Fallin'
12
狭く薄暗い掃除用具室の中で舞は、あの3人組と喧嘩になった後、家に帰ってから千歳に言われた言葉を思い出していた。
「まーくん、『業(ごう)』って聞いたことある?」
「ごう?何?」
「『業』って言うのはね、生業の業って書いて、『良くも悪くも、自分の身に起こった出来事は、全て自分の過去の行いに基いている』っていうような考え方なんだけど。……まーくん今日は何をした?」
「……喧嘩」
「僕はね、別に喧嘩が全て悪いって言ってる訳じゃないんだよ?ただ、人の恨みを買うっていう事は、後々どんな災難につながるか分からない…、っていう事をちゃんと認識した上で、喧嘩をするべき場面を選んでほしいと思ってる」
「……うん」
「今日の喧嘩は、本当にする必要があった?」
舞は、黙って首を横に振った。
「そうだね」
「ごめん…、ちーちゃん……」
泣き出しそうな声を出した舞に、千歳は優しく頭を撫ぜて微笑んだ。
「わかってくれれば良いんだよ。僕もまーくんに何かあったら悲しいし、無茶な事しないでね?」
(ホントに、ちーちゃんの言う通りだ……。俺があの時手ぇ出してなかったら、トイレでハチ合わせしたって、きっとちょっとムカツク事言われるくらいで終わってた…)
重い気分で、ハアと大きく溜め息をつく。
(ちーちゃん、ごめん…。俺ってやっぱり、ガキで役立たずみたい……)
舞はぼんやりとうつろな目で、休み時間終了の本鈴を聞いていた。
千歳はテスト用紙の束を抱えて、一年A組の扉を開けた。しかしすぐに窓側2列目、一番後ろの席に、そこに居るべき人物・二階堂舞の姿が無い事に気付く。
(……え?まーくんは……?)
今朝は一緒にマンションを出て、学校の玄関で別れたのだから、学校に来ているのは確かなはずだ。もしかしたら、途中で体調が悪くなって保健室にでも居るのだろうか…。
(まーくん、あんなに頑張って勉強してたのに……)
もしかしたら具合の悪い体で、保健室でテストを受ける事になるのであろうか…。心配でたまらないが、親戚だからといって舞だけ特別扱いする訳にはいかない。千歳は何食わぬ顔で平静を装い、テスト用紙を配った。
「先生」
その時、一人の生徒が立ち上がった。
「弘……、真壁君。どうしましたか?」
「トイレに行って来ても良いですか?」
弘人の真剣な目に、どうやら舞は保健室に行っている訳ではないらしい事を悟る。
「わかりました。早く戻ってきて下さいね」
「はいっ」
弘人は、返事をする間も惜しむように、もうすでに廊下に向かって走り出していた。
(弘人君…、おねがいするね)
千歳は、祈るような気持ちで弘人の背中を見送った。