Fallin'
16


「ち…ちーちゃん……」

(あーあ、よりによってちーちゃんに見られちゃったか)
 三人の中で唯一冷静な弘人は、顔を真っ赤にしてうろたえている舞の姿を観察していた。擬音を付けるなら、まさに「オロオロ」といった所だろうか。頼りない瞳が、これまた可愛い。
(舞…、そんな可愛い顔してたら、ちーちゃんの前で食べちゃうよ?)

 ……ある意味、彼が一番壊れているのかも知れない…。

「ちがっ…、ちーちゃん、これは違うから!」
「違う…、って言われても……」
 頬を真っ赤に染めて必死で言いつくろう舞の姿に、千歳は苦笑いで首を傾げた。
「だからっ、…その、詳しくは言えないけど…、ご褒美……?あれ?罰ゲーム…ってゆーのも違うし……。…っと、とにかくゼッッタイ違うから!!変な意味じゃないから!!」
 言いながら、弘人は「ご褒美に」と言ったが、なぜご褒美でキスなのか?どう説明すれば良いのか?ワケがわからなくなってくる。

「ま…、まーくん落ち着いて。そんなに力いっぱい否定したら、弘人君に失礼だよ」
「え?」
「僕には二人を反対するつもりも資格もないし、気にしなくて良いよ。ただ、こういう誰に見られるか分からない所では、もう少し気を付けてほしいかな?」
「へ?」
「じゃあ、教室出る時に電気消してね?」
「あ、…うん」


「……え?」
 舞は千歳が消えて行ったドアを、暫し呆然と見つめていた。
「えぇ…と、弘人?」
「ん?」
「アレって、もしかして完全に誤解…されてたりなんか……、するかな?」
「うん。そうだね。完全に」
 一言一言区切るようにハッキリと肯定した弘人に、舞の顔が情けなく歪む。
「やっぱりかっ……」
 机に両手をついて打ちひしがれる舞を横目に、弘人はニコニコと楽しそうに笑っていた。





 はぁ……。
 職員室の自分の席に戻った千歳は、小さく溜め息をついた。
(まーくん…、いつの間に弘人君と……)
 そういえば、弘人は昔から舞のことが好きだったのを思い出す。これは弘人自身も忘れている事だが、弘人は幼稚園の頃、舞をお嫁さんにしたいと千歳に申し出た事があったのだ。
(あの時僕、何て答えたんだっけ……)
 多分、それなりに常識的な大人の対応をしたのだろうが、なんとなく複雑な気持ちになったのを憶えている。

(娘を嫁にやる父親の気持ちってやつ?あ、違う、息子を嫁に…、…アレ?;)
 しかし、そこでフと気が付く。もし仮に、后(きさき)が今高校生だとして、舞が昔の自分のように后に惹かれ、彼の情夫になる道を選んだとしたら…。今の舞のように自分は反対しないだろうか?

 反対するに決まっている。

 千歳が小学校6年生の時に亡くなってしまった、千歳の兄であり舞の父親である千秋に「舞のことを頼む」と言われている立場上、今の舞以上に猛反対するだろう。

(僕も、まーくんにそれだけ心配させてるって事だよね……)
 千歳はもう一度溜め息をつき、机の上を見るともなしに見つめた。

(少し……、考えた方が良いのかも知れない)

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