Happy birthday
to be…


「お帰りなさいませ、伊澄(いすみ)さん」
「ただいま。寺島さん」

 伊澄の帰宅を出迎えた寺島は、制服の傷や汚れに目を止めた。よく見ると、拳に擦り切れたような傷もある。指の股を擦るという事は、素手で何か弾力のある物を殴った時にできる傷だ。…たとえば、衣服に包まれた人間の体など…。

「伊澄さん…、また喧嘩ですか?」
「しょうがないじゃない?この顔だし、体もでかくて目立つからさ、俺」
 目を付けられちゃうんだよね、とひらひら手を振りながら自室へと足を向けた。

 実際、初めは確かに、派手な見た目が原因で喧嘩を売られる事も多かったのだが、最近は喧嘩強さが知れ渡り、むしろ伊澄である事≠ェ原因の喧嘩が増えていた。
 喧嘩に勝つほど敵が増える、という有りがちな循環にはまっていたのだ。

(勝ち続ければ問題ない。……俺なら勝てる)





「おい、待てコラ」
 学校からの帰り道、いつものように一人で歩いていると、待ち伏せしていたらしい、いかにもな男達に呼び止められた。
 制服を見たところ、他校生のようだ。

(俺も有名になったもんだ)

「テメー、椎名伊澄だろ」
「だから何だ」

 冷静に言い放つと、それが気に障ったらしく、一人が伊澄に詰め寄った。
「チョーシこいてんじゃねーぞゴラァ!!」

(3人か…、ちょっとキツイか?…まあ、なんとかなるだろ)

「お兄ちゃん…?」
「!!」

 清澄っ!?

 3人のうちの一人が、素早く清澄を捕らえた。
「うわっ!」
「へ〜ぇ、『お・兄・ちゃ・ん』だって。コレ、お前の弟?」

「てめぇ…」

(クソッ!何してんだ、こんな所で!)

「な〜ぁ、弟クン、君の兄ちゃんチョ〜ォムカツクんだよ。アイツの代わりに君の事殴っちゃってもいいかな?」
「ひっ……」
 言いながら拳を振り上げられ、清澄はガクガクと足を震わせた。
「やめろっ!!」

「あ〜ん?それが人にものを頼む態度かよ。こういう時は土下座だろ、土下座」

(…なんで俺が、こんなチビの為に)

「カワイソウにな〜、弟クン。俺、こんなちっちゃい子殴ったことないから、力の加減できなくて殺しちゃうかも」
「っお兄ちゃん〜…」
 清澄はとうとう、ぼろぼろと泣き出してしまった。

(クソッ…、クソッ!!)

 伊澄は、ゆっくりと地面に両手をつき、頭を下げた。
「頼む…。ソイツの事は、離してやってくれ…」

「ギャハハハ!!おい、写メ撮れ、写メ!皆に送ろうぜ!!」
「ついでにボコッとけ!俺、このガキ押さえてるからよ」
「ボコッてるとこも写メ撮ろうぜ!!」


ああ…
何やってんだろうな

俺…



つーか
痛ぇっつーの

テメーら後で
憶えてろよ

…いやいや
そうじゃなくて



「お兄ちゃん!!」

 薄れゆく意識の中で、清澄の悲痛な叫び声が聞こえた。

ああ
もういい

もういいんだ

お前のせいじゃない



お前はなんにも
悪くないんだ





お前はなんにも
悪くない…






「おい!!何してるんだ!!」
「ヤベっ、行くぞ!」

「お兄ちゃん!」
 他校生たちは慌てて逃げ去り、やっと開放された清澄は、飛びつくように伊澄に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
 安否を問う言葉に、うっすらと瞳を開けると、同じクラスの志村慶介(しむら けいすけ)の姿があった。先程の声も志村のものだったのだろう。

「お前…、志村?」
「ああ。…椎名…だよな?なんか、顔変わってるけど…」
「ゲ……」
 そんなにボコボコにされてしまったのだろうか。

(あいつら…)

「ごめん…なさいっ、お兄ちゃん、ごめんなさい…」
 清澄が、両目を手で擦りながら、しゃくりをあげて泣き出してしまった。

「いいよ、泣かないで。
俺のせいなんだ…、全部。
巻き込んでごめんな、清澄。…お兄ちゃんバカだったよ」

 伊澄は、ボロボロの右手をゆっくりと上げると、優しく清澄の頭を撫ぜた。
 自分の事を「お兄ちゃん」などと呼ぶのは、これが初めてだった。

「お兄ちゃん〜…っ」
「怖かったろ…、ごめんな」

 伊澄は今まで、自分さえ強ければ問題ないと、勝ち続けていればなんとかなると思い、喧嘩を避ける策も全くとっていなかった。
 自分以外の誰かが巻き込まれる危険性を考えていなかった。

 自分の身勝手な甘さが引き起こしてしまった事態を、泣きじゃくる清澄の小さな体を抱き寄せながら今、強く後悔していた。


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