ゴポ……ゴポゴポ……
 耳に水泡の音がする。
 ああ。そうか。俺は眠らされたんだっけ……。
 でも、眠りについたわりには現実的だ。
 俺はゆっくり目を開けてみると、ピンクの水泡がぶくぶくと目の前を動いている。俺は辺りを見回してみると自分が置かれている場所を把握することができた。俺は「記憶の水」の中にいるのだ。
 「記憶の水」と言うのは科学的に人それぞれの記憶をピンクの液体の中に物理的に保存する方法である。
 本来ならそれ専用の手の平サイズの容器に入っているはずなのだが、俺はその水の中にいる。
 その水の中には所々ガラスの破片らしきものが四方八方に散らばって浮いている。
 ここは一体誰の記憶の中だ?
 俺は一つの破片に近づき触れると、その破片は眩い光を放ち、俺にこの記憶の持ち主の記憶を映し出した。
 これは……天成帝……?!ってことはこの記憶の持ち主は天成帝?!
 俺は正直言って心底驚いた。
 宰相が言っていたことは本気だったんだ。
 でも…宰相が言う「本当の真実」って一体なんだ?
 もしかしたらこの記憶が何らかの手がかりになるかもしれないな。
 俺はそう自分で納得してその破片をじっと目を凝らすように見た。
 これは俺が生まれて間もない頃か。
 ってことはまだ天成帝は東宮か。
 赤子の俺を抱いて天成帝の奴、すっげー喜んでいるな。
 母様も若いし……。
 俺は破片の光景を見て苦笑した。
 そう思っていた束の間、二人がいる部屋に人影が現れた。
 あれは…右大臣!!
『……失礼します。』
 右大臣は礼をして二人の部屋にずかずかと入ってきた。それと同時に二人に緊張感が走っている。母様は赤子の俺を庇うように抱いた。
『一体何のようだ?私はここに入ることを許可してないぞ』
 天成帝が母様を庇うように母様の前に出て右大臣に尋ねた。
『実はお願いがあって参りました。』
『願い?申してみよ。』
 天成帝は右大臣に疑問を持ちながら眉をひそめた。
『はい。私めには娘が四人いることはご存知ですね』
『むろんだ。』
『その娘のなかの末娘がまだ嫁入りをしておりません。』
『それで?何が言いたい?』
 怒り混じりの声をあげる天成帝。
『その末娘を是非東宮様の側室にと思いまして。』
『断る』
 天成帝は何の迷いもなくきっぱり断った。
 へぇ〜…意外にちゃんと断るんだねぇ〜。
 俺は天成帝にちょっとだけみなおした。
 しかし、右大臣の方はというと、不気味な笑みを浮かべていた。
『くっくっくっ。良いのですか?
 もし断ればそこにいる皇子様は即死ですぞ。』
『なに?!』
 右大臣の言葉に天成帝も母様も、そして俺も驚いた。
 断れば死ぬ?一体どう言うことだ?
『皇子様がお生まれになるときに我が一族で皇子様に呪詛をかけたのです。
 私めの末娘と結婚をし、子を誕生させなければ第一皇子は死ぬと。』
『なにを戯けたことを!!罪もない子供に呪詛をかけるなど!!』
 そーだ、そーだ!!
 俺は天成帝に賛成した。
『戯けではございません。ほら、すでに皇子様の首筋に呪詛の文字がついてるではありませんか。』
 右大臣言われ、二人は赤子の俺の首筋を見た。確かに首筋には「呪」の文字がついている。
 そのとき俺は無意識に自分の首筋を触っていた。
 そう言われれば、母様に首筋が見れる服はあまり着るなって言われた。
『さあ…。いかがなさいますか?』
 ずずいと勝ち誇ったかのように迫る右大臣。表情がめちゃくちゃ気持ち悪い。
『……東宮様』
 心配そうに母様が言う。
『……右大臣。しばらく時間をくれ。
 頭が混乱して判断がつかない。』
『どうぞ。では返事は明日聞きに参ります。』
 そう言うと、右大臣は高笑いながら部屋から出て行った。
 くぁ〜!!相変わらず腹立たしい奴!!
 そう思っていると、天成帝は崩れるように座り、頭を抱えた。
『折角、楽しみにしていた子に呪詛をかけられるとは………。』
 そう言うと、天成帝は涙を流した。
 ったく、相変わらず涙もろいなぁ…。
 泣いている天成帝に母様は俺を抱きながら天成帝をなだめた。
『東宮様。
 きっと何か打開策があるはずですよ。』
『だが、相手は呪術師で有名な橘一門だ。』
『そうですわ。東宮様。
 わざと右大臣受け入れ、子を設け、頃合いを見計らって王室と私達の新羅一門で彼らを追い出すのですよ!!』
『だが、生まれた子は?』
『その子は右大臣との縁を切って普通に王室のことして過ごすか、申し訳ないですが、出家してもらうしかありませんわ。』
『………そうだな。』
 母様に言われ、天成帝はまるで決心したかのように立ち上がると、母様の手をしっかり握った。
『たとえ、計画のために右大臣の娘と子が出来ても私の心は常におまえと共にある!!』
『東宮様!!』
 と、母様も天成帝の手を握り返す。
 普通子供の前でこんな恥ずかしいことするかよ……。
 俺は二人の行動にちょっと顔が赤くなった。
 この二人のDNAが俺の中に入っているんだよなぁ〜…。
 それを考えたらちょっと恐ろしくなった。
 俺も結婚したらこの二人のようになるのかな………。
 その感動の雰囲気の中に――
『あう〜!!』
 ぷぎゅっ!
 赤子の俺がまるで「やかましいっ!」と言わんばかりにぷにぷにした足で天成帝の顔を蹴った。
 あ〜あ。赤子の俺にまで攻撃されてやンの。
 俺は少し天成帝が哀れに思えてきた。それと同時に宰相に言われたことにようやく理解できた。
 天成帝は右大臣を追い出すためと子供の俺を守るために右大臣の末娘と偽装結婚したのか。
 計画は俺が知らない間に着々と進んでいる。
 俺はそんなことを知らずにただ天成帝が母様を裏切り、不倫したことに怒って天成帝を嫌い、避けた。
 母様はこのことを知っていたは俺を説得して天成帝を庇ってたんだ。
 そう思うと俺は無償に今までの自分が恥ずかしくなってきて泣いた。
 そのあとずっと記憶の水の中で泣き続けた。
 俺が触った破片はいつの間にか光を消していた。

 

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