「増えている?」 (01.4.2)


何十年も前になるが、大学進学にともなって東京に住むようになったころ、利用していた電車のある車内アナウンスが気になった。

”最近戸袋に手を挟まれる事故が増えております。手を挟まれないようお気をつけ下さい。”

ははーっ、東京の電車はいちいち手取り足取りの親切な注意をしてくれるんだと、やかましいけれど感心したものだ。増えているんだから、いつかその場を目撃することもあるだろう、と思って、ドアを開けるための手動のレバーの位置を、乗車するたびに確かめたものだ。もしも可哀想な女性が挟まれていたら、さっと駆け寄り、手動レバーを引いて助けてやろう。だが残念ながら、レバーを引く機会とそれに伴うロマンスは、ついになかった。

雨が降ったら降ったで、「傘の忘れ物が増えています。傘の置き忘れに ....」そりゃあ、晴れていれば忘れようにも傘なんて持っていないから、確かに雨の日には増えるわさ。

ある日、アパートの大家さんが廊下に張り紙をした。

”最近近所で火災が増えているので、出かけるときにはガスの元栓を閉めるようお願いします。”

それを目にしたとき、なにかおかしいなと、私はその張り紙を見つめてしまった。そうして、あっ、そうかとやっと分かった。外出するときに元栓を閉めるのは当然のことで、それは火事が増えていようが減っていようが、関係ないことではないか。注意を促すのに、その理由をなにか付け加えないと落ち着かないからだろうか。それにしても、火事にしろ戸袋にしろ、もっともな理由には思えない。そういえば、電車内で自分の子供の行儀の悪さを注意する時に、「となりのおじさんに叱られるから、止しなさい」なんて理由をつける母親もよく目にしたなあ。叱るのはあんただろ、って。

つい数日前の新聞の伝えるところによると、警視庁は税関と協力して、盗難自動車の密輸を水際で阻止しようという作戦に出るという。今まで連携がなかったらしいから、これはこれで大きな一歩であって、やっと腰を上げてくれたか、と歓迎すべきことだ。だが、その動機が気になる。ここ2,3年の自動車窃盗が「増えている」から、というのだ。乗用車の盗難件数は1998年まで10年以上も毎年35,000台ほどで変わらずだった。ところが、1999年には43,092台、2000年には56,205台と急増し、検挙率も50%ほどで安定していたのが、35.4%、20.3%と急落しているのだ。とくに高級車や4WD車が狙われ、一部は国外で見つかっている。そこで、船積み前のチェックを強化しようというわけだ。

このコーナーの一連のエッセーに馴染みの読者なら、すぐに首をかしげたのではないか。『犯罪統計』でも数字を示しているが、四輪の盗難が「増えた」と大騒ぎしても高々56,000台ではないか。それに比べて二輪の盗難件数は毎年安定して240,000台だ。桁が違う。中には、四輪よりも高価な大型バイクが含まれ、発見率が低いことは言うまでもない。上述の『犯罪統計』は平成10年版の『犯罪白書』に基づいていたので、私はあわてて書店に走り、最新版の『犯罪白書』を立ち読みした。二輪の盗難件数も増えていることを「期待」したのだ。結果は、期待外れで、240,000台と変わらずだった。バイクに乗れないロシアあたりの乗用車需要が増えたのかな、と邪推したくもなる。

自動車のうち乗用車の保有台数は41,000,000台(99年3月現在)、1999年の新車登録台数は4,200,000台。片や、モーターサイクルは保有台数1500万台(97年3月現在)、1999年の新車登録台数は84万台(50cc以下 62万台、51-125cc 11万台、126-250cc 5万台、251cc以上 6万台)。

この数字から計算すると、
 ●乗用車の盗難件数の、保有台数と新車登録台数にたいする割合は、それぞれ0.14%と1.33%。
 ●バイクの盗難件数の、保有台数と新車登録台数にたいする割合は、それぞれ1.60%と28.6%。

もし「増えている議論」をするなら、二輪の新車販売がここ10年だけでも半減していることを考慮すると、盗難件数が10年間同じということは、この比率が2倍に「激増している」事実を議論しなければならない。 さらに、乗用車の盗難が増えたとしても、たとえば6万台で落ち着いてしまったら、どうする? だが、話を元に戻そう。増えていることそのものが問題なのではない、バイクは毎年60台に1台が必ず盗難に遭う事実、そうして船積み前の盗難バイクが幾度も発見されているから、かなりのバイクが組織的犯罪により密輸されているという事実、これだけでも問題にすべきなのだ。だって、安全レバーはどこにもないのだから。



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