CREEP
15


 その頃の悦司は―――

「中村…。何してるの……?」
「…ちょっと、二人だけで話したかったから」
「だ、だからってなにも、鍵まで閉めなくてもいいんじゃないか…なぁ?」
 美術室の鍵をかけて、ゆっくりと近付いてくる中村に戸惑っていた。

 中村の様子が、いつもと違う気がするのも不安を煽る。
 それは、飛鳥が来てしまったら二人だけでゆっくり話すことなんて出来ないのはわかる。それはわかるのだが…。
 中村の雰囲気に圧され、つい後ずさる悦司は、少しずつ廊下から死角になる位置まで誘導されている事にも、気付いていなかった。

「俺、浅倉が好きだ」
「…え………?」
 驚きで目を丸くすると、悦司の華奢な肩を両手で押さえた中村に、真剣な瞳で見つめられていた。
「…ずっと好きだった。……あの時からずっと」

(あの時…?)
 一応記憶を巡らせてみるが、悦司と中村の間で『あの時』などと意味あり気に称される物は、子供の頃のアノ一件以外に無かった。

(あの時から…って、俺、中村の事おもいっきり飛び蹴りしたんだけど……)

 マゾ……?マゾヒスト?日本語で被虐淫乱症?

 思わず、半笑いで眉を寄せた悦司の考えに気付いたらしい中村は、弁解するように言葉を続けた。
「俺、あの日浅倉に会うまでは、すごく駄目なガキだったんだ…。飛鳥の事だって、本当は嫌いじゃなかったし、イジメて泣かしてやりたいと思ってた訳じゃなかったのに、強い奴の後ろについて歩いて、そいつのやる事に従って…。ほんとに駄目で卑怯なガキだった」
 まあ、よくある話だ。誰かに従ってやったのであれば、悪い事をしていてもなんとなく罪悪感は軽減されるし、問題が発生しても誰かの所為にしてしまえる。基本的に人間は誰かの命令で動いている方が楽なのだ。だから、どんなに科学が進歩した現在でも、宗教は無くならない。大人になっても指導者を求めているからだ。
 中村だけじゃない。それで良い、とは思わないが、実際そんな人間は多い。
「でもあの時…、飛鳥を助けに颯爽と現れた浅倉を見たら、自分がどんなに情けない人間なのか気が付いて、恥ずかしくなった…。浅倉は、すごく輝いてて…かっこよくて、…俺も浅倉みたいになりたい、って思った」

 そこまで聞いて、悦司はなんだか居た堪れなくなる。
 自分がそんな風に言われるほど大層な人間じゃない事は、自分で一番よく分かっていた。そしてこっちこそが真実だ。大方、中村のは“思い出が美化されている”というやつだろう。
 しかし、「飛鳥のことを女の子だと勘違いしていたから、いいとこ見せようとして頑張った」とは言いづらい。

 悦司が困っていると、中村は酔っている様なとろけた瞳で、尚も話し続けた。
「御堂先生を呼びに美術室に来て、浅倉を見たとき「絶対あの子だ」って思った。飛鳥に確認したらあいつも『やっぱりそうだよなっ?!』って言ってたし」
 その頃から飛鳥の言動がおかしくなり始めたのか…。

「…俺、中村が思ってるような大した人間じゃない」
 悦司が申し訳なさそうにそう言うと、中村は腰をかがめて視線の高さを合わせ、優しく笑った。その包み込むような笑顔に、悦司の胸も甘く疼く。
「俺だっていつまでもガキじゃないんだ…。別に浅倉のことを聖人君子みたいに思ってる訳じゃないよ。…ただ、浅倉のおかげで俺は、自分のかっこ悪さに気付けたのは事実で、今の俺があるのは浅倉に出会えたおかげだから……」

 中村があそこで自分を恥ずかしいと思えたのは、中村自身の人柄ゆえだ。きっかけがあっても、自分の醜さを認められない人間は多い。中村なら、悦司に出会っていなくても、きっとどこかで同じように気付けただろう。
 しかし、そんな事をわざわざ悦司が指摘する必要はないのかも知れない。中村だって、きっと薄々分かっているに違いない。

「中村……」

「浅倉…俺と……、付き合ってほしい」

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