CREEP
13
昔の事とはいえ、なんだか沸々と怒りがこみ上げる。今現在の二人の様子からも、もうすでにそれが過去の事になっているのは分かるのだが…。
釈然としない。納得いかない。
そんな悦司の様子に気付いたのか、中村がポツリと呟いた。
「言い訳にもならないけど…、俺もガキだったんだよ」
言い訳にもならないだって?当たり前だ。
(あんなに可愛い子に…)
今の飛鳥はともかく、昔の『トビー』が可愛かったのは事実なのだ。
「あ、あのな悦司…」
険悪なムードに耐え切れず、飛鳥が遠慮がちに口をはさむ。
「確かに昔、俺をイジメてたメンバーに中村がいたことは事実なんだけど、中村はアレを最後に俺をイジメるのやめたし、他の奴が俺をイジメると止めてくれるようになったんだよ」
「…そう…なんだ……」
中村の方に視線を戻すと、所在なさ気に俯いていた。事情も知らずに怒りを向けたりして、申し訳なかったかも知れない…。
「それに、そもそも首謀者は他の奴だったし」
「首謀者?」
「ああ。先頭切って俺のことイジメてたのは、あの中の一番デカかった奴」
一番デカかった奴…。……ダメだ、思い出せない。あの時は完全に頭に血が昇っていたので、あまり詳しく周りを見ていなかったのだ。
「アイツ、俺のこと『チビ、チビ』言ってイジメてたんだけどさ、小学校上がって俺の方がデカくなったら近寄って来なくなったんだよな。でも中学に入ってからアイツが下級生イジメてんの目撃しちゃって。まだ、んな事やってんのかってムカついたから、後ろからソーっと近付いてヒザカックンしてやった」
「そんな事してたのか……」
誇らし気に話す飛鳥に、中村は呆れ半分・称賛半分の表情で呟いた。
「アイツ、おもいっきり床にヒザ打っちゃって、半べそかいて逃げてった。それ以来、なんかおとなしくなったみたいだなぁ」
それは…、イジメてた下級生と仲間たちの前で半べそかかされたら、もう威張り散らす事は出来ないだろう。
「中津川…、強くなったな」
まるで立派に育った我が子を見るような気持ちで、キラキラと潤んだ瞳で自分を見つめる悦司の姿に、飛鳥は鼻の下を伸ばした。
「なぁ、悦司…」
「ん?」
「悦司って、なんで俺のこと苗字で呼ぶの?」
「えっ?」
予期せぬ質問に驚くと、目の前では飛鳥と中村が興味深そうに答えを待っている。
「な、なんでって…、俺は大体、誰のことも苗字で呼ぶけど…」
「えー!?卓のことは『卓』って呼んでるじゃんっ」
「それは…、『卓』の方が呼びやすいから…?」
「じゃあ、俺のことも名前で呼んだ方が良いって!『中津川』って言いづらいだろ?」
…そう言われてみれば、そうかも知れない。
その時、それまで静観していた中村が、ズイっと飛鳥を押しのけ前に出た。
「じゃあ、お、俺は?『中村』より『春樹』の方が、ちょっと言いやすくない?」
「…春樹……?う〜ん…」
「コラー!なに抜け駆けしてんだ!俺のが先だろっ!悦司、ほら、『飛鳥』って言ってごらん」
(『飛鳥』……)
「………」
『飛鳥』と言おうとして、小さな唇を薄く開き「と」の形をつくってみるが…、なぜか音が出てこない。
(あれ……?)
もう一度挑戦してみても、変に緊張してしまい、喉がつまったように言葉にできなかった。
まさか、声が出なくなったのでは?と不安になり、別の言葉を言ってみると…、
「中津川……」
言えた。
「悦司ぃ…、何で俺だけ……?」
目の前では、飛鳥が情けない目で自分を見つめてくるが、そんな事はこっちが聞きたい。
「うるさいな…。中津川は『中津川』、中村は『中村』っ。べつに変なあだ名で呼んでる訳じゃないんだから、ほっといてくれっ」
心なしか赤くなった頬で怒りだした悦司を、中村は複雑な気持ちで見つめていた。