「ただいま〜…」
 俺は自宅でもある東宮御所に着くなり、寝室に篭った。そして、場違いと思えるのだが、ダブルベッドがあるので、その上に横になった。
「はぁ〜……」
 俺は横になるなり頭を抑えて大きな溜め息をついた。
 まさか、自分が神様の生まれ変わりだとは思ってもみなかったよ。俺はただの皇子だと思ってたのにこんな重大さがあったなんてね…。
「って思いたいのに何で人の部屋にいるんだよ……」
 俺はそう言いながらある人物に視線をやった。その人物はそ知らぬ顔でちょんっと俺と同じベッドの端に座って俺のことを見ていた。俺はその人物に溜め息混じりに言った。
「どうしたのじゃ?」
「あのさぁ…。ここ…俺の寝室なんだけど……」
「それがどうしたのかえ?」
 そう。その人物こそたまたま刑部省で出会って神様の力を無理矢理継承させてくれた守人の圭咒。そいつは俺の寝室にもかかわらず一緒についてくる。しかも、そんなことはどうでもいいみたいな感じで!
「だからぁ…。一人になりたいから出て行って欲しいって言いたいんだけど……」
「何を言うのかと思えば…。マスターを守るのが妾の務め。それなのに出て行けというのは矛盾しておる」
「矛盾なんかしてない!!今回のことでさすがの俺だって頭の中混乱したままなんだよ!!ちっとは一人になってゆっくり整理をしたいんだよ!」
「それは無茶な命令じゃな。妾は動かぬ。妾はそちを守る守人。離れればそちを襲う輩がうじゃうじゃ現れるじゃろう」
「ここには検非違使もいるし、女房もいる!!俺が一声叫べばこっちにすぐ来るし、それに俺だって武術や魔術に長けてるんだよ?だったら問題ないじゃないか」
 俺は起き上がって圭咒に反論するが、圭咒は全く動くつもりはないと言わんばかりに言い返した。
「敵は目に見えるものだけじゃないのじゃ。精神を襲う魔族だっておる。一応ここにもそれなりに魔族が嫌う結界が三重にも張られているが、いつ破られるか分からんのじゃ。だから妾は動かん」
「ああ〜っそ。だったら俺が出てけばいいんだろ」
 と半分投げやりに言うと圭咒は続けて言った。
「そちが動く時は妾も動く」
「トイレに行くときも?」
「無論のことじゃ」
 きっぱり即答で答えてくれるので、俺はがっくり肩を落としてこいつを外に追い出すことを諦め、再び横になった。
「分かった。ついてくるならついて来ていいよ。
 たださ…。おまえのことも教えて欲しい。どうして天竜王を守る守人になったのかを…。そして、記憶だけじゃない天竜王のことも」
「分かったのじゃ。少しずつ時間をかけて教えてゆくぞ。
 さて、最初に知りたいことはあるか?妾は全て答える」
「まず。質問その壱。『天竜王は男?女』」
「性別は限りなく男に近いのじゃ」
「じゃあその弐。『天竜王が言う器ってどういうのが当てはまる?』」
「限りなく純血に近い竜神人の力を受け継ぐ者」
「なんだって?!」
 俺は圭咒の意外な質問の答えに驚きのあまり起き上がった。
「『限りなく純血に近い竜神人』って…。竜神人は羽を生やしているんだよ?!俺羽なんて持ってないよ!!」
「それはまだ成人を迎えてないからなのじゃ」
「は?」
「竜神人は生まれたときは普通の人間と同じに生まれてくる。しかし、一度成人を迎えれば羽根を背から生やすのじゃ。といっても隠し通すことも可能じゃが、年に一回ぐらいに羽根を伸ばしてやらなければならないのじゃがな……」
「質問その参。『竜神人の成人はいくつ?』」
「17」
 え……。ってことは俺はあと6年後にでも羽根を生やすってこと???ちょっと待てよ。17ということは……。
「もしかしてもう北都は成人を迎えて羽根を生やしてるってこと??」
「そうなるのぉ……。まあ羽根を生やさなくとも目の色で判断できるがな…」
「目?」
「そう。目の色が生まれたときと違う色になるのじゃ」
「それは絶対に変わるものなの?」
「そうとは限らぬ。竜王の血を引く者は変わらぬただ竜王としての証の痣が体のどこかしらに浮かび上がってくる。ほれ…そちの右肩にもくっきりでているではないか…」
「え?!」
 圭咒に言われ、俺は反射的に右肩を見てしまったが、確かに右肩に見たこともない文字というか絵柄鮮やかな薄緑で浮かび上がっていたのである。
「これが…竜王の証……?」
「まあその痣は感情が高ぶったときぐらいにしか出てこないから安心するのじゃ」
「そうなの?」
「そうじゃ」
「へぇ〜…」
 と俺は感心して再びその痣に目をやるとその痣はいつの間にか消えていたのである。感情が高ぶらなくなったからであろうか?
「マスター…」
「ん?」
「今日はゆっくり休むのじゃ。今のそちはまだ何もかも納得しておなんのじゃろう。妾には分かる。まだ不安でたまらないのかもしれん。だから休むのじゃ。休んで明日ゆっくり整理すればよいのじゃ。
 しかし、もしかしたら夢の中で天竜王ご自身が現れるやもしれん…」
「マジ?」
「同じ魂を共有するのじゃからあっても可笑しくないのじゃ」
「ふぅん。そんなものなの?」
「魂を共有し、同じ人生を生きる者。夢で会って話を聞くのもまた勉強になるじゃろう」
 圭咒はそう言うと、横になっている俺に近づきどこからともなく中国風のうちわを出し、俺の前でゆらゆらと仰ぎながら何かぼそぼそ呟いた。
「緩やかに…華やかに……誘いて……健やかに……優しき眠り……」
 その呟きと同時に俺の瞼が重くなっているのが分かる。今にも瞼が閉じて眠りにつきそうなカンジで……。

 そう思った瞬間俺の意識はどこかへ飛んだ。気がついたときには青い空とどこまでも続いてそうな花畑と、凄まじい勢いで流れる滝と緩やかに水面が蠢く湖がある場所だった。その場所にちょんっと10代後半から20代前半の一人の青年が座っているのが目に入った。その人は髪が空のような青で長かった。といっても、前髪は一束だけ、やたら長く瞳は金色。そして、北都が着ている服と似たような服を纏っていたんだ。
「……天竜王?」
 俺は恐る恐る声をかけてみると、その人はぴくりと反応して俺の方を振り向いた。
「俺が見えるのか……?」
 その質問に俺はただ黙って頷いた。
「そうか…。じゃあもう立派に俺の力や記憶を継承したんだな。
 なぁ。そんなところで突っ立ってないでこっちにこい。俺とおまえは同胞なんだし、生涯を共にする盟友だ。あれこれ聞きたいことだってあるだろう」
「山ほどある」
 俺はそう言いながら、言われたとおりに天竜王の傍に行って隣に余白を少々つけて座った。
「さぁて何から説明するか……」
「なんでこの世界を作った……?」
 俺は真剣な目で天竜王に尋ねた。すると、天竜王は「いきなりそれかよ?!」みたいなカンジの顔で俺の顔を見返した。
 そうだ。ずっと気になっていた。他人の肉体を拠り所にしてまでこの世に居座るなんてなにかわけでもあるんじゃないか?それはつまり自分達が作ったこの世界。それなりに未練を残してもいいはずだ。神になってもこうもするなんて絶対何かある。
「いきなりメインか……。予想はしてたにしろさすがにきついよなぁ…」
「はぐらかさないでさ、さっさと説明してよ」
「おっと…。そうだったな……。何故この世界を作ったか……。それは単純な理由だ。俺達の故郷と同じ思いをさせないため……。そして故郷の思い出を少しでもいいから残しておきたかったため……」
「故郷?」
「そうだ。こことは全く違う惑星。機械文明に優れ、神が作り出した運命さえも変えることができる装置を作り、自分達を神の子(セフィロト)と名乗り、自ら背に羽根を生やし全ての惑星を配下にして全ての世界の神になるはずだった……。
 でも、ある日その装置が暴走し、セフィロトの都は炎の渦に飲み込まれ、滅亡した。そして、絶望の淵に立たされた俺達セフィロトの民は導きの石を使い思いを一つにまとめてこの世界を作り出した。二度とこのような過ちを起こさぬよう願いを込めて……」
「ってちょっと待った!!じゃあこの世界は人の思いで作り上げた世界ってこと?!じゃあこの世界は夢の世界?!」
「夢じゃない。ちゃんと現実にある。ただ土台が他の惑星と違う。他の惑星は小惑星が固まりできあがったけど、こっちは人の思いが集結して出来上がった物だ」
「じゃあなんであんた達四大竜王がいるんだ?」
「俺達4人がいなきゃここはただの石の塊で作り上げた生き物はすぐ死んでたんだよ。俺が風を呼び起こし空気を作り、水竜王が水を生み出して大地を潤し、地竜王が大地を育て上げ植物に根を張らせ、火竜王が炎を生み出し生き物を暖めた。他のセフィロトの民はそこまで手を出せる余裕がなかったんだよ。そうしてこの世界を作り上げ俺達セフィロトは何食わぬ顔でその世界に再び根を張ろうとしたが、俺達の高度な文明は滅びしか導かない。だから、途中で放棄をしようとしたが、その前に俺達が生み出した人間が俺達を恐れて蜂起したんだ。そして、大半の部分のセフィロトの民が滅んだ。それでも、俺達はどうしても生きたくてあれこれやったんだ。もう肉体が朽ちそうになるほどにね。そしたらいつの間にか俺達はそいつらの民の神になっていた。
 そう。俺達は神として人々の記憶に残すことが出来たんだ。そして、それを崇めるために用意された王が俺達の血を色濃く残す一族だった。そして、神の純血を守るため、できるだけ俺達の存在に近い血が必要だった。だが、それを用意している間に主となる俺達が全て滅び今のように遺跡として建造物や道具しか残らなくなった。それでも、俺達の血が受け継がれているんだ」
「じゃあセフィロトの民=竜神人ってことで、神様であるあんた達も竜神人ってこと……?」
「そうなるな。人の思いがここまで作り上げた。でも、それはいつ壊れるか分からない。俺達竜王が恐れているのはそれだ。
 もし俺達を忘れ前に進むのであればそいつの記憶をリセットしてでもこの世界の維持を務めるだろう。だからこうして拠り代を探しているんだよ」
「なんで?人間は前に進まないといけないのに…。そうやって寺院から教えてもらっていたのに……」
「確かに前に進まなくてはならない。俺達もいずれ消えなきゃならない。でも、もう少しこの世界の未来を見守りたいんだ…。決して俺達の二の舞にならぬように……」
「……………………」
 俺は熱弁する天竜王の言葉に間違ってるなんて言えなかった。
 この人はこの世界を狂うほど大切にしているんだ。だからこうやって肉体が滅んでも留まろうとしてる。別の意味で哀れな死者だ。
「だから、俺達の意思を分かって欲しい。それにこの世界を狙う奴は外の世界からでもいるんだ」
「どういうこと?」
「魔族。それは人の憎しみが生み出し物。そして、外部からの侵入者。それから民を守らなければ滅びるよ。明日真実の都・ヴェーリタースにある遺跡に火竜王と共に行け。そこに俺達が残した遺産がある。だが、気をつけろ。その遺跡は真実を全て写す鏡…」
 天竜王はそう言いながら俺の手を両手でしっかりと握った。
「俺の意思を全ておまえに預ける。だからおまえも俺を助けてくれ」
「……分かった」
「その遺跡は西のふもとの月が猫の爪の形になったとき天空より舞い落ちる一滴の水面に浮かび上がる遺跡だ」
「その水面って……?」
「分からない。この都は高度が進みすぎてどこに消えたか俺でさえも分からなくなってしまった…。ただ言えるのは天空の道が生まれたときに南に進むとあることぐらいだ……」
「天空の道?」
「天空の道は一つだけじゃない。心を研ぎ澄まし、己の力を信じれば本当の道が切り開かれるよ」
 天竜王はそう言うなり、すうっと姿を消していく。
「そろそろ起きなくてはおまえの肉親が心配するよ」
 え?!どーゆーこと??
「つまりおまえが寝すぎてるってことだ」
 な…なにぃ?!
 俺は天竜王の言葉にパニック寸前になった。そして、慌てて起きようと努力したのだった。

「マスター……。マスター……」
「……おはよ」
 圭咒に呼ばれ俺は起きた。すると、周りはすっかり明るく太陽も上がりきっているようだった。
「今何時?」
「朝の9時じゃ」
 ……なんだ。寝過ぎってそれほどまでじゃないんだ。
「圭咒。これからヴェーリタースに行こうと思う」
「遺跡かや?」
「うん。夢の中で天竜王は今日そこへ行けと言った。真実があるからそれを知れと言った。これってどういう意味なんだろう……」
「それはきっと天竜王がマスターに授けたいと思っている物があるからだと思うのじゃ。言葉では言い切れない真実を……」
「そっか……」
 俺はそう言ってベッドから飛び降り、いつもとちょっと違う服着た。今回は先に黒のノースリーブシャツと白のズボンをはき、その上に北都と同じように青くて直衣っぽい服を着て刑部省に向かい、特別出張書を提出することにしたであった。

 

     →続く

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