CREEP


 …え………。

(な…かつがわ……?)
 背の高い本棚に囲まれたその隅には、窓側の本棚に背中を預けるようにして床に座る飛鳥(とびと)の姿があった。その膝の上にはノート、左手には教科書、そして右手にはシャープペンシルが握られている。
(な、何でこんな所で勉強してんの…?)

 飛鳥はいつも寮に帰るのが遅い。ひどい時には門限ギリギリに帰って来る事もあるくらいで、悦司は、部活が終わった後フラフラと遊び歩いているのだろうと思っていたのだが…。

(もしかして、いつもここで勉強してたのか…?)

 どうやらこの男は、努力している姿を他人に見られたくないタイプの人間だったらしい。

(カッコつけやがって……)
 飛鳥は“やらなくても出来る”タイプの人間だと思い込み、勝手に嫉妬していた自分が恥ずかしくなってくる。
 まあ、誤解されるには誤解されるなりの理由がある訳で、信用に足りるだけの言動をしてこなかった飛鳥にも責任はあるのだが…。よく「誤解されやすい性格」などと免罪符のように使われる事があるが、誤解させているのは本人である以上、本人にも…いや やはり、むしろ本人に問題がある、と考えるべきだろう。

 それにしても…。
 今まで見たこともない様な表情で教科書を見つめる飛鳥は、ドキッとするくらい男前で、とんでもなく女たらしであるにも拘らず、女の子達が夢中になるのも分かる気がした。

(そういう顔で口説いてくれたら、俺だって………、って!何考えてんだよっ俺!)
 思わず浮かんだ自分の考えを振り切るように頭を振ると、ふと視線を上げた飛鳥と目が合ってしまった。

「!!」
「悦…!」
 咄嗟に逃げ出した悦司の後ろで、バサバサッと何かが落ちる音がした。
「待てって!」
 グッと手首を引かれ振り返ると、いつもより真剣な顔の飛鳥が自分を見つめていた。先程の音は、飛鳥が広げていたノートや教科書を、床に落とした音だったらしい。
 覗き見をしていた罪悪感から、視線をそらしてうつむくと、飛鳥は握っていた悦司の右手にもう片方の手を沿えて、優しく包み込んだ。

「ごめん…やつあたりして」
「え?」
 突然の謝罪に驚いて顔を上げると、そこには情けない顔をした飛鳥がいた。なんだか今日は、いろんな表情の彼を見る日だ…。
「昔のこと思い出せないのは、寂しいけどしょうがないし、…その、初恋の子?…それが俺の妹だとしても、俺に怒る権利なんてないのに……」
 悦司は、そう言って悲しげに視線を伏せた飛鳥に、思わず見惚れていた。伏せられた長
いまつ毛がオリーブの瞳に陰を差し、まるで一枚の絵画のように綺麗だった。

 こんな表情をさせているのが自分だと、自惚れてもいいのだろうか……。

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