「威輝さん…。十代目天竜王ってそんなに凶暴なの?」
 凄い勢いの風が吹き荒れる中、俺は威輝さんに抱かれながら尋ねると、威輝さんは深く溜め息をついた。
「凶暴っていうわけじゃないんだけど…。あいつは寝起きが悪いのよ……」
「ね…寝起きぃ〜?」
 威輝さんの言葉に俺は耳を疑い、素っ頓狂な声でオウム返しに尋ねた。
「やっぱそうくるわよねぇ…。だってあいつ………」
 ずぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!
 と威輝さんの言葉を掻き消すように地響きがあたりに響き、それと同時に吹き荒れていた風も止む。
「来たわね……」
 そう言って威輝さんは息を呑み、一歩一歩後ろに後退していつでも離脱可能状態にしている。そして俺もつられるように息を呑み、地響きがする方向に眼をやる。地響きはだんだん近づいてくる一方でどこにいるか分からない。しかし、そこに髪の毛らしき赤い毛が花々の間から見え隠れする。
 もしかして……この花畑平面じゃなくて途中丘になってるのかな??だとするとこのふさふさの赤い毛は……。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うひょえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 と向こうの叫び声と俺の悲鳴が重なった。
 叫び声と共に赤い髪が逆立ち、俺の身長より数倍デカく、筋肉むきむきの体格をし、上半身裸の男が花畑から出てきた。
 こ…これが十代目天竜王雅哉。
 俺はこの姿を見て威輝さんが言っていた意味が理解できたような気がする。
 そう思っている矢先、その雅哉という人は凄い剣幕で威輝さんに尋ねた。
「おいっ!!威輝よ!!今何時だ?!」
「さあね。こっちに新しい天竜王が来たというのに寝てたやつに言う必要なんてないわ」
「なんだとぉ?!貴様。まだ童のくせに!!」
「外見はあんたと違ってぴっちぴちなんだから、老人はすっこんでろ!!」
 と二人はいがみ合いをする。
 ひょっとしてこの二人とてつもなく仲が悪いとか……。それとも単に雅哉さんが寝起きが悪いだけなのか……。
 俺は呆気に取られながら二人のやり取りを見ていた。
「やれやれこっちが終われば、あっちが喧嘩か……」
 と俺の後ろからシヴァさんの声が聞こえてきたので、俺ははっと後ろに振り返るとそこにはやっぱりシヴァさんが呆れながら立っていた。
「し…シヴァさん……」
「おう。洸琉か。おまえも災難だよなぁ…。よりにもよってあの二人の喧嘩に巻き込まれるとは……」
「あの二人って犬猿の仲なんですか?」
「犬猿の仲も何もあいつらは犬猿の仲以上に仲が悪いぞ。顔を合わせた瞬間アレだ」
「だったら止めてあげればいいのに……!!」
「無駄だな。あいつらの仲介に入ったら今度はこっちがやられる。だからこうやってそっとしておくしかないし、あれは止めなくても平気だ」
「それじゃいつまでも喧嘩しっぱなしじゃないですか」
「そうでもないゾ?そろそろ……」
 そう言ってシヴァさんは二人を指差したので、俺はその指された方向に目をやるとそこにはさっきとはうって変わった光景が目に入ってきた。
 なんと、さっきまでぎゃんぎゃん騒いでいた二人が妙に静かになって、今度は何かを一点に見つめてる。それをよく見ると、花畑のど真ん中(?)にチェスの碁盤を置いて真剣勝負しているのだ!
 それを見て俺は思わずその場でコケた。
「な…なななななななな………」
「だーかーらー止めなくていいって言っただろ?あいつらは口である程度言い合ってから今度はアレで勝負するんだよ」
「なんかすっごく低レベルな喧嘩………」
 俺は起き上がりながら正直な感想を述べると、シヴァさんは「そうだろう、そうだろう」と言わんばかりに腕を組んで頷いた。
「そういえば、洸琉よ。おまえ初代から遺跡に行けと言われたんだって?」
「え?どうして知ってるの?」
 と思いがけない言葉に俺はマジで驚いた。すると、シヴァさんは溜め息をついて答えた。
「やはり…な。大方どこにあるか分からないだろうからヒント代わりにいいことを教えてやろう。その遺跡には近づかない方がいいゾ」
「どうして?」
「完璧に近づくなと言っているんじゃない。その遺跡の奥にある神殿には恐ろしい守護獣が居座っている。その神殿には秘宝があるがそれを見るのは竜神人しか受け付けてくれぬ」
「俺竜神人だよ?」
「それは竜王の力があってのことだろう…。まあ皇族出身だから竜神人の可能性もないことでもないが、幾多の血が混ざり合っているから薄れているだろうて。
 まあ行って損するモノはないが、あれはあれで厄介だし……。初代が行ってくれと言うからにはそれなりの理由があるんだろうケド……。危険だぞ?」
「大丈夫だよ!これでも俺魔法騎士だもん!!」
 とちょっと威張り目に言ってみたら、シヴァさんは「はて?」というカンジに首を傾げた。
 しまったぁ!!シヴァさんって威輝さん以上に昔の人だったんだっけ!!すっかり忘れてた!!
「魔法騎士……?一体なんじゃ???」
「えーっと、えーっと。魔導士と剣闘士は分かります?」
「そりゃ分かるが?二つともポピュラーな職業だし、俺も魔導士だったからな……」
「その二つの職業を足して二で割った奴なんだ。どっちの職業にも優れている職業なんです!!」
「ほぉ……」
 とシヴァさんは話を聞いて感心を持つ。
「おまえはその魔法騎士なのか?」
「うんっ!!そうだよっ!!」
「では…その力を拝見させてもらおうか!!」
 そう言うなり、鋭い笑みを見せたと思ったら周りが瞬時に硬い石を円形に象ったリングが現れ、俺たちはその上にいつのまにか上がっていた。周りは相変わらずの花畑だった。
「え?!リング?!どうなってんの?!」
 俺があたふたと驚いて戸惑っていると、シヴァさんはにたりと笑ったまま言った。
「ここは異界だ。念じれば望むモノが出てくるわ。俺はここに戦うリングが欲しいと念じ召喚したのだ。まあ勝負はそちと同等になるよう魔術と剣術のみとする。俺の武器は……これだ!!」
 そう言って、どこからともなく結構な幅があり、先は釣り針のように曲がっている太刀が出てきた。
 この人……魔導士でありながら剣も使える……。ということは今の魔法騎士に相当するな。あの太刀で俺の刀は耐えられて太刀打ちできるのだろうか?
 そう思っている間にシヴァさんはあっという間に俺の傍に来て問答無用に攻撃を仕掛けてきたので、慌てて上に跳んで避けるが、すぐにシヴァさんが追いついてきた。
「ちょ……?!」
「もうリングが出た時点で戦いは始まっているのだ!!戦場でもそうなると習ってきただろう?!」
「習ってませんよ!!」
 そう言いながら俺は応戦するために短時間の呪文を唱え――
悪夢に満ちし闇の霧よ!!
 ぼあっ!!
 辺り一帯に黒くて濃い霧が広がり、その場にいる全ての視界を奪う。
 これでシヴァさんも太刀打ちできまいと考えたのだが、その考えは甘かった。俺のすぐ真横をシヴァさんの太刀が掠めたのだ。一歩横にいたらまず切られていただろう。
「ちぃっ!!」
 切った感触がなかったことシヴァさんが舌打ちする声が聞こえる。こっちだって舌打ちしたい気分だった。なにせ、視界を奪ったと思ったらこうやってほぼ寸分の狂いもなく切りかかってくるとは思いもよらなかった。だから、尚更ショックを受けるのだ。
 向こうは相当な剣の使い手。こちらがそれなりに作戦を組まない限り、確実に――――負ける!!
 俺はリングに着地し、作戦を練ろうかと思ったが―――――
煌き白の閃光!!
 とシヴァさんの声が響くなり、眩い光と突風が放たれ、霧ごと吹き飛ばされた。俺は結界呪文を直撃する寸前に唱えて何を逃れたが、折角放った霧のほうは跡形もなく消えてしまったおかげで、俺とシヴァさんの位置がはっきり見えてしまった。
 げげげげげっ!!折角目眩ましになったと思ったのに!!
「なかなか小癪な技を使うな!!ならばこちらもいかせてもらうぞ!!」
 そう言うなり太刀をリングに打ち付け、術を唱えるために構える。そして、聞きなれない言葉を口にして詠唱を始める。すると、シヴァさんの周りにたくさんの炎の球がいくつも発生する。
 もしかして!!
 俺ははっと思い、慌てて反属性の術を唱え始めた。
 間に合うか!!
 そう思いながらもいつも以上に早口で詠唱する。その甲斐があってか、俺の術とシヴァさんの術は同時に完成し、発動された。
失われし怒りの御魂!!
凍える氷の調べ!!
 ぼしゅっ!!
 同時に発動されたので、正反対の属性だけに相殺しあい、白く先ほどとは薄い霧が発生するが、俺の術は全て相殺しきれておらず、数個俺めがけて襲い掛かってくる。俺は右足を軸にして横にひらりと避けると、その炎の球は目標物を失い、そのまま地に落ちて消えるが、その部分はまるで溶岩のようにどろどろに溶けていた。
 うひょ〜…。これをまともに当たったら原型ないよ〜!!それほどまで本気ってこと?!
 俺はぎっとシヴァさんを睨みつけ印を組み、こちらも応戦するかのように術を発動する。この術は最近編み出されたものだから、それ以前のシヴァさんには知らない術のはず!!
風纏い炎纏いし天の怒り!!
 俺が術を発動させると、炎と風が混ざり合った竜が出来上がり、一気にシヴァさんに襲い掛かるが、シヴァさんは不敵な笑みを浮かべ、太刀を引き抜き、真っ二つに切ろうとしたが、切れなかった。それはそのはず。これは対暴走剣闘士に造られた術。普段の弱い魔法は太刀と気力さえあれば、消し去ることが出来てしまう。それを改良に改良を施し、剣で太刀打ちできないように作られた術の一つで炎の竜を象った魔術である。同じ威力であってもかなりの違いだったりする。
「ぐぅぅ……っ!!」
 と一生懸命抵抗するシヴァさんから苦痛の声が漏れる。だが、竜は声を無視してそのまま突進を続け、しまいにはシヴァさんもろとも吹き飛ばした。それと同時に太刀がシヴァさんの手から離れ、弧を描き俺の前に突き刺さる。その太刀からはしゅうしゅうと音を立てて白い煙が太刀全体から放たれる。まるで魔力の凄まじさが現れているようだ。
 って肝心のシヴァさんはどこだ?!
 俺はあたりを探した。すると、少し離れたところでシヴァさんがぐったりしていた。
 やばっ!!ちょっと威力出しすぎたかな?!
 俺は慌てて駆け寄ろうとしたが、俺の横を何かが掠めていった。
 何?!
 俺は掠めた方向をたどりそちらを向いてみると、そこには手裏剣が地面に突き刺さっていた。もしかしたら、シヴァさんが倒れる直前にこういうことを予測して放ったのか?!
 俺は手裏剣を凝視していると、シヴァさんはゆっくり起き上がった。
「ふふふふ……。まさかと思って放っていたそれさえも避けられたか……。このように楽しい戦いは初めてだ!」
「そりゃ、どうも。俺だってかなり焦って戦ってるんだから……。ここまで悪戦苦闘させられた戦いは久しぶりだよ。
 でも、やられる気はさらさらないよ!!」
 俺はそう叫び、隠し武器である長針をポシェットから数本引き抜き、シヴァさん目掛けて放つが、シヴァさんはその針を片手で全て止めてしまったのである。
「な?!」
 予想外なことが起こり、俺は唖然となった。まさか、片手で止めるとは思わなかったからだ。俺が放った針は綺麗にシヴァさんの指の間に挟まっていた。
「ほう…。隠し武器か……。戦いにおいての知識は並みの人間以上に長けているようだな。だが……俺には通じん!!」
 そう叫ぶなり、指の間に挟まっていた長針はぱきっと音を立てて真っ二つになった。
 このひとかなりできる!!つーか、さっきと比べて凄い気迫がこっちまで伝わってくる。もしかして、さっきまではお遊び、もしくは準備運動だったのか?!
 そう思っている間にもシヴァさんは攻撃を仕掛けてきた。俺は刀を引き抜き応戦する。太刀と刀のぶつかり合う鈍い音が耳の奥まで伝わってくる。俺は一旦押しやり、後ろに下がり体勢を立て直そうとするが、その余裕さえ、シヴァさんは与えてはくれなかった。
「はぁっ!!」
 ぼっ!!
「ぐあっ!!」
 シヴァさんの太刀がリングにめり込む。俺はとっさに避けたが、完全には避けきれず左足を痛めた。苦痛の声をあげて俺はリングの上を転がる。やられた所から血が滲み出てくるのが自分でも分かる。そのせいか、全身に震えが走り、止らない。そして、それを物語るかのように全身から脂汗が滝のように出てくる。
「どうした?体が震えているぞ」
 そう言いながら、シヴァさんは刀先についた俺の血を血振る。
 この人…今気づいたけど、さっきから息を乱してない。俺はこんなに息を乱しているのに……。
 はっきり言ってこの人と戦うのはもう……嫌だ。
 それは自分の中ではっきりしている。でなければ、こんな恐怖感が常に漂うはずがない。今だったら負けを認めれば終わるかもしれない。だけど、体のどこかでそれをやめろと警告している。俺は無意識のうちに起き上がり、刀を構えていた。
「ほう……見慣れぬ構えだ」
 と俺の構えを見てシヴァさんは簡単の声をあげたが、それは俺にとってさらに恐怖感を煽る感じだった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 俺は痛めた左足を我慢して、シヴァさんに切りつけ、刀と太刀が幾度となく激しくぶつかり合う。俺は全ての力を込めて、シヴァさんに太刀打ちするが、全くと言ってもいいほど、向こうの方が上。俺の剣を全て片手で受け止めている。こっちは両手で抑えるのがいっぱい、いっぱいなのに…!!
「やれやれ……。この手だけはあまり使いたくなかったのだが……」
 とシヴァさんは溜め息を一つつくと、右手で俺の刀を受け止め、空いている左手を俺の胸に当てた。
「むんっ!!」
 と急に左手を力を込めるなり、俺は吹き飛ばされ、リングに叩きつけられ、しまいには呼吸困難になった。
 な…なに……?!息が……っ!!
 俺は必死に呼吸を整えようとするが、なかなか戻らない。それより余計苦しくなる。ひゅーひゅーと息が出るのが自分でも分かる。そこにシヴァさんが何食わぬ顔で近づき俺を見下した。
「勝負あったな…。おまえの負けだ」
 とシヴァさんは俺に対してそう宣告したのである。俺はうんともすんとも言えず、呼吸のほうが戻したいとばかりしか考えられない。ただ見下すシヴァさんを見返すことしか出来なかった。
「ったく……」
 シヴァさんは溜め息を一つつくと、俺の横にしゃがみこみ、俺の左胸に右親指を当て、さっきと同じように力を込めると、どーゆーわけかさっきまでの呼吸困難が嘘のようになくなり、正常に呼吸ができるようになった。
「???????」
「……状況が全く掴めていないようだな。今さっき俺はおまえの身体を巡るツボを押したのだ。それが勝敗の決め手だな。
 ったく、おまえは奥の手を使わせるような真似ばかりしおって!!これを使わねばこちらがやられていたぞ!!」
「は??」
 俺はシヴァさんの言葉に耳を疑った。
 こっちがやられてたぁ????
 更に状況が掴めなくなると、シヴァさんは更に溜め息をついて俺に自分の右横腹を見るように促した。俺はそれに従って見てみると、そこには太刀傷できて、血が滲み出て服が血の色で染まっていたのである。
 いつの間にこんな傷が出来ていたんだろう……。
「これ……いつできたんですか……?」
 俺は恐る恐るシヴァさんに尋ねると、シヴァさんはきょとんっとなった。
「おまえ……気づかずに戦っていたのか?」
 そう言われ、俺はただ黙って頷くと、シヴァさんは途端に笑いだした。
「ははははははははははははははっ!!そうか!!気づかなかったか!!俺も演技力があるなぁっ!!
 終盤かの。太刀のぶつかり合いで、一撃ここに入った。だからあの手を使ったのだ」
「はぁ…。そーゆーこと。あのとき無我夢中で応戦してたから……」
「そうか。そうか。なら気づかなくてもおかしくないな」
 とシヴァさんは納得したように言って、俺と一緒に起き上がると、ぼそぼそと回復呪文を唱えて俺がつけた傷を治した。俺もそれに遅れて回復呪文を唱えて、シヴァさんから食らった傷を癒した。
 そこにタイミングがいいのか悪いのか稜さんがととととっと駆け寄ってきた。
「皆さぁ〜ん!!初代天竜王様がお出ましになられましたよ!!」
 と息を切らしながら稜さんが言うと、俺やシヴァさん、チェス勝負をずっとしていた威輝さん雅哉さんたちの動きがぴたりと止まった。
「……今日はやけにお出ましになられる時間が遅かったな」
「どうやら他になさることがあったようですよ。もうすぐいらっしゃると思いますから皆さん神殿へお集まりくださいとのことです」
「そうか。ついに初代と洸琉が顔合わせか……。一体どうなるんだろうな」
「大丈夫よ!!私たちが付いているんだモノ、何も起きないわよ」
 とちょっと不安そうに言うシヴァさんと自信満々で言う威輝さん。それより俺は初代天竜王と会うのにどこか不安があったのだった。

 

     続く→

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