中務省と刑部省の一騎討ち状態で競技が進んだ末、午前の部の競技が終わった。
 もはや今回の運動会の勝負に入り込む余地がないと察知したのか、他の省庁たちは中務省か刑部省のどちらかに付くようになった。
 まあ、中務省と刑部省がここまで熱くなったのは、俺と宮様の賭けのせいだったりするのだが。
 昼食の時間になり、俺と北都は約束どおりに宮様専用の滞在テントに向かったが、そこにいたのは天成帝を除いた王室ファミリーと太政大臣夫妻、内大臣夫妻、左右大臣夫妻がいた。
 それを見た俺達は思わず後ろに退いてしまった。
 特に北都は太政大臣を見て脂汗が体中に噴き出ている。
「な……親父…おふくろ…なんでここに?」
 北都は口元を引きつらせながら、太政大臣に尋ねると、初老に近くラフの格好をしたちょびひげ男の太政大臣は不機嫌そうに答えた。
「宮様の前で何たることを言い出すか。この親不孝者めが!宮様直々にお誘いがあったからに決まっているだろうが。」
「そりゃ、見れば分かるよ。俺が聞きたいのは、運動会におふくろまできてるんだよ?!」
「ほ…北都ちゃん……ママのこと嫌いになったのね。」
「だから、泣くなってば〜」
 泣き出しちゃった北都のママさんにちょっと動揺しつつも呆れて怒っている北都。
 なんだかんだ言って結局北都はママさんのこと大事にしてるんだよなぁ〜。それにしてもこの家族の会話はいつ見ても飽きないなぁ〜。
 そうしみじみ思っていると、一人の女性が俺に近づいてきた。髪の色は俺と同じ琥珀色。髪の長さは腰以上もある。そして緑色の瞳に、この会場では似合わない小桂を着ている。その女性はにっこり微笑み口を開いた。
「大きくなったわね、洸琉。母様とってもうれしいわ。」
「お久しぶりです、母様。」
 自分でも変に大人ぶった口調だと思った口調で挨拶をすると、母様は一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに元の笑顔に戻った。
「洸琉、そんなに大人ぶっていると、あなたの父様と同じようにバカみたくなっちゃうわよ。」
「そ…それだけは絶対にヤダ。」
 母様の一言に俺は元通りの口調に戻った。
「ところで、母様。なんでここにいるの?」
「あなたの顔が見たいから出てきたのよ。それに……」
「それに?」
「椿ちゃんがあなたに会いたいって言っているしね。」
「俺は絶対に会いたくない。」
「そんなことは言わないの。腹違いの子供だけど、半分はあなたと同じ血が流れている妹なのよ。」
「だけど、その半分は別の女性の血でしょ。俺はそれがイヤなの。
 あれは妹なんかじゃないよ。ただの一般民であって赤の他人だ。」
「……………」
「まあまあまあ!」
 俺の言葉に絶句した母様に母様より若い女性が割って入ってきた。
 その若い女性は黒髪にブラウンの瞳。そして模様は違うものの母様と同じ小袿姿の天成帝の側室の都子中宮だ
「洸琉の君。私がお産みなった子に対して何たる口ぶり!
 椿は立派な王室の子です。しかも、私に似て美人聡明ですのよ。
 洸琉の君。そのお言葉訂正していただけませんこと?!」
 あ〜また出たよ、このババア。
 都子中宮は何でも自分が一番だと思っている人で、自分が産んだ子まで一番美しいとか、天才だとか言っていて、親バカぶりを発揮している。
 そのせいで、一番最初に入内した母様、つまり摩耶皇后とその子供である俺のことをあま良く思っていない。
 なにせ、摩耶皇后は一番最初に天成帝に見初められて結婚し、子供を産んでいる上、今でも天成帝から一身の寵愛を受けている。自分はその二番目。自分が一番と言っている中宮にとっては屈辱と言えよう。
 しかも、最近では天成帝が自分を相手にしないで母様しか見ないといった状態、更に母様に嫌味を言いまくる始末。
 その中宮に対し、母様は動じることもなくキッパリと言い切った。
「中宮。そのようなことをいつまで言っていらっしゃると寿命が縮みますわよ。」
「………。」
 母様の言葉に絶句する中宮。
 母様……それ脅しだよ……。
 実は母様も俺と同じ特殊先発攻撃部隊出身で魔法騎士でもある。
 そのせいか、自分とってうっとうしい者には口調はおしとやかだが、言葉は脅し言葉で言う。
 今回のもそうだ。中宮の話にいちいち相手しているのが面倒でうっとうしかったらしい。
「と…とにかく……訂正してもらいますからね!!」
 中宮はそう言うと、緋の長袴を引きずってその場から去っていく。
 その後に小さな少女が俺に駆け寄ってきた。黒の振分髪に袿姿で中宮そっくりの少女。
 そう、こいつは中宮と天成帝との娘、俺とは一応腹違いの義理の妹にあたる。
「義兄様、お久しぶりです。
 椿は義兄様にとても会いたかったんです。」
「俺に会ってどうすんの?」
 俺は意地悪っぽく彼女に尋ねた。
 こいつには何の罪はないけど、俺にとっては嫌な存在だった。
「椿はただ義兄様に会ってお話がしたいんです。それに、義兄様に魔法を教えてもらいたいし……。」
「俺より、おまえの母様に教えてもらった方がいいんじゃないの?」
「……母は、魔術が使えないんです。」
 椿はしょぼんとうつむいて答えた。
 逆に俺は椿の話を聞いて納得した。
 へ〜…噂では聞いてたけど、本当に魔力がなかったのか。
 確か橘一門は魔術の名門である。俺の母様出身の新羅一門も橘一門に劣らない名門で、元々橘一門と新羅一門は仲が悪い。
 その中で魔術が使えない娘となるとただの持ち腐れ。
 役に立つ価値がないと分かった今、もはや一族の名を名乗る資格がない。そう思って帝に入内させた。
 でも、普通魔力がない娘を入内させるか?
 魔力がなかったら中流貴族に降嫁させるか出家させるはずだぞ。なんで宮中になるんだ?
 名を汚すことができないから入内させたっていうのも逆に他の更衣や皇后のいい笑い者になるぞ。それは計算されなかった上での話だが、計算されていたとすれば右大臣は王室を外戚として乗っ取るつもりか。
 その上、入内させた娘に生まれた孫娘には魔力があるとわかって、今度はそれを使って宿敵・新羅一門の孫息子に弟子入りさせれば、敵の弱点を握れるというわけか。もしそうだとしたら、一石二鳥だ。それを考えると、右大臣はよほど一族の繁栄に余念があるのか、なかなか考えることは凄い。
 しかし、それにひっかかる俺ではない。
「教えることはできないけど、お昼ぐらいだったら一緒に食ってやるよ。」
 俺はそう言いつつ、右大臣のほうをチラッと横目で見ると、右大臣は舌打ちをしてくやしそうにその場から夫人と一緒に退出していった。
 退出するのを見て、母様はぽつりと俺に言った。
「よくわかったわね、右大臣が椿ちゃんを裏で糸を引いてたこと。」
「やっぱりそうだったの?」
「私が子供の頃からああいう感じでしたからね。
 それにさっきから欲望感の塊の気配を感じましたからまたあったのかと思ったのよ。
 折角、宮様が用意してくださった昼食なのに、右大臣ファミリーが退出してしまって台無しですね。申し訳ありません。」
「お気になさることはありませんよ、義姉様。
 元々アレはついでに誘っただけですから。」
「そう言っていただけると、気が晴れますわ。」
『ほほほほほほ』
 宮様と母様はハモって笑い出した。
 な…なんかここだけ別世界なんですけど………。
「さぁ、邪魔者は消えたことですし、さくさくとお昼にしちゃいましょう!!」
 宮様はそう言うと、ぱんぱんと手と叩いた。
 すると、さささっとメイドたちが豪華な料理を目の前に並べる。
 邪魔者ってあんた、仮にも上流貴族に向かって凄いことを……。
「皆様今回は和服が多いので、食事も“和風”にさせました。どうぞお召し上がりください。」
 宮様がそう言うと、一番最初に手をつけたのは母様だったりする。
 ああ見えて、母様バカ食いするから……。
 俺はとりあえず目の前にあったあわびの酒蒸しを手にとり食べ始めた。
 久々に会ったから調子が狂っちゃうよ、もう〜…。
 食べ始めてからしばらくして、会話が始まった。
 母様は宮様と、北都は両親と、そして俺と椿は一人で黙々と食事を摂っていた。
 だって、ここのご飯結構美味しいんだもん。もうこれでご飯5杯目。そしておかずはかれこれ20品目だったりする。
 食事一人もくもく摂っていると、一人の爺さんが話し掛けてきた。
 豪華な服を来た、天成帝と雰囲気が似ている天成帝の父親の梧凌帝だった。
 うげっ?!じじ様までここにいるの?!
「じじ様?」
 俺が爺さんに呼びかけると、爺さんは天成帝みたくだっぱ〜と大粒の涙をこぼした。
 オイオイ……。さっすが親子………。 
「懐かしや。
 懐かしい孫息子の声じゃ……。」
 爺さんはそう言うと、俺の髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまくった。
「洸琉よ。
 ちょいと小耳に挟んだんだが……。」
「何を?」
 俺が尋ね返すと、爺さんはもじもじしていてなかなか言おうとしない。
 うっだ〜!!イライラするな〜!!
「……洸琉よ、おぬし北都とできているというのは本当の話か?!!」
「はぁ?!」
 ぶほぉっ!!
 俺がびっくりしている後ろで北都が口に含んでいた飲み物を勢いよく噴き出した。
「どこでそんな噂を聞いたんですか?!」
 珍しく取り乱す北都。
 ってことは俺が知らないところで北都も耳にしてたってことか。
「宮中の女官が噂しておったぞ。」
「そんなことは断じてありえませんのでご安心を!!」
 爺さんの前で力いっぱいで言い切る北都。
 そりゃそうだよなぁ。変な噂をたてられて出世コースから外れたら、太政大臣の跡取り息子としてヤバイよな。
「ふぅむ。洸琉にも身の覚えがないみたいだし、よしとするか。」
 そう一人で納得しているじじ様。それを見て、はぁっと胸を撫で下ろす北都。
「それはそうと洸琉。おまえ、綺羅と賭けをしたそうだな。」
「うんしたよ。この勝負に宮様が勝ったら一週間御所で生活することになってるんだ。」
「なんと!何故おもしろそうな賭けに私も誘わない?!」
『え゛…?!』
 目をキラキラ光らせた梧凌帝の一言に俺と離れて話していた綺羅親王は固まった。
「その賭け私も乗らせてもらうぞ!!」
「いや……だから…これは…」
「綺羅よ、止めても無駄じゃ!私は絶対に参加するぞえ!」
 ダメだ…目がマジだ……。
「………分かりました。父上どうぞご参加ください。ただし、負けたからって八つ当たりはごめんですからね。」
 結局折れた宮様はじじ様の参加を許可しちゃったのだった。
 それを聞いたじじ様顔をほころばせた。
「わかっておるわ。それでは私は退出させてもらうぞ。」
 そう言うとじじ様は席を立って退出していった。
 やたら今日はすぐ退出する人が多いなぁ〜。
 そう思っていると頭がボーっとしてきて睡魔が襲ってきた。
 ヤバイ………食いすぎたかな……。起きないとマズイけど……。でも……もう…ダメ……。
 俺はそのまま横になって熟睡してしまった。

 

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