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reason
to be

11


「おっ、今日は誰も居ないな」
 電車とバスを乗り継いで一時間半、三人はやっと目的の海に到着した。
「パッと見、泳げそうだろ?だから、本当は遊泳禁止なんだけど、泳ぎに来る人とか結構居るんだよね」
 確かに、見たところ普通の海水浴場と何ら変わりのない綺麗な砂浜で、遊泳禁止の立て看板が無ければ、それと分からない程だ。

「けど、禁止されてるからには、禁止されてるなりの理由があると俺は思うわけだよ。」
 顔をしかめながら椎名が言う。
「素人には分からない事って沢山あるもんな」
 離岸流…だっけ?と出流(いづる)が言うと、「そうそう」と、椎名に頭を撫ぜられた。

「だから、足だけ入って夕日見て帰ろう」
「うん」
「そうだな」







「うわ〜、結構つべたい!」
 裸足でズボンの裾を捲り上げた出流が、海に足先を入れて震え上がった。
「ははは、ホントだ」
 続いて、椎名と慶介も海に入る。

「よし!どうせなら思いっきりベタな事やり尽くそう!!」
「え?っうわ!!」
 言い終わると同時に、椎名が出流の顔にバシャバシャと海水をかけた。
「うわっ、ちょっとバカ!帰りどうすんだ!」
「いいから、いいからっ」
「くそっ…!」
 尚も海水をかけ続けてくる椎名に、出流も反撃を開始した。

「ははははっ…ぶっ!」
 椎名と出流の戦いを笑って見ていた慶介に、二人の集中攻撃が襲う。
「何笑ってんだよっ、お前も参加しろ!」
「ちょっ、まっ…、口にっ…ブフッ」
「慶介を沈めろー!」
「ラジャー!」







「はぁ〜、疲れた〜ぁ」
 随分と久しぶりに、はしゃいでしまった。気が付けば日も落ち、太陽も海の向こうへと沈もうとしていた。

「のど渇いたな、なんか買ってくるよ。何がいい?」
 椎名が立ち上がる。
「え?あ、じゃあみんなで行こうよ」
「いいって。俺が一人で行った方が早い」
 自分の足を指差しながら、ニッと笑う。
「悪かったな、足手まといでっ」
 気を使わせないためにワザと言っているのは分かっているが、こちらも乗っかってムクレてみる。

 椎名は「俺、足長いからね〜」と言いながら、じゃあ、適当に買って来る、と歩き出した。
「悪いな、伊澄」
「おおっ」
 慶介の言葉に、後姿のまま片手を上げ、椎名の背中が遠ざかって行った。







「志村さぁ…、よっぽど仲良くなるまでは、下の名前で呼ばない主義?」
 突然の出流の質問に、慶介は首を傾げる。
「いや…。そんな事はないけど…」
 その返事に、ふーん、と返しながら、目の前の夕日を見据えた。

「じゃあさ、そろそろ俺の事も下の名前で呼べよ。そんで、お前の事も名前で呼ばせろ。『志村』っていうと、なんかこう…、某芸能人の顔がチラつくんだよな…」

(ヨシ!言ったゾッ)

 出流にしては、頑張って考えた良い理由だったが、隣の慶介の様子がおかしい。見ると、体育座りの膝に顔をうずめて、その肩は小刻みに揺れていた。

(っ…わ、笑われてる!?)

 何で!?と思っていると、やはり笑い顔の慶介が顔を上げた。

「いいよ。
 …出流」

「………慶介……」

 心臓が心地良く絞めつけられる。好きな人には、名前を呼ばれただけで、こんなにも幸せな気持ちになれるのだという事を、出流は初めて知った。

「出流…」
 慶介が、出流の頬に手を伸ばした。

(え……?)

 親指が、頬を滑る。


「砂が…、付いてる」











(なっ…、なんだよ〜!ビックリさせんなー!!)

 出流の真っ赤に染まる頬を、夕日が更に紅く染め上げていった。


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