You are my
reason to be…
12
「まずはシャワーだな。よし、年功序列って事で、早生まれの慶介、先に入ってこいよ。着替えはこれ、脱いだモンは洗濯機に入れといて」
椎名のマンションについた三人は、お腹がペコペコだったが、とにかく肌で乾いた海水が、気持ち悪い事になっていた。
「悪い。じゃあ、お先に」
椎名は遠慮は聞かないタイプらしく、慶介も遠慮せず従った。ちょっとした所で付き合いの長さを感じさせる二人に、今まで深い人付き合いをしてこなかった出流(いづる)は、嫉妬と共に羨望もまた禁じ得ないのだった。
「い・づ・る・ちゃん」
慶介がバスルームの扉を閉めたと同時に、出流の肩口から椎名が顔を寄せてくる。
「なっ、なに!?」
驚いて振り向くと、最近では見慣れつつある意地悪な笑顔が、目の前にあった。
「出流ちゃん、ホンット可愛いなぁ〜」
何が、とは言わないものの、出流と慶介が名前で呼び合っている事を指しているのは明らかだ。この分かりやすい変化に、椎名が気付かない訳はなかった。ましてや出流は、慶介の名前を呼ぶ時に、まだ少しぎこちなくなってしまうのだ。
「可愛い言うなっ」
「今度慶介に、どういう経緯でそうなったのか訊いてみよ〜」
「やめろっ!」
また、からかう材料を与えてしまったようだ…。椎名の手にかかると、出流のクールビューティーも形無しだった。
「ごちそうさま。美味しかったー、椎名って料理も出来るんだな」
椎名が夕食に作ってくれたオムライスは、正直、寮の食堂で出される物よりも、数倍美味だった。チキンライスの味付けも絶妙で、卵もフワフワだ。
「ハハ、おそまつさま。一人暮らしだからね、弁当ばっかりっていうのも色々偏るし、なるべく自分で作るようにしてるから」
そっかー、と言いながら改めて部屋を見渡してみる。
「それにしても広いよなー。一人暮らしの部屋じゃないだろコレ」
今居るのは20畳ほどのリビングで、隣にキッチン、玄関からここに来るまでの廊下には、バス・トイレの他に3つ程の扉があった。
「いやいや、華宮の理事長なんて、ここの最上階1フロア丸ごと一人で使ってるけど」
「は!?ここに理事長居るの!?」
「ん、ていうか、このマンション自体、理事長の持ち物だから」
「…マ、マジで?…うちの理事長って何者?」
「理事長の名前知ってる?后尚也(きさき なおや)。后コンツェルンの次男なんだよ。で華宮の前理事長の外孫」
后コンツェルンといえば、出流もよく耳にする名前だ。マンションやホテル経営の他、様々な分野で成功を収めている大企業だった。
「て事は、ここ、そうとう高いんじゃ…」
思わず出た出流の呟きに、椎名がフ…、と口元だけで笑う。
「…金だけは出してくれるからね。うちのオヤは」
いつもとは違う笑顔。初対面の時を思い出させるその表情に、親の話はタブーらしいと悟る。
「しかし、よく分からん人だよな、理事長も。俺この前、あの人に髪撫ぜられたぞ。『君、美しい子だな…』とか言って」
水を飲んでいた慶介が、むせそうになる。
「あっはっは、出流ちゃん気に入られたかな。俺なんか身長ありすぎで可愛くないって言われたぞっ」
華宮高校理事長である后尚也は、182cmの長身に銀縁眼鏡がよく似合う美青年で、28歳という若さもあり、女性からの誘いは引く手数多…なのだが、女性の体には興味が無いのだそうで。英語教師であり、后とは中学・高校・大学まで後輩であった二階堂千歳(にかいどう ちとせ)が恋人だという噂も流れる奇人であった。
まあ、本人いわく、二階堂千歳は恋人≠ナはなく情夫≠ネのだそうだが…。
このように、およそ教育者とは思えぬ人物ではあるが、特に問題を起こすという訳でもなければ、仕事は常人以上にしっかりこなす、という面で人望もあり、表立って文句を言う者はいないのだった。
「出流ちゃんも、理事長の情夫候補に入れられてたりしてなっ」
「なっ!なんだそれ!!」
「慶介も気を付けろよ〜、お前は色々ヌケてるんだから」
「お、俺は大丈夫だと思うけど…」
「いいや!慶介はヌケてる!!」
そっちの「大丈夫」ではなかったのだが…、出流に力一杯否定されてしまった。
(お前を狙ってる人間が、ここに既に二人もいるんだぞ!!)