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『修学院離宮』『泉涌寺塔頭 即成院』
                                                           
 4ヶ月ぶりで残暑の残る京都へ行って来ました。今年は余程運が良いようで、
 
5月に引き続きなかなか拝観許可がネットでは取れない『修学院離宮』に先に行
 
きました。折から台風が近づきつつある生憎の天候でしたが、修学院の裏に聳え
 
る比叡を含む東山三十六峰に低い雲が掛かるという景色も又【趣】がありました
 
行ってみて驚いたのは同じ皇室の別荘でありながら桂離宮とは全く違う離宮内の
 
構成でした。桂が川沿いの平地に築かれた離宮に対して、修学院は山荘の雰囲気
 
さえ持ち合わせていました。それ故に大まかに三つに分かれた離宮と離宮の間の
 
道はかなりの高低差があり、雨に濡れた石段の上り下りには細心の注意を払わな
 
いと滑って扱けそうなほどでした。拝観コースは3キロ程の道程を1時間20分
 
程かけて巡ります。御所や桂離宮と同様に先頭に宮内庁の職員が案内役として付
 
き拝観者の一番後ろには少し列から離れて皇宮警察官が付いて来ます。
 
それ故に、写真撮影に熱中しすぎて余りにも列に遅れたり、疲れ果ててしゃがみ
 
込んだりすると直ぐに声を掛けて来ます。一番驚いたのは、各離宮を繋ぐ道の両
 
端に点在している刈り取り直前の稲がたわわに実った棚田の数々でした。そのす
 
べての田圃の所有は宮内庁に有り、実際に働くのはその田圃を借りている一般の
 
農家です。其処で取れたお米は通常のそれと同じく《修学院産》というレッテル
 
を付ける訳でもなく普通に市場に流通するそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
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bS42
 
2015.9.10
bS41
 
2015.9.6
 
『米朝十八番UPCY−7002〜9 (8枚組み)¥9,599
 
 今年3月惜しまれてこの世を去った『桂米朝』の追悼盤として発売された幾枚
 
かのアルバムの中で1977年、米朝51歳とまだまだ語り口調も若く、これ
 
ら愈々、円熟期に入っていくという芸の真髄が8枚のCDに収録されています
 
『十八番』といっても、所謂『オハコ』の演目ではなく、大阪のサンケイホー
 
ル開館25周年の記念行事として行われた6日間通しで三題ずつ、つまり十八
 
演目をそのまま録音した物です。収録翌年には組数限定発売でLPと言う形で
 
販売されていました。演目的には私の好きな『菊枝仏壇』や『たち切れ線香』
 
等が入っていないのは残念ですが、得意演目の『地獄八景亡者戯』『百年目』
 
等は収録されていて、これだけでも充分満足出来ました。
 
『地獄・・』は別にしてこのような演目を改めて見返すと、この米朝という噺
 
家はどちらかと言えば江戸落語の人情話が得意な人であったようです。
 
ただし、個人的な見解を申すなら上方の笑いはどちらかと言えば『えげつな
 
さ』の要素と共にその語り口調のテンポの速さが特長のように思えます。
 
現に米朝のお弟子さんを見ても『月亭可朝(この人が米朝の一番弟子だった事を
 
知っている人も少ないのでは?)』『桂枝雀』『桂ざこば(元)朝丸』ほとんど
 
その『えげつなさ』と『早い語り口調』を売りにしており、師匠のおっとりと
 
教え諭すような口調を受け継いでいる者がいないような気がします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『SEIJI OZAWA GERMAN MASTER WORKS
 
 厳しい暑さだった今年の夏とも漸く終わりを告げようとしています。関東以北では
 
8月の最終週、記録的なほどの気温の低下だったそうですが、此方名古屋ではまだま
 
だ残暑が続いています。
 
これまでも何度かこのコラムで紹介したクラシック音楽分野でのシェルボックスと呼
 
ばれる廉価盤物についに日本の指揮者にスポットをあてた商品が発売されました。
 
栄えあるその第一号は矢張り『世界のOZAWA』でした。世界各国の名オーケスト
 
ラでタクトを振り、数々の名録音盤を残してきた彼の正にライフワークとも言える、
 
桐朋音楽大の創立者の一人、斉藤秀雄の没後10年を記念して結成された『サイトウ
 
キネンオーケストラ』でのDECCA時代の演奏がこの中に凝縮されています。
 
かなり評価の高いブラームスやベートーヴェンの交響曲全集、ブルックナーの7番の
 
交響曲、そしてJ.S.バッハのロ短調ミサ曲など1990年代後半から2000年代
 
前半までの演奏を中心に15枚組のかなりお値打ちなセットになっています。
 
基本的には毎年8,9月に長野県松本市で行なわれている『サイトウキネンフェスティ 
 
バル』での実況録音が主な物ですが、それ以外にも小澤がこのオケを率いてヨーロッ
 
パに出掛けた際の現地の実況も含まれます。
 
個人的に最も印象に残った物はやはりJ.S.バッハの『マタイ受難曲』でした。
 
数あるバッハの宗教曲の中でもこの曲はキリスト教信者ではない私でも聴く度に胸に
 
迫るものを感じます。この曲の名演奏といえばカール・リヒターを挙げる人が多い事
 
は充分に理解していますが、私は1930年代と言う古くかなり聞き辛い録音ながら
 
メンゲルベルクの作品がナンバー1と思っています。今回、小澤の演奏を聴きながら
 
メンゲル盤には至らないものの、かなりそれに近いほどの感銘を受けました。
 
曲の始まりこそ若干『棒』の早さが気になったものの、演奏が進むにつれてその曲の
 
解釈の深さが聞き手に伝わってくるような演奏でした。
 
勿論、他にもこのオケの演奏として多くの人達からの高評価が表されている、ブラー
 
ムスの交響曲第1番に関しても同じ様な表現と解釈の奥深さを感じました。
 
近年、体調を崩し中々指揮台に上がることがなくなってきた小澤も今年のフェスの後
 
半部分では自ら『棒』を振ると言う嬉しい記事が新聞に載っていました。
 
フェスティバル開始から30年過ぎ、名称も今年から『セイジ・オザワ松本フェス
 
ティバル』に変更になって、末永く続くことを切に期待したいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
bS40
 
2015.9.1
bS43
 
2015.9.12
 
食後、店の方から『本当なら川床で召し上がって頂きたかったのですが、良ければ風景
 
だけでも観て行かれますか?』と促されて、小雨降る川床に出たのですがここもほぼ霧
 
に煙ったような風景でした。来年以降、好天時に又来ようと思いました。
 
もう一つ、何時もの京都行きで楽しみにしているベーカリー巡り、今回は泉涌寺通り
 
商店街の『ゲベッケン泉涌寺店』此処の名物はなんと言っても《京・だし巻き食堂》と
 
言う変わった名前の生姜と小海老を巻いた出汁巻を中に挟んだパン、これが旨かった。
 
《手包みクリームパン》のカスタードクリームもソフトプリンのようなまろやかさ。
 
《カレーパン》に至っては、中にほど良い茹で加減の半熟玉子を配する等、憎い演出!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上離宮の臨雲亭と呼ばれる敷地内で一番の高台にある場所から眺める京都市内の
 
景色はその高さからとは思えないほど広く見渡せる優雅な景色でした。
 
 さて、次に訪れたのが先ほどの修学院よりぐっと南に下がった場所にある、泉
 
涌寺の山門の直ぐ脇に建つ、即成院という塔頭でした。5年ほど前に、泉涌寺、
 
東福寺を訪れた際にこの寺の門の瓦屋根の中央に宇治の平等院で見たのと同じ様
 
な鳳凰が一羽だけ飾ってあり、妙に心に残っていました。中に入り、この寺の略
 
歴を知り、この寺が元は宇治の平等院と川を挟んで相対する場所にあり、建立し
 
た人物も平等院を作った藤原頼通の息子と判りようやく納得しました。
 
本堂に安置された仏達も皆素晴しく、中央の阿弥陀如来はその大きさや光背から
 
平等院のそれと同じほどの優しい表情をされています。それを囲む二十五菩薩像
 
はほとんどすべてが楽器を持ち、不思議なほどニコヤカな表情をしています。
 
案内をして頂いた方の話では菩薩達が『極楽はこれほど楽しいのだよ、だから早
 
くお出でと語りかける様に笑っておられる様に見えますね』と言う解説でした。
 
いくら『早くお出で〜〜』って言われても、まだ行きたくないですけどね。
 
このお寺の本堂裏には思わず笑ってしまいそうなほど巨大な石塔が屋内に安置さ
 
れていますが、これがあの源平壇ノ浦の戦いで武運をあげた那須与一の墓です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『京都三条木屋町/京料理 竹島』
                                                           
      京都市中京区木屋町御池上ル上樵町496 рO75−256−2550
 
 矢張り旅の楽しみは『食』ですね。今回もかなり前からこのお店を予約していました
 
というのも、一度鴨川縁の川床を経験してみたかったのです。毎年5月から9月までが
 
そのシーズンなのですが6〜8月までは夜のみ利用可、つまり日帰り旅行が必須の我々
 
にとって、チャンスは5,9月の二ヶ月しかないのです。
 
しかし、前回にも書いたとおりこの日は雨、結局部屋食となりました。このお店、老舗
 
旅館として明治の頃から営業されその後料亭に転向されたそうでその名は広く京都の人
 
に知られているようです。但し、場所がチョット判り辛い。高瀬川の始る場所を探し、
 
幕末の志士『桂小五郎』と芸者『幾松』の寓居跡となった現在の料亭【幾松】の横です
 
3階建てのビルの一階部分の昼でも暗い小路の一番奥まった場所にあります。この設定
 
も京都らしいと言えば京都らしい。今回は昼食のみの『竹籠御膳』を頂きました。
 
ウニ等が盛られたごま豆腐の口取りの後、写真のように目に鮮やかな彩の籠盛りが出て
 
きました。鴨ロース肉、鯖寿司、出汁巻、鰆の焼き物、イチジクのぬた、鰹のお造り、
 
等など全部で10品目その味付けはどれもランチとは言え手を抜いていない仕事がして
 
ありました。中でも南瓜に賀茂茄子、身欠き鰊、生湯葉の炊き合わせは出す寸前に器に
 
盛られたようで温かく、食べる此方をほっこりとさせる味がしていました。
 
一つ一つの量はそれほど多くはないのですが充分に満足で来ました。
 
ご飯と共に出された赤出汁も如何にも料亭らしいお味がしていました。
それだけ『米朝』の噺はONE AND ONLYの物だったのでしょうか。
 
『落語』は歌舞伎,能,等と同じ日本独自の芸能ながら、それを代表する人間国
 
宝は米朝,柳家小さんそしてその弟子の小三冶のたった3人のみ。文化勲章に至
 
ってはこの『桂米朝』だけしか受賞していないという淋しい現状です。   
 
ただし、この昔からの寄席芸能に関しては、『東の《落語》西の《漫才》』と
 
言われ、どちらかと言えば関西での落語の一般的な認識は低かったようで、落
 
語を聞かせる定席の『寄席』も関西噺家の尽力でやっと一つ出来たのみです。
 
しかし、庶民文化としての上方の芸能文化に関して古くは江戸時代からの落
 
語、浄瑠璃そして現代に至り先代の藤山寛美率いる松竹新喜劇、小説家の藤本
 
義一、脚本家の花登筐、そしていまや全国区となった吉本芸能関係者に至るま
 
で脈々と受繋がれている事は否定しませんが、このCDに付属されている解説
 
書の著者小佐田定雄さんの締め括りの言葉が深く心に残りました。
 
”上方落語は米朝にはじまり、米朝に終わるのです”
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
CD15枚組み

AMAZON調べ

¥6,367(8/31)
特別拝観料¥500を

支払えば内陣まで入れ

ます。(内陣撮影不可

のため写真はネットより)
臨雲亭からの眺め
1時間20分の解説と

案内が付きます。
即成院山門前

屋根中央に鳳凰が
右上より時計回りで
〈京だし巻食堂〉〈半熟玉子入りカレーパン〉〈甘み少な目のこし餡入りのアンパン〉
〈手包みのクリームパン(カスタードが上品)〉〈アップルパイ〉

【ゲベッケン泉涌寺店】
075-541-3433