ヘリオブルー
レディッシュ

16


今まで僕は

キョウの事で
頭が一杯で

蘭ちゃんの気持ちを
ちゃんと考えて
いなかった…


だからこれは

仕方がないんだ


僕が招いた
事なんだから

僕が受け止め
なきゃ…




 覚悟を決めた生一が、無言で涙を流しながらギュッと目をつぶると、不意に体にかかっていた重みが消え、それと同時に横からボフッと布団が沈む音が聞こえた。

 恐る恐る目を開けると、さっきまで生一の上に居たはずの蘭丸が隣で仰向けに寝転がり、どこか遠くを見るような目で天井を見上げていた。

「蘭…ちゃん……?」
 生一が問いかけると、ハァと短く溜息をつく。
「ダメよ…。私が目指してるのは“ラブラブエッチ”なのに、こんなの全然楽しくないわ…」
 ちゃんと自分を好きになってもらってからじゃないと意味がない。お互いに後悔するのが目に見えている。

(ダメなのよ、今は…。チャンスであり、ある意味ピンチなのよっ。……そうよ、私は肉欲に負けたりするようなゲスな男じゃないはずよっ…!)

「蘭ちゃん、ごめんなさい…っ。僕、だい―――」
「やめやめっ!こんなのぜ〜んぜんらしくないんだものっ。今の無し!」
 大丈夫だから…、と言おうとした生一の言葉を、蘭丸が慌てて遮る。
「ほらっ!もう、今日は一体何があったのか言いなさいっ。言うまで寝かさないわよっ」
 可愛く頬を膨らませ悪戯っぽく迫る蘭丸につられて、生一からも笑顔がこぼれた。





「せいちゃん……」

 蘭丸は、寮での出来事について話しながら、また泣き出してしまった生一の頭を胸に抱き寄せ、その髪を優しく梳いた。
 しかし、話を聞く限り、遙の言動は全く解せない。一体何が目的なのだろう…。

「ごめんね、蘭ちゃん…。僕、泣き虫で…っ…」
 グスグスと鼻をすすりながら謝る生一に、蘭丸は微笑んで首を振った。
「良いのよ、泣きたい時に泣けば…」
「でもっ………」

 蘭丸はその明るい性格と、常識や自分と相手との関係、相手の性格などを弁えた上での歯に衣着せぬ言動で、既にクラス内の中心的な存在になっていた。
 いわゆる“後先考えず言いたい事を言う”というタイプではなく、普通ならちょっと言うのが躊躇われるような“言うべき事”を“言うべき時”に言えるので、周りから一目置かれているのだ。
 生一には、そんな蘭丸が自分なんかを好きな理由が全くわからなかった。蘭丸はよく、生一を「可愛い」と言うが、そう言う蘭丸の方が生一には可愛いと思うし、他のクラスにだってもっと可愛い人はたくさん居る。
 もちろん蘭丸だって、顔だけならA組の舞や卓翔(たくと)など、生一よりも可愛いのが居ることも知っている。しかし蘭丸が気に入っているのは顔だけではなく、むしろ生一の仕種や言動など、その内面が可愛くてたまらないのだ。だが、いかんせん、生一の自己評価はすこぶる低いらしく、自分が好かれる理由がわからないようだ。
 実はそんな所も、蘭丸には可愛く思える要因だったりするのだが…。

「せいちゃん…、知ってる?人間はね、大きく分けると“強力性性格者”と“弱力性性格者”っていうのに分けられるの。まあ、それぞれの特徴は名前のとおりなんだけど。世の中はどうしても“強力性性格者たる者が上”っていう流れになっちゃう訳よ。だから強力性の人は弱力性の人にも「自分のように振舞え」って言いがちだけど、それは自分が出来る事を他人にもやれって言ってるだけの自己中心的な考え方じゃない。足の速い人に「自分のように走れ」って言われて走れる?絵の上手い人に「自分のように描け」って言われて描ける?
私がせいちゃんに「私のようにハッキリと物を言いなさい」って言っても、それはせいちゃんの性格を完全に無視した自分勝手な言動だと思わない?」

 生一は、ゆっくりと言い聞かせるように話す蘭丸の言葉を、頭の中で必死に噛み砕いた。ちょと難しい話だが、蘭丸が分かりやすく例を挙げながら話してくれるので、なんとなくではあるが、理解することが出来た。

「ちょっと気が弱くて泣き虫だけど、控えめで可愛い。それが私の大好きなせいちゃんでしょ?せいちゃんはそれを恥じたり、無理に変えようとしなくて良いのよ…」
 優しい瞳でそう言う蘭丸に、生一の目にはまた、大きな涙の粒が膨らむ。
「蘭ちゃんっ……」
 大好き…、という言葉は、喉の奥で飲み込んだ。二人の“好き”の意味が違う事は、わかっていたから……。

 もし自分が共一の事を好きじゃなければ、きっと蘭丸を好きになっていただろう…。

 こんなに優しい人に、涙が出るような事を言われても尚、まだ共一の方が好きな理由は――、やはり遙が言うように、ただの愛着心が変化したものなのだろうか…。

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