おしゃべり写真館    

■おしゃべり写真館 ■ −第15話−

綿菓子取り  

  写真・文 川島 啓示

 この被写体(1才10カ月)は、3月3日生まれです。
 『男の子なのに誕生日が雛祭りの日というのは、いかがなものか』と、3月6日生まれの父親(=私)は考えました。大きくなったら『なぜ、あと3日待てなかったのか』と責めてやろうかとも思いました。
しかし、最近になって考えを改めました。3月3日は、大北英雄氏の誕生日と同じだということに気づいたからです。大北英雄氏と言っても多分どなたもご存じないと思いますが、戦前に「朝日カメラ」などで活躍されたカメラマンです。
 明治33年3月3日に生まれた大北氏は、還暦60才の誕生日3月3日に亡くなりました。大正年間に単身でイギリスに渡り、A・スチュワートという有名な写真家に師事して10年間写真を学んで日本に帰りました。当時はヨーロッパで本格的に写真を学んだ人などほとんどいない時代でしたので、たちまち日本の写真界の大御所的存在になったのだそうです。赤坂にスタジオを構えて非常に繁盛しましたが、戦後に肺を病んで熊本に移り住みました。熊本でも写真スタジオを経営し、その時に助手として写真現像を手伝っていたのが私の父だったのです。
 大北氏は、熱心なクリスチャンでした。同じくクリスチャンだった父は、仕事面と信仰面の両面から大北氏の薫陶を受けたようです。「ようです」などと曖昧な表現をするのは、この辺の話がすべて私の生まれる前のことで、父もすでに他界しているためです。わが家に残された記録類からやっとおおよそのことが分かっている程度で、実は私は大北氏の作品をまだ見たことがありません。
 しかし、大北氏のおかげで私の父はその後自分でDPE店を開業し、私の名前も写真現像に因んで「啓示」(目に見えないものが現れてくる意から)とつけられました。その私が大北氏と同じ誕生日に生まれた子供を写真に撮って現像しているというのは、なんとも不思議だなぁと思うのです。
 毎年3月3日には、この話を被写体に聞かせてやりたいものです。

(了) 

「綿菓子取り」 

 

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