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参 |
| 朝食を食べ終わり、俺は俺に文学や作法を教えてくれる教育係を待っていた。 一体どんな人なんだろう……。 宮様に聞いてもはぐらかすだけで何も答えてくれやしない。 「洸琉ちゃん。緊張してるの?」 瞳姐さんが心配そうに俺に声をかけた。 そんなに緊張しているような顔をしているかなぁ? 「緊張しているならあたしがぎゅぅ〜ってしてあげるよぉ!!」 「本当の目的はそっちでしょ!!」 瞳姐さんに思いっきり殴る由紀さん。 あ〜、ショタコンパワーはここでも健在か…。 「失礼します。只今宰相様がこちらに到着いたしました。」 しずしずと入ってきた女房の言葉に俺の体に緊張が走った。 俺は居ずまいを正して宰相という人物を待った。 まもなくして付き従えた女房を連れて一人の女性が入ってきた。 年のころなら30いったか行かないかあたり。 姿勢がちゃんとしていて隙すらない。 「お初にお目にかかります、御子様。私は源 詩織と申します。 私のことは宰相とお呼び下さい。」 「はい。よろしくお願いします。」 「10点」 は? 俺が挨拶を返すといきなり宰相は点数を呟いた。 「あのぉ〜、今の点数は?」 「はい。只今の挨拶の点数ですわ。100点満点中10点です。」 「つまり、俺の挨拶はど下手というわけですか?」 「その通りですわ。只今の言葉遣いが悪いのでマイナス8点として合計2点になりますわ。」 にっこり微笑み、宰相は容赦なく点数を引いていった。 なるほど…。宮様があまり言いたくないわけがよくわかった。 俺はぶち切れそうになったが抑えた。 「それでは、これより挨拶の練習を始めます。 まず、御子様。姿勢を正すためにこう…背筋を伸ばしてください。」 ごきゅるっ!! 宰相が後ろに回り俺の姿勢を正すために俺の方を引っ張るなり、腰の骨の鈍い音が聞こえる。それと同時に全身に痛みが走る。 「い…痛い…」 「これくらい、刑部省の仕事に比べたら序の口ですわ。」 序の口ですわって、全然序の口じゃないよ。 「さあ、姿勢が正せたところで、次は顔の表情といきましょう。」 はい?顔の表情? 俺は宰相の言葉に眉をひそめた。 「はい、それでは御子様。きりっとした表情をお見せになってください。」 「は…はいっ!!」 俺は慌ててきりっとした表情になるが―― 「もっと眉をひそめて、口もきちんと閉じる!!」 「はいぃっ!!」 「『はいっ』は短く!!」 「はいっ!!」 俺は宰相に注意され、されたとおりに短く返事した。 それからというもの夜になるまで挨拶の練習をする羽目になったのだった。 そして、練習も終わり、やっと夕食にありつけた。 「少納言。おかわり」 俺はあまりにもお腹が空いたため、次々にご飯をおかわりした。 俺が次のおかわりを求めると、少納言は溜め息をついて―― 「御子様。もうお釜の中は空っぽでございます。」 と呆れて言った。 「凄い食欲ね。よっぽど凄い練習だったのね。」 俺の食欲に由紀さんは感心した。 俺はたくあんを口にしながら答えた。 「あれを凄い練習とは言わないよ。あれは強制労働だよ。」 「その成果を是非見せてもらいたいわね。」 「嫌だよ!!たださえ今も腰が痛いんだから!!」 俺は由紀さんの要望に嫌がった。 「ところで、北都はどうしたの?」 俺が尋ねると、一瞬由紀さんと瞳姐さんはお互いを見て由紀さんが答えた。 「実はね、今日の朝からなんだけど北都は――」 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 由紀さんが答えるまもなく北都の悲鳴が屋敷中に響き渡った。 なんだ、なんだ? そう思った瞬間、襖を突き破って北都が現れた。 『北都?!』 いきなり現れたことに俺達は驚いた。 それに気づいた北都は物凄い表情で俺につ近づいてきて 「洸琉、俺を助けてくれ!!」 と俺にすがりついてきた。 「一体何が起きたのさ。」 「実はな朝から命に追い掛け回されていたんだ!!」 あ…朝から……。 「ゴクローサマ」 俺は正直な言葉を述べた。 「洸琉ちゃん、そろそろ襖の換え時かもよぉ〜…。」 突き破られた襖を見て瞳姐さんが言った。 その時だった。 「北都君、どこぉ?どこにいるのぉ?」 と北都を探す命がこっちに近づいてきた。 「き…来たぁ……」 近づいてきたことに怯える北都。 ったくしょうがないなぁ〜…。 「北都、後ろの塗籠(窓もなく壁に囲まれた部屋)に入ってなよ。」 「すまん、恩にきる!!」 北都は軽く礼を言うとさっさと塗籠の中に入っていった。それと同時に命が俺達のところにやってきた。 「あ〜、御子様。ここに北都君来ませんでしたか?」 「来てないよぉ」 俺の代わりに瞳姐さんが命の質問に答えた。 「そうですか。じゃあ、来たら私が探してたと言ってくださいね。」 命はそう言うと踵を返して俺たちの部屋からさっさと出て行った。 「北都。出て行ったよ。」 「助かったぁ…。」 と塗籠から出てきた北都。 「北都、一つ聞いていい? なんで命にここまで追い掛け回されるようになったの?」 俺が尋ねると、ちょっとためらう北都だったが、すぐに答えた。 「話すと長くなるんだけど、おまえが刑部省に就任する前、俺は一人で仕事をこなしていたんだ。ある日たまたま命が崖から落ちたところを俺が助けたんだ。それからというもの、あいつは毎日のように俺に付きまとうようになった。 その追い掛け回すのが半端じゃない。まるで猪のように突進して来るんだ。 一回その突進を見事に食らい、壁にぶつかって俺は左腕を複雑骨折したんだ。そのときの痛みが死ぬかと思うほど痛かった。 それからというものあいつを見るだけで、突進したときの恐怖が甦り、条件反射的に逃げるようになった。」 と…突進されて複雑骨折ってものすごい突進力だったんだなぁ〜。 俺は北都の話を聞いて別の意味で命に感心した。 「北都ぉ。その恐怖心があるのならこれからどうするの? 命は洸琉ちゃんに武術を教える教育係なんだよぉ?」 「そうなんだよ、これじゃあ洸琉を守る仕事もままならないし、辞退しようかと思っているんだけど…。」 瞳姐さんの質問に北都は言葉を濁した。 「でも、一度引き受けた仕事だし、洸琉のことも心配だし辞退しようか迷っているんだ。」 北都はそう言うと、頭を抱えた。 そこまで悩むほど深刻だったんだ。 それを見ていた由紀さんが一つの提案を出した。 「なら、こうしたらどう? 命が武術を教えるときは北都が見えない薬を飲ませてそばにいるというのはどうかしら?」 「ああっ!!ロンティの葉を使うのねぇ!! あれは見られたくない人と自分が飲めば見れなくなるものねぇ。 でもぉ、あれは科学捜査班が管理しているんだよぉ、どうやって手に入れるのよぉ。」 問題があることに気づいた瞳姐さんは由紀さんに尋ね返すと、由紀さんは人差し指を左右に動かし得意そうに答えた。 「中務卿宮様の命令だとかこつけて、入手するのよ。」 なるほど、王室相手に断ることなんてできないもんね。さすが由紀さん。考える桁が違うねぇ。 「それじゃあ、私は宮様に交渉しに行くから退出するわね。 あなた達もさっさと休みなさいね。」 そう言うと由紀さんは立ち上がり部屋から出て行った。 今日は俺も北都も疲れた一日だものね。 |