CREEP
10


 外の夕焼け色が、室内までも染めあげ始めた図書館。悦司と飛鳥(とびと)は、先程まで飛鳥が一人で座っていた窓際に、二人並んで座っていた。
 悦司は、「このまま飛鳥が自分から離れていけば、もう煩わしい思いをしなくて済む」と考えていたはずが、今どこかホッとしている心に戸惑いつつ、両膝を立てて座っている自分の足先を見つめていた。

 しばらく二人無言だったが、飛鳥がポツリと静かな声で話しだした。
「俺…さ、子供の頃はまわりの同い年の奴らより小っさくて、体もガリガリでさ…、イジメられっ子だったんだ」
「え……」
「同年代の男の子で仲良くしてくれたのは悦司が初めてで…、すげー嬉しくて……
すげー…、大好きだった」

(………)

 悦司の心に、何かが引っかかる。

「俺、『悦司』ってちゃんと言えなくてさ、いっつも『エーシ』って呼んでたんだぜ?」
 飛鳥は「可愛いだろ?」と、おどけて言うが、悦司はそれどころではなかった。

(ま…さか……?)

「俺のちっちゃい時の愛称が『トビー』だったからさ、悦司は俺のこと『トビー』って呼んでた」

「みんなが、トビーの事イジメるの…」

(ウ…ソ………)

 間違いない…。そうだ『トビー』だよ、『トビー』…。本名だと思ってた。『とびと』という名前だと知っていれば、女の子だと思ったりはしなかったのに…。
 ちなみに、『トビー』は、外国人の名前だとしても、男名なのだが…。

「悦司?」
 飛鳥は、膝の間に顔を埋めるようにして突っ伏してしまった悦司を、首をかしげて見やった。

「髪……」
「え?」
 顔を伏したまま、呻くように言った悦司の言葉を聞き返す。

「髪が…違う」
「…え……っ。思い出したのか!?」
 やっと顔を上げた悦司は、不服そうに浅く頷いた。
 しかし、舞い上がっている飛鳥は、そんな悦司の表情にも気付かず、嬉々として言葉を続けた。

「そうなんだよ、俺ちっちゃい頃は白に近いくらいの金髪だったんだけどさ、小学校あがったくらいから茶色っぽくなってきちゃったんだよなぁ」
「なんで…あんなに長く伸ばしてたんだ」
 『トビー』は、綺麗なプラチナブロンドを腰まで伸ばしていたのだ。
「うわ…スゲェ、本当に思い出してくれたんだな…。あれは何てゆーか、母親の趣味。女の子がほしかったんじゃないかな?だから、妹が産まれるまでは俺………」

 ?
 ふいに飛鳥は黙り込んでしまった。顎に親指をあて、何かを考えている表情…。
 妹が産まれるまでは…?妹が産まれるまでは、母親の趣味で髪を伸ばしていた。…ん?妹が……。

 …という事は、自分と会った頃にはまだ、飛鳥の妹は……。

「………」

 おそるおそる隣の飛鳥に視線を戻すと、さっきまでの表情とは一転、ニヤニヤとした笑いを浮かべてこちらを見ていた。

ギャー―――!!

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