|
十一 |
| 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 ぺっ 叫びつづけていた俺は何かから吐き出され、そのまま宙に放り出され、落下する。 「うどわっ!!」 「ぎゃっ?!」 ずべどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!! 俺の悲鳴と誰かの悲鳴が重なり、地面にモロお尻から着地するが、痛くない。 「あり??」 なんで痛くないんだろう??なんか床のはずなのに生暖かくて、ふにゃふにゃしてる…。そう…まるで生き物の上にいるような……。 「よかった…。皇子様ご無事だったんですね!!」 と珠喬が、安堵した表情で俺に近づいてきた。その横からレスカがちょっと怒った顔で俺に近づき、俺の頭をがしっと掴み――― 「おまえわっ!!どれだけ心配したか分かってるのか?!いきなりご神体像に飲み込まれるから……」 「ごめん……」 「おまえの守人である圭咒が慌てて助けに行こうとしたが、おまえが入ったところに入ろうとしたら塞がれちまったらしい…」 あ…。きっと威輝さんがやったんだ。きっと俺しか語らないって外部には漏らさないよって暗示なんだ。 「でも、無事でなりよりだ」 と先ほどとはうって変わって優しそうな表情でレスカは言った。 「おまえ自身も心配だったし、天竜王のお世継ぎだから……」 「あのさ……今は俺のこと天竜王って呼ばないでくれる?」 「なんで??」 「なんでも……」 そうだよ。俺は俺だ。天竜王の拠り所だろうが、俺は俺なんだ。 そりゃ威輝さんたちには協力するつもりだけど、天竜王って固定枠にはめられたくないんだ。 「あれ?そういえば、北都は??」 と話題を切り替えるように俺が尋ねると、二人ははあと深い溜め息を一つして、下を指差した。 も…もしかして…この生温くてふにゃふにゃしている感触って………。 俺は恐る恐る二人の指す下を見てみると、案の定北都が俺に潰されていたのであった。 ってことは落ちた場所ってこの部屋の天井からぁ……? と思わずジト目で現実逃避するのと落ちたルートを確認するかのように天井に目をやってしまった。 すると、北都の体がぴくぴくと痙攣を始め…… 「だぁぁぁぁぁぁっ!!気づいたんならいい加減どかんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 と俺をちゃぶ台に見立ててちゃぶ台返しをするかのように俺を放り投げる。俺は宙で一回転して床に着地した。 「あははは……。ごめん、ごめん…。まさか北都の上に着地するとは思わなかったヨ……」 「『あははは…』ぢゃないっ!!ったく、なんで毎度毎度俺の上に着地するんだ?!」 「知らない」 そりゃそうだろ。着地地点を予想するなんて先見予知者ぐらいだって……。 「誰だ…?神聖な竜子の間を荒らす輩は……」 とその場の空気を壊すかのように荒い声が部屋に響いてきた。俺達ははっとなり、出入り口に条件反射で見て構える。すると、そこから高位の僧官が着る服を纏った厳かな70を越えた老人が槍とランプを持って仁王立ちに立っていた。口元には立派な髭が生えている。 「総老師?!」 とその人物を見て北都が驚いた。 え?!これが総老師?!確か寺院の全てを統括する人で、中宮司も兼ねてる人…。名前は確か… 「なんと…誰かと思えば、皇子様、火竜王様、水竜王様ではありませぬか……」 と俺が思い出す前に、総老師が口を開き、驚きの声を上げた。厳かな雰囲気は多少残しつつも、先ほどの警戒心は少し薄れていた。 「竜王様のみしか使用できない移動用の通路が動いているので、まさかと思って来てみれば…竜王様でしたか……。して、何故こちらに?」 「あ…ああ。実はな、この皇子が次の天竜王だと分かったからな……。そちらに報告する前に見せようと思って……」 と北都が見え透いた嘘で誤魔化すが、どうやら向こうにはそれで通じたっぽい……。 「さようですか。確かに天竜王の後継者と分かってしまえば、総出で歓迎してしまいますからなぁ…。ほっほ…っ」 「ところでこの部屋は始めて見る部屋なんだけどこれ一体……?」 「………その説明はここでいたすことではありませぬ。どうぞこちらへ参られなされ……」 総老師はそう言うと、踵を返して部屋から出て行った。俺達はただ困惑して顔を見合わせるが、結局はその総老師の指示に従うしか出来ず、部屋を後にした。 「さて…どこから話せばよいですかな?」 と通された総老師専用の部屋で奥行きが深い椅子に腰掛け総老師は髭を撫でながら溜め息交じりで言った。俺達もまた僧官たちに用意された総老師よりは奥行きが浅い椅子に腰をかけると、タイミングよく、下級僧官がジャスミンティーと、茶菓子を出した。 「さっきのあの“竜子の間”って一体何なんだ?俺達が就任したときには通してもらわなかったぞ?!」 といきなり本題を出す北都。 確かに出したくなるよな。俺はある程度威輝さん達に説明を受けているから別に話を聞かなくてもいいけど、二人は何も説明されてないし…。 「そうですな…あの部屋は歴代の竜王様となった方達の亡骸と思いを一つまとめているところですな」 「一つにまとめるために壁に埋め込むのか?」 と北都は納得できないような顔で更に質問をした。すると、総老師は予想をしていたのかすぐに答えた。 「あの壁には初代竜王様達の秘術が施されておるのです。肉体が死んでしまったとき、在るべき魂を民とは違う世界に結びつけるための秘術…」 「それって“異界”のこと?」 と俺は総老師の言葉に口をはさむように尋ねた。すると、総老師は目を見開いて驚いた。 「そうです……。肉体を離れた御魂……竜王の力を受け継がぬ民“は死海宮(しかいきゅう)”へ、竜王は“異界”へ旅立つのです。それがこの世界が出来たときから決められた理ですな。 ですが皇子様。どうしてそのような最高機密レベルのことを知っておるのですか?」 「え…?それは……」 「なるほど。もしや天竜王と交信されたのですな。さすが皇子様でらっしゃる……」 と勝手に解釈されてしまったのであった。まあ嘘ではないけど…。 「“異界”の構造も死海宮の構造も今現在の段階では全く分からないのです。といっても、この構造は誰も研究するつもりはないのが、現状ですな。 あの部屋はその“異界”に行けると私は先代の総老師から伺っております。ですが、正直情けないことに先代も私も行ったことがないのですわ。『生身の人間が神聖な“異界”に行けば生きて還られることはなく、世界に最大の災いが降りかかる』そう言われてきたのですから……」 『最大の災い???』 と俺達はいっせいに首を傾げてオウム返しに尋ねると、湯呑み茶碗を手に取り、一口飲むとふぅっと小さな溜め息をつき、湯呑み茶碗を元に戻しながら言った。 「最大の災い…。それはこの世で大切なモノを忘れてしまうことですな。大切なモノがいなければこの世に生きていても悲しいだけですわ。それを災いとするとはさすが竜王様ですなぁ…」 さすがって…。確かに大切なモノがあれば、かすかだけど生きる希望はあるもんなぁ。でも、それを本当に災いにしたんだろうか…? 「神聖な“異界”…。それに行けるようにと竜王様方は我らにその秘術を教えてくれたのです。しかし、それは普通の民には無意味のようです。やはり見えない絆というべきなのですかな。それが強く結び合っているからでしょうな」 「じゃああそこに埋められた遺体は全て……」 「はい。全て秘術で埋められておりますがな。仕組みは我らとて分かりませぬ」 と北都の質問に総老師は申し訳なさそうに答えた。 「そういえば、先代の総老師は50年前に亡くなった水竜王様に向けてこう申しておりましたな。『全てを知りたければザガル遺跡へ行け』と」 と急に話題転換する総老師。 『ザガル??』 その言葉に俺達は更に首を傾げた。 ザガルなんて地名あったっけ?? 「その先代は他にはなんか言ってなかったか?」 と北都とレスカは総老師に問い詰めたが、総老師はしばし考え込んだ。 「なにせ50年以上も前の話。この老いぼれに覚えているかどうか……。おおっ!!そういえば申しておりましたな。『闇の挟間に在りし遺跡。本来なら見えぬ都』とか……。確かそれと同類の書物が残されておったはず……」 そう言うと、総老師は立ち上がり本棚に向かい、しばらく探していると、見つけたようでその本を二冊持ってきてその書かれていたページを開いて見せてくれた。 「『ザガル…それは闇に染まり光と闇の挟間に在りし都。人の目では見えぬ都。都であることを願い滅びた都……。永遠を夢見て散り闇へと消え、人々の記憶の彼方さえ存在せぬ。』ってザガルって滅んだ都市なのか?!」 「もしかして…天竜王が言っていた行って欲しい都ってザガルのこと?」 俺達は見せられた文章に動揺を隠せなかった。 ザガル…滅んだ都市……。天竜王が言っていたことと辻褄がぴったり合う。じゃあ天竜王が行って欲しいところはザナルなのか……? 「ザガル…。これ以外に場所のヒントとかないのか?」 「古代文書によるとザガルは竜王様達に反旗を翻し、滅んだ都市と書かれておりますな。恐らく報いが都市ごと消してしまったのでしょう。その都市は何かを召喚しているかもしれないとも言われているようですぞ」 『なに?!』 と総老師の言葉に俺達は驚いた。 間違いない……。天竜王が言ったあの街ってザガルだ!!何かを召喚している街。それはきっと魔物……。だけど場所が…。 と悔しい思いをしていると、はたと開かれている文章を見てあることに気がついた。その本を手に取り他のページをめくり読んでみると、ヒントが書かれていた。 「『その都はの月読が現れるとき真実の光の都の上に真実の闇の門が現れん』……真実の光の都?もしかして……ここ?」 「そんなまさか!!ここは神聖な都!!その裏にその伝説の闇の都があるというのですか?!」 と総老師も俺の言葉に驚きを隠せなかった。 真実の裏にある都・ザガル。本当にココに存在するのか? 「ところで“月読”ってナニ?」 し〜〜〜ん…っ と俺の素朴な質問にその場にいた全員が硬直した。 「……………皇子なのにそんなことすら知らないなんて」 とどこからともなくハンカチを出し、頬を抑えて涙ぐむ北都。総老師も空笑いをしながらジャスミンティーを啜っている。そんな中で珠喬だけが、親切に説明してくれたのである。 「まあ…。“月読”というのは月の精霊というか神様ですね。ですが、神様が舞い降りるというわけではなく、そのときは月から不思議な力が放たれ、邪悪な力が消えうせるという現象が起きるんですの。その“月読”が現れるのは50年に一度。そのときにそのザガルらしき都が現れるということですわ」 「へ〜…。じゃあその“月読”っていうのが現れる日を待てば現れるってことだね」 「ええ。そうですわ。でも、その現れる年が今年の今日の夜なんですの」 『なにぃ〜〜?!!』 と珠喬の言葉に俺と北都、そしてレスカは驚いた。 「それ、マジ?!」 身を乗り出し、俺は珠喬に尋ねると、珠喬の代わりに総老師が答えてくれた。 「ええ。そうです。今年の今日がその“月読”様が現れるときですな。しかし、よくご存知でらっしゃる、水竜王様」 「新年の祝賀で仰っていたことをたまたま覚えていただけですわ」 と自慢げに言う珠喬。 新年の祝賀って……もう半年以上も前の話じゃん……。よくそれを覚えているよなぁ……。俺なんてすっかり忘れてたけど……。 と俺は珠喬の記憶力の凄まじさに感心していた。 「となるとぉ〜…。今日はここで張るしかないようですね」 『は?』 いきなり話題を進ませる珠喬に俺達は目が点になった。 そりゃ…まあ確かに今日ここに張ってそのザナルの街に侵入できるのならするべきだと思うんだけど、いきなり唐突に話がすっ飛ぶもどうかと思うんだよねぇ……。 そう思う俺を知らないのか、珠喬は勝手に話を進ませていく。どこからともなく地図を出してはてきぱきと計画を立てるんだよねぇ…。 レスカや総老師はぽか〜んとしてその様子を眺めているんだけど、北都に至っては「また始まったよ」と言わんばかりに肩をすくませて呆れていた。 「というわけで、皇子様もこの予定表で進んでくださいませね」 と珠喬は予定一覧表が書かれた紙を渡し、機嫌よく準備を始めるのだった。それを見送りながら渡された紙に目線を滑らせて見ると、物凄いことが書かれていたので度肝を抜かされ、思わず顔を近づけて確認してしまった。しかし、どうやら見間違えでもなんともないらしい…。 これを……首都に戻って取りに行くのぉ〜……。 俺は予定表に書かれたいたものの中に準備する物も入っていて、膨大の量のある物を持ってくるように指示されてしまったのである。思わず脱力してしまうのであった。 マジで勘弁してよ〜!! |
| 続く→ |