ取る気だったらしい…。それに目をつけたのが、魔族であった。 その魔族が国王をそそのかし、国中の人間を次々に殺していった。ただ私欲を満たすために…。しかも、それだけでは飽きたらず、レギールングと神威の人間にまで喧嘩を売って、人間をさらっていき、戦争の大きさは確実に広がってしまった…」 「じゃあホントはその戦争はさほど大きくはなかったんだ」 「うむ…。そのときは竜王自身もやる気もなくて、竜王も竜族も獣族も誰もが協力はしなかった。せいぜい哀れなりと哀れるぐらいだった。 だが、その状況を一変させたのも魔族の行為じゃ。彼奴等め、死人を使って神威とレギールング双方に攻撃を仕掛け、あまつさえ竜族にまで喧嘩をふっかけてきおった。それの身勝手な行動に竜王は重い腰をあげ、魔族撲滅の意を伝え、戦争に参加。 僕は面倒だからあんまり手を出す気にはなかのだけどねぇ…。当時の地竜王の決断の強さに折れたわけだよ…。 だが、戦場をこの目で見たときには愕然となったね。なんせ、生きてる人間の方が死んで山積みになった死体よりも少ないんだもの…。 神威大帝国のティーラという街ははこの戦争でフィルドルフィ王国以外で一番の被害を食らったと聞く…。僕もその街の様子を見たけど、言葉が出なかったね」 「そんなにヒドイ状態だったんですか?」 俺は唾を飲みながら、尋ねると、柳さんはお茶を一口口に含ませ、飲み込むと、表情を強張らせて答えた。 「あれは『酷い』と言って片付けられるほどの状態ではないんだよ…。死体が街を覆い尽くし、その死体に獣が集り、貪る。その死臭が漂う死体に魔族が近づき、ゾンビと化して己の兵士とする。そして新たに死体を呼び込み、悪循環を呼ぶ。栄えていた街はあっという間に絶望の象徴となった」 その言葉に俺は言葉が出せずにただ…黙ってることしかできなかった。柳さんはお椀を置き、だがな…と呟いて続けて言った。 「そんな状態でも防空壕の中ではまだ生きている人間はいた。希望の光は消えきってはいなかった…。その防空壕はたぶん今でも残っていると思うよ。 なんせ、その防空壕に対魔族用の罠を仕掛けたのは僕だからね…」 「………は?」 「あれ?聞いてなかった?あの罠を仕掛けたのは僕なんだよ。めんどくさいけど、民は大事だし、これ以上死体を増やさないために術を施したんだ。だけど、一つ誤算があった」 「誤算?」 「うん。誤算…。すっかり守人達の存在を忘れててね。魔族の体質は守人と酷似してて、対魔族用に作ったつもりが、対守人用にもなってしまったんだ。 まあ、守人はせいぜい軽く黒コゲになる程度だし、誰もさすがにあの防空壕には近づかないだろうと思って、後世に伝えなかったんだけどね、あははははっ」 おい…。あははははって…。その防空壕に圭咒近づけさせちゃったんですけど…。 「あれ???もしかして圭咒か誰か近づけ…た…???」 「ええ。ばっちり近づけさせちゃいましたよ…。ああなったのは柳さんの設計ミスだったわけですね…」 と俺の言葉に柳さんはしばし硬直。え〜っとと頬をかきながら、ぽんっと思い出して言った。 「まあ、失敗はやってみないと分からないし、それでいいんじゃない???」 「そんなもんで開き直らないで下さい!!」 開き直る柳さんにすかさず俺はツッコミを入れた。その横で、シヴァさんがはぁ…っと軽く溜め息をつき、当の作った本人はけらけらと鈴を転がすように笑った。 笑えることかっつーの!! 「だぁ〜って、ホントにあの防空壕に守人を近づかせる奴がいるとは思ってもみなかったもんだもん」 「その防空壕を本拠地として活動しているレジスタンスがいるんですよ…」 「マジ?!」 と、俺の言葉に意外だと言わんばかりに身を乗り出して、問い詰める柳さん。そして、我に返り、即席に戻り、腕を組んで考え込んだ。 「圭咒の容態は?」 「一応命に別状はありません。だけど、しばらくの間は動くことは不可能かと…」 「そうか…。圭咒は僕が在位してたときは大変迷惑をかけたからね。これでも心配している方なんだけど…。 だけど、まさか、あの防空壕を拠点として動くレジスタンスがいるとはね…。方角的にどこの防空壕になるんだろう?朱雀?青龍???白虎?それとも玄武???」 「確か白虎…」 「……一番厄介な防空壕を使いおった」 「は???」 急に表情が真剣になった柳さんを見て、俺は目が点になった。しかし、柳さんはすぐに表情を戻し、俺の頭を撫でてきたのである。 「まあ、いいか…。これからの状況はそなたにかかっておるようなもの…。我々は手助けすることしかできぬ…」 「???」 「そなたはそろそろ元の世界に戻りなさい。これ以上いては、死人になってしまう…。そして、夢見に見つかる恐れもある。夢見ほど厄介な人間はおらんからな」 そう言うと、俺の後ろに誰かが見ている視線を感じ、俺はゆっくり視線の方向へ降り返ると、そこにはいつの間にか大きな見開いた目が二つこちらを凝視していた。その目に俺の背筋が凍った。 「僕もこれでも元・夢見でね。ある程度の気配はわかるんだ。あの目は別の夢見の目だよ…。異界という未知なる存在をこの目で見たいがために、夢を渡っている。恐らく君の夢に入り込んで、街の光景を見せて警告を兼ねて干渉を起こし、君にべったり張り付いて異界を見ようとしてるんだよ」 「じゃあ、もうココは…」 「まだバレてはいない…。今のところはね…。異界は神聖なる世界だから、そう簡単には夢見に見られることはない。だけど、あそこにある目は別の空間を見ている。死者の国を見ている。 今なら、あの夢見に気づかれることなく戻ることができる。だから…今すぐ振り返ることなく元の世界へ戻りなさい。夢見に見つかっては後が面倒だ。僕も干渉することができなって、君は夢見が捨てた悪夢の螺旋を彷徨うことになる」 と柳さんは理解不能なことを言って、俺の目を大きな手で隠した途端、目の前がブラックアウトしたのである。 |
| 続く→ |