宰相が来てからというものの、俺は休む暇もなく作法やら学問やらを骨の髄まで叩き込まれた。
 そんな日々が続いて早二週間。
 俺は宿題忘れの罰として塗籠で写経をさせられていた。
 塗籠の外には鬼教師の宰相と少納言、北都たちが控えている。
 これじゃあここから逃げてサボっても捕まって更に課題が増えそうである。
「ったく、なんで宿題忘れただけで写経なんかやらされなくちゃいけないんだよ!!」
 俺は文句を言いながら字を写していった。
 宿題を忘れたのは自分が悪いと分かっているけど、フツー宿題忘れの課題で経が載っている巻物を百本やらせるか?!
 そう思いながらやっていると、今やっている巻が終わり、俺は大きなつづらの中にある次の巻に手を伸ばした。
 しかし、中を突っ込んでも、巻物がない。ということは………。
「終わったぁ〜〜!!」
 俺は喜びのあまり筆や紙を放り投げて万歳をしてしまった。
 そして、写経した巻物を持って塗籠から勢いよく出て行くなり―――
「感動がお下品のためやり直し」
 宰相のキツイ言葉が待っていた。
「ううう……」
 ち…ちくしょぉ〜!!
 俺は反論したくても反抗してマイナス点を食らうのが嫌だったため、その言葉を胸の中に押し込んでしぶしぶ自分の部屋に戻っていった。
「洸琉ちゃ〜ん、頑張れ〜。」
 戻っていく俺に瞳姐さんの虚しい励ましが響く。
 俺は塗籠の戸を閉め、気を取り直してもう一度塗籠から出ていくところからやり直した。
出来ました
「…………合格」
 わざとらしいきりっとした表情で強調して言うと、宰相はちょっと退きつつも、合格を出してくれた。
 よっしゃ、これで遊べる!!
「よかったですね、御子様!!」
 少納言がやさしく声をかける。俺もにぱっと顔の筋肉が緩みついつい笑顔になってしまった。
「では――」
「うぎやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 と宰相が言いかけたとき悲鳴をあげたのは北都や命ではなく天成帝だった。
「ま…まさか……」
 宰相は顔が青ざめて動揺しつつも悲鳴があがった方向に走っていった。そのあとに由紀さんや瞳姐さんも続いていった。
 ……宰相。屋敷内では走っちゃダメじゃなかったっけ?
 俺は心の中でそう思った。
 三人が出て行って、部屋には俺と北都と彰兄貴が残った。
「何があったんだろうね。」
 出て行ってから北都がおもむろに尋ねる。
「大方帝がバナナの皮に滑ってひっくり返ったんじゃないのぉ?」
 彰兄貴がにぱっと笑ったまま答える。
 その答えに俺たちはジト目になった。
 普通、こんなところにバナナの皮なんてあるわけないだろ。
 そう思っていると、瞳姐さんだけが部屋に帰ってきた。
 顔はいつになく真剣だった。
「どうしたの、瞳姐さん。」
「………洸琉ちゃん。落ち着いて聞いて頂戴。」
 瞳姐さんは俺の肩を持って真剣な声で言った。
 俺もまた瞳姐さんにつられて緊張が走る。
「実はね…帝が……」
 瞳姐さんは横に向き、ためらってなかなか言おうとしない。
 も……もしかして………
「帝が……バナナの皮に滑って転んで立ち上がったときにぎっくり腰になってしまったの!!」
 ……はい?
 俺は瞳姐さんの言葉に呆気に取られ、横では北都が思わずひっくり返り、彰兄貴は馬鹿笑いの最高潮を迎えていた。
 今のためらいは一体なんだったんだろう……。
「でね、宰相様が洸琉ちゃんを寝室に連れてきて欲しいって言ってたの。」
『あ…っそ。』
 俺と北都は呆れてハモった。
「どしたの、二人とも?」
 呆れていることに気がつかない瞳姐さんは不思議そうに首を傾げ気にしていた。
 追求しないのがきっと瞳姐さんのためだと思うよ。

 

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