「ん……」
 俺が意識を取り戻して、目に飛び込んできたのは、さんさんとした暖かい太陽だった。
 しばらくそのままボーっとしていると、さっき俺の足を掴んだ二人の幼いエルフが視野に入ってきた。
「……やっぱり、足を引っ張ったのは瑠璃ちゃんと玻璃ちゃんだったんだね。」
 俺が横になったまま、ジト目で言うと、二人はテヘヘッと苦笑した。
 黒髪に金目の子が瑠璃ちゃんで、白銀に銀目が玻璃ちゃんだ。二人は双子のエルフの魔法騎士で、俺とは同僚である。二人は髪と目の色が違う以外瓜二つである。まあ、最近服装が違ってきたが、今回の服装は二人とも色は異なるもののデザインが一緒のチャイナ服とゆったりとしたズボンである。
「ごめんなのだ。叉玖磨棟梁の命令でやむを得なかったのだ。」
 ぺロッと舌を出して謝る瑠璃ちゃん。
 俺はむくりと起き上がり辺りを見渡した。場所から見るとどうやらスタンド席の一番後ろらしい。
「そういえば試合は?」
「まだ続いているのだ。」
 と瑠璃ちゃんが指を指した先には水の中でも戦っている中務省と刑部省の職員たちの姿があった。
 すっげ〜…。瞳姐さんなんか水の上を走っているぞ!
「試合の状況を見て感心するのは良いけど、そろそろ理由を説明してくれないか?」
「うわ?!北都!!」
 北都が横にいたことに気づかなくて、俺は身を退いて驚いた。
 北都は北都で全身びっしょり濡れて、所々に怒りマークがついている。
 それを見て、玻璃ちゃんが北都をなだめる。
「あわわ……ごめんですぅ〜。すっかり忘れてたですぅ。
 実は叉玖磨棟梁から『恐らく大量の水が使われるときがあるから、その時は洸琉と北都を安全の所に避難させろ』と命じられたんですぅ。」
「なんでまた?」
 更に問いかけると、玻璃ちゃんは困り果てていた。
「さあ、そこまでは分からないですぅ。なにせ私たちはただ命令を実行せよと言われただけですしぃ……」
「きっと二人がマヌケだからなのだ。きゃはははははっ!!」
「『マヌケ』は余計だっつーの!!」
 どがしっ!
「あ゛う゛っ!!」
 馬鹿笑いをする玻璃ちゃんの頭に北斗のゲンコツが炸裂する。瑠璃ちゃんはあまりにも痛かったせいか頭を抑えてうずくまった。
「で、そのあとの命令は何だ?もらっているはずだろ?」
 と、北都は玻璃ちゃんに尋ねる。
「はいな。一応もらっているです。え〜っと『どんな手段でも構わないから上から攻撃して中務省を潰せ』ですぅ。」
「本っ当にどんな手段でも構わないんだな?」
「ほえ?!は…はいな。そう聞いているです。」
 玻璃ちゃんが驚きながらも返事をすると北都の顔に不敵の笑みがこぼれる。
 そして何を思ったのか、瑠璃ちゃんの体を重石に縄でぐるぐる巻きにしてくくりつけ、瑠璃ちゃんの襟首を右手で、縄の先端を左手で持った。
 その縄と重りは一体どこから出したんだ?
「え゛……っ?!北兄ぃ…もしかして…?!」
「うん。そのまさかだよ。そぉれポチっ!!飛んでこーい!!」
 ぶぅんっ!
「ひぃぃぃやぁぁぁぁっ!!!」
 ―――――とぷんっ。
 瑠璃ちゃんの悲鳴は水面の中へと消えていった。
 お〜結構飛んだねぇ〜…。
「さぁて。あとはあいつが予定通りにやってくれれば……」
「ねぇ、北都。瑠璃ちゃんは北都の作戦を知っているの?全然知ってそうには見えなかったんだけど…。」
 縄をたぐり寄せて張り切っている北都に俺が尋ねると、北都はちょっとムッとなった。
「何を言い出すのかと思えば。さっき『もしかして…』って言ってたから通じているに決まってるだろ。」
「いや、通じてないって。その『もしかして…』っていうのは『投げるの?』っていう意味で言ったんだよ。
 だいたい通じてたら投げられる時に水に潜る用の術を唱えているはずだろ。全然唱えてなかったジャン。」
 サー…ッ
 俺の言葉を聞いて北都の顔の色が一気に青ざめている。
 やっぱり勘違いで進めていたな。
「あのぉ〜術を使っていないのならそろそろ瑠璃を引き上げた方が良いと思うんですぅ。」
「そうだった!!」
 玻璃ちゃんに言われ、北都は大慌てで一番前の席まで行き、縄を引き上げた。俺達もまた北都の後に続いて一番前に向かった。


「はう〜…死ぬかと思ったのだ…」
「あはは…すまん…」
「『すまん』じゃないのだ!!人をサメのえさにするなんて酷いのだ!!」
 玻璃ちゃんに縄を解いてもらいながら、瑠璃ちゃんは北都に食ってかかった。
 一方北都はというと―
「サメ?!そんなもんいたの?!」
 と初耳だと言わんばかりに驚いた。
「で、そのサメどーなったの?」
 俺が瑠璃ちゃんに尋ねると、瑠璃ちゃんはふんぞり返って腹をポンポンッと軽く叩いた。
 ま…まさか…?!
「頭から尻尾の先まで全部食ったのだ!!」
『うっだぁぁぁぁぁっ!!』
 ずささささっ!!
 瑠璃ちゃんの言葉に俺たちはその場ですっコケた。
「く…食ったって……骨は?」
「骨も丸ごと食ったのだ!あちしの歯は鉄をも噛み砕くことができるほど頑丈なのだ!!」
『…………………』
 そう言う瑠璃ちゃんに俺と北都は何も言うことができずただ呆気に取られた。
 ちょうどその時だった。
「刑部省覚悟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 上から中務省の職員が攻撃をしてきた。俺たちは二手に分かれてその攻撃をかわす。
 その職員はスラッとした体形の女性で右側の顔が隠れてしまうほどの白の前髪とその前髪に合わせて切りそろえた後ろ髪。瞳は碧で補佐官の正装を着ている。しかし、額には中務省だと表す赤いはちまきをしている。
『由紀=松下?!』
 俺たちはその人物に驚いた。
 由紀=松下は中務卿宮の補佐官であると同時に刑部省の職員でもある。この人は瞳姐さんと同じように鞭を武器として使っている。その鞭は紐の部分が伸び縮みできる剣になっているので、その威力は瞳姐さんを凌ぎ、当たったらひとまたりもない。
 この人も一応俺と同じ獣使いで、一度一緒に訓練に出かけたとき、たまたま偶然モンスターと出会ってしまい、そのモンスターを一撃でしかも原形が分からないほどぐちゃぐちゃにして倒してしまったほどである。
 そのときのことを思い出して、俺は全身に鳥肌が立った。
 一応数的にはこっちが有利だが、あの人がどう出るか…。
「はちまきをしている奴はもうあなたと私しか残っていないわよ。
 さあ、中務卿宮様のため、そのはちまきを大人しく渡しなさい!!」
「そう言われて『はい、そうですか』って言うわけないだろ!!」
「ならば、この鞭の餌食となるがいい!!」
「それで俺を殺したら、勝つどころか東宮殺しの謀反人って一生言われるよ。」
「う…っ。」
 俺の一言に松下さんは動きを止めた。
 こういう時にだけ東宮の位が使えるよなぁ〜…。
 そう思っていると、北都が俺を庇うように前に出た。
「洸琉、早く逃げろ!!鋭き氷の矢!!」
「ふんっ!!おまえはコレと戯れていなさい!!」
 と懐から取り出して投げたのは何十本の高級酒だった。
「あ〜っ!!酒―――――っ!!」
 お酒に弱い北都は今までのことを放り投げて、酒を追っかけていった。
「さあ、これで邪魔者がいなくなったわよ!!覚悟しなさい!!」
「何を言うか!!まだあちしたちが残っているのだ!!」
 今度は俺の前に出たのは瑠璃ちゃんと玻璃ちゃんだった。
「はははっ!おまえらのようなガキにこの私を倒すことなんてできないわよ!!まず最初におまえらをこの鞭の餌食にしてやるわ!!」
「そんなことしたら今度は殺人罪で起訴されるよ。」
「………洸琉。いちいち私の一言にツッコミを入れないで頂戴。」
「ヤダ」
 俺はキッパリと断った。
 ちょうどそのとき――
「うおぉ〜いっ!酒が切れたからもっとくれぇ〜いっ!!」
『はい?』
 北都の声に驚いた俺らは、北都の方に視線を移してみると、そこにはすっかり出来上がっている北都がいた。北都の周りにはすでに空となった酒瓶が転がっている。
 この短時間で全て飲みきったのか?
「北都、大丈夫?」
 俺はとりあえず北都に声をかけてみると、北都はじーっと俺達を見た。
 そして――
「にゃははははははっ!!」
 と突然笑い始めた。
 わ…笑い上戸…?
「あ〜ひらるらりがたくはんいる――vv(あ〜洸琉たちが沢山いる――vv)
 ひあるあいはわらすかあい――v(洸琉相変わらずかわい――v)
 にゃはははははははっ!!」
 酔いすぎて、ろれつが回っていないらしく、何を言っているかさっぱりわからん。
 しかし、突然北都はピタッと笑いを止め、空間から剣を5、6本出現させる。
 なんとなく嫌な予感がするんだけど……。
「襲え」
 北都の声に応じて剣たちがいっせいに俺たちに襲い掛かってくるもんだから、俺たちは四方八方に逃げ回るが、剣たちはピッタリ俺たちにくっついている。
 ひえぇぇぇぇぇぇぇっ!!
 北都は命令するなり横になって口を大きく開けて寝始める。
 このままじゃ、串刺しになっちゃうよぉぉぉぉっ!!
 お?あれは―松下さん?!
 俺は松下さんが俺の前を走っていることに気がついた。
 これはチャンスかも……。
 そう思い、俺はひらりと松下さんが追っかけている剣に飛び移り、そして――
「とーった!!」
「あ――――?!」
 はちまきを取られたことに気がついた松下さんは走りながらくやし叫んだ。
 それと同時に終了のピストルが鳴り響いた。
『刑部省の最後の生き残りの洸琉=新羅選手が中務省の由紀=松下選手のはちまきを取りましたので、勝者は刑部省となりました!!刑部省には200点が追加されますが、一位の中務省とは依然差が開いたままです。
 それではここで騎馬戦を終了しますが、次の種目の準備とこの膨大の水の処理をしますのでしばらく時間がかかります。ご了承ください。』
 そうアナウンサー逃げまくる俺達をそっちのけで進行している。
 人の気も知らないでぇ〜!!あ、そうだ。
 俺はあることを思いつくと、剣を飛び越えて北都の元に向かった。
 相変わらず剣は俺を狙って追いかけてくるが、そんなことはもうどうでもいい。さっさと北都を起こせば追われるに済むのだから。
 俺が北都のところにたどり着くと、よだれをたらしながらすいよ、すいとと幸せそうに寝ている北都がいた。俺は北都の襟首を掴んで前後に振って叫んだ。
「起きろよ、北都!!幸せそうに寝てんじゃねぇーよっ!!起きろぉ〜〜!!」
「くかー…」
「安らかに寝るなっつーの!!」
 がすっ!!
「あだ?!」
 俺のゲンコツがモロに北都に当たり、北都はビックリ驚いて飛び起きた。
「ふあ〜…よく寝たぁ〜…そんじゃぁおやすみ……」
「だから寝るなぁぁぁぁっ!!」
「んもぉ〜…さっきから人の眠りを邪魔して何の用だよ?」
「おまえが酔った勢いで出したあの剣をなんとかして!!」
「はぁ〜?剣〜?そんなもん出したの?」
「だしたの!!」
「わかったよ。あの剣を何とかすればいいんだろ……。」
 北都はそう言うとあくびをしながら右手を下に下ろした。すると、剣たちはすうっとその場から消えていった。
「はい、おしまい。
 くぁ〜…今ので酔いが完璧に覚めちゃったよ。そんなわけでもう一杯といきますか。」
「飲むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 俺の叫び声がグラウンド内にこだました。

 

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