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弐 |
| 開会式がスムーズに終わり、いよいよ競技が始まった。 俺たち特殊能力先発部隊は刑部省チームに属し、刑部省のテントに移動した。 刑部省チームは去年の優勝チームでもあってか、めちゃくちゃ眺めが良い所にテントが張られている。 俺達はテントに到着するなり、刑部省チームを表す青のはちまきをして動きやすいラフな格好になった。 俺はハーフパンツにTシャツと右腕にガードを着て、北都は俺と同じメーカーのTシャツに黒のジャージのズボンをはいている。 まず最初の競技は一周300メートルの間に色々な障害を乗り越えていち早くゴールする障害物競走である。 今回の競技は俺も北都も出場しない。そのかわりにゲートキーパーと呼ばれる刑部省全体の管理を任されている朧=中澤が出ることになっている。 その朧がテントの前で準備運動している。 チョコレート色のショートにすらっとした体格で右側だけメガネをしているのが朧である。 『只今より、障害物競走を始めます。障害物競走に出場する各チームの選手は至急入場門前に集まってください。』 アナウンサーの声が場内に響き渡る。すると、朧は準備運動を止めた。 「それじゃあ行ってきますね。」 「うむ。頑張れよ」 声援を送る叉玖磨棟梁に割って北都がにゅっと出てきて――― 「敵に地獄を見せてやれ」 「任せてくださいよ。 あ〜んなことやこ〜んなことの攻撃をしてやりますから……。ケケケケケ……。」 とケタケタと不気味に笑う朧。 思わず言った本人を含めて全員が退いてしまった。 朧はケタケタと笑ったままテントから出て行った。 そこにはただの沈黙だけが走った。 「お取り込み中よろしいかな?」 その沈黙の中に勇敢にも一人の男が入ってきた。 その男が入ってきたのと同時に俺以外の職員が全員跪き、俺はげっと思った。 入ってきた男は全身ゴールドの輝きを放つ豪華な服を身に纏い、頭には王冠をかぶっている。男は俺を見るなり、にぱぁっと最上級並みの笑みを浮かべて俺に近付いてきた。 「洸琉、久しぶりだな。」 「……本っ当に久しぶりですね、天成帝陛下。」 俺は目を細め、やたら「陛下」という部分を強調して嫌味ったらしく出迎えた。 そのことに天成帝ははあっと溜め息をついた。 「洸琉……自分の父親に向かってそう言う風に言うのはやめてくれないか。ちゃんと『父様』と呼んでくれないか?」 「イヤなこった」 俺はキッパリと断った。 誰がコイツのことを父親と認めるか。 俺が来たくなかった本当の理由は俺の目の前に立っている、このド派手のオッサン、つまり俺の父親(一応言ってあげている)が主催している上、実際に足を運んでいるからだったりする。 「洸琉、どうしたら私のことを『父親』と認めてくれるんだい?」 「今の側室と完璧に別れるまで絶対に呼ばない。」 俺のキツイ一言に天成帝は困り果てて、顔から冷や汗がにじみ出ている。 「……それはちょっと…あっちには私の娘がいるし……」 「だったら一生呼ばないし、御所にも帰らない!!東宮太夫にもそう言っとけ!!」 「ひ…洸琉ぅ〜……」 俺の言葉にだっぱ〜っと泣き出す天成帝。 ふんっ!泣いてすんなり許す俺じゃないやい!! 「洸琉、陛下に向かってなんて口をするんだ。」 「そうだぞ、陛下に謝りなさい。」 と俺と天成帝の間に割り、天成帝に味方する叉玖磨棟梁と剣闘士突撃部隊の桂棟梁。 「よいのだ、叉玖磨、桂。 洸琉が言っていることは全て事実。側室を迎えた私が全て悪いのだ。」 『……陛下。』 「そーやって皆の同情集めたって俺は認めないからね。」 俺は泣いて同情集めようとする天成帝にずばっとキツイ一言を言うと、天成帝は全身影を失ったまま固まっていた。 「陛下、しっかり!」 「子供の冗談なんですから、真に受けてはダメですってば!!」 「私の息子が…私に反抗する……これぞまさしく家庭崩壊の始まり………」 ぼそぼそ虚ろのまま言う天成帝。 そこまでショックなこと言ったかな? 「陛下、また壊れちゃってます!」 「わ〜!陛下が倒れました〜!!」 「またかよ?!早く医療テントに運べ!」 天成帝が壊れ倒れると、テント内はどたばたと慌てだす。 俺は真っ白になって倒れている天成帝に目をやった。天成帝はまだぼそぼそと何か言っている。 「おやおや、何やら騒がしいと思ったら、兄上が倒れていたのか。」 『中務卿宮様?!』 テントに入ってきた天成帝と似ている格好とそっくりの顔をした青年が入ってくると俺も含めて職員全員驚いた。 中務卿宮は天成帝の実の弟宮で俺の叔父にあたる。 俺と同じであまり宮内行事に参加しないせいか似たもの同士で省庁関係なく仲良くやっている。 ただ、中務卿宮は俺を中務省に入れたいと思っているらしく、再三勧誘に来るのでその面はうっとうしくてしょうがない。 「宮様…。」 「久しぶりだね、洸琉。 今日は勧誘にきたわけじゃないから、安心しなさい。」 「はい」 「今日は賭けをしようと思ってきたのだ。」 「か…賭け…?」 「そうだ。勝負方法は中務省と刑部省のどちらが勝つかを賭けるんだよ。 もちろん、どちらも勝たなかった場合無効だがね。」 「いやいや、宮様。そのような賭け事はこのような童にやらせては教育に良くありませんよ。」 と、笑顔のまま割って入ってきたのは叉玖磨棟梁。 「おや、叉玖磨。 これは僕と洸琉の一本勝負だ。邪魔をしないでくれ。」 「邪魔はしたつもりはありませんよ。ただ、教育環境上には良くないと申し上げたんです。」 当の俺をほったらかしのまま笑顔のまま双方火花を散らしている。 今日は勧誘しないんじゃなかったけ? 「今日だけは良いじゃないか。 この賭けには宮内行事を左右するのだぞ。」 そう中務卿宮は言うと、叉玖磨棟梁は―― 「どうぞお好きに賭けをなさってください。」 と、手の平を返した。 …………をい………… 「さて洸琉。今回の賭けの内容はさっきも言ったように宮内行事に参加することだ。 僕ら中務省が勝ったら王城に戻り、一週間宮内行事に参加すること。そのときは兄上のことをちゃんと『父様』と呼ばなければならない。」 「うげ〜」 「もちろん、洸琉の刑部省が勝ったらそれはナシだよ。」 「……宮様。一体誰の差し金でこの賭けをやってるのさ?」 「…君の母君だよ。」 今の『…』はなんだ? 「とにかく、賭けはもう始まっているからね。僕は失礼するよ。 あ、お昼は君の母君と一緒に食べようね。ついでに北都も洸琉と一緒においで。」 そう言うとまるで逃げるようにそそくさと中務卿宮は天成帝の担架を誘導しながら出て行った。 「洸琉、宮様に負けてはならないぞ!!この勝負何が何でも勝つぞ!」 中務卿宮がいなくなってから、叉玖磨棟梁と桂棟梁がずずいと俺に迫ってきた。 俺はちょっと感動した。 たまにはいいこと言うじゃん。 「宮内行事に参加するということは刑部省に穴が空くことになるのだ!それだけは絶対に避けなければならない!!でなとわしらの給料が減ってしまう!!」 やっぱりそういうことかい……。前言撤回。 そう思っていると―― ちゅっどぉぉぉぉぉんっ!! 『うわぁぁぁぁっ!!』 いきなり目の前が爆発し、吹っ飛ぶ刑部省職員。 『おおぉ〜っと!!中務省職員が放った手榴弾が刑部省テント前で爆発して多数の刑部省職員と式部省選手と治部省選手が吹き飛んだぁ〜!!』 吹き飛んだ俺たちを見て白熱ぶりを実況するアナウンサー。 テントは何とか無事だが、俺達職員は至る所に吹き飛んで伸びていた。所々では炭になっている職員もいたりする。 なるほど…さっき中務卿宮がそそくさと逃げるように出て行ったのは、賭けの内容を話した時点からもう始まっていたんだ。 しかも、自分の部下を使って手榴弾で攻撃してくるなんて……宮様は一体どーゆー考えをしてるんだ?!何が何でも勝つつもりだな。 『只今、一位の朧=中澤選手と二位の若葉=杜若選手のデットヒートが繰り広げられています!!お互い相手には容赦ない攻撃魔法をぶち放っています!他の選手や審判は二人の攻撃魔法に巻き添えになり伸びています!! 中務省、刑部省以外の選手は全員失格です! 医療班は負傷した選手に近づきたくても近づけない状態になっています!!』 アナウンサーの声を耳にしながら伸びていた北都がむくりと立ち上がった。表情は見えないものの、口がわずかに動いている。 も…もしかして………マジギレ……した……? 「我…汝に命ずる…我が前に立ち塞がりし全ての者に…永遠なる滅び……」 「わ〜っ!!そんなもんぶっ放したらここ周辺焼け野原になっちまうだろうが!!」 俺と瞳姐さんは慌てて起き上がり術を唱えかけている北都の体を抑えた。 「ええいっ!!離せ!!皆バラバラにしてやるわ!!」 「バラバラって…いくら特殊部隊のあんたでもそれは立派な犯罪よ!!」 バラバラにすること自体犯罪だと思うんですけど……。 ごすっ!! 「う……っ。」 今まで散々暴れていた北都が呻き声をあげて静かになった。 「はいっ!止めましたよ。」 俺たちの後ろで冷静に朧が立って言った。 「いつの間に帰ってきたのよ?」 「お二人が必死に北都さんを止めている間に終わっちゃいましたよ。」 「若葉は?」 「さっきの一発で炭になりました!」 とキッパリはっきり言い切る朧。 横を見ると炭になったように真っ黒焦げになって伸びている若葉=杜若。 『さて、先程決着がつきました障害物競走の結果発表をいたします。 一位刑部省。それ以下全て失格です。 というわけで、一位の刑部省には120点が加算されます。』 アナウンサーの言葉に刑部省の観客席が異様に盛り上がる。 もしかして…こんな調子でプログラムが進むのかな……。 |