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to be

13


 厳しい残暑が続く日本列島。ここ華宮高校も、長かった夏休みも終わり、寮や学校内にも活気が戻っていた。
 出流(いづる)は寮に戻るべく、放課後の校内を一人で玄関に向かって歩いていた。
 すると、数メートル先の空き教室の扉が開き、中から二人の人影が現れたのが目に入る。

(うわ…)

 理事長の后(きさき)尚也と、英語教師・二階堂千歳だ。二階堂は、出流のクラス担当ではない為、面識はないが、独特の雰囲気を持った美人であるだけに、見間違えるはずもなかった。
 身長は170cmと、高くはないが、細身でスラッとした体形は美しい。女性のような顔立ちに、憂いを含んだ瞳が艶めかしい男だった。
 今日初めて二階堂を間近に見た出流は、(理事長も、良い趣味してるな)と思ったのだが…。
 恋人ではない…とはどういう事であろうか。

 出流と視線が合った后は、意味深な笑みを浮かべた。二階堂が出流の会釈に、目礼で答えて背を向ける中、后はこちらへと歩を進めて来る。
「やあ、西原君。なにか言いたそうな顔をしているね」
 落ち着いた声だ。こうして見ると、まとも…というより、むしろ物凄くかっこ良い大人なのだが…。

「何してたんですか…?」
 空き教室で…。

「うん?人には言えないような事をしていたんだよ」

 ブッッ!!

「というのは冗談で、人には聞かせられない話をしていただけだよ」
 さすがに校内ではね、とクスクス笑われる。

「恋人…なんですか?」
 この際、気になる事は訊いてみようと思う。
 失礼な事ではあるが、后なら答えられる事には気軽に答えてくれるような気がした。それに、答える気があるからこそ、困惑顔の出流にわざわざ声を掛けてきたのだろう。

「いいや、違うね。千歳は私の情夫だ」
「どうして、情夫なんですか?…恋人とどう違うんですか?」

「私は千歳を愛しているが、恋はしていない。ましてや友人でもない。…だから情夫」

「…わ、割り切った関係…ってやつですか」
「私は、ね」
 笑みを崩さぬまま答える。
 どこか含みのある言い方である。
「それって……」
 二階堂の方は、そうではない…という事だろうか。
「私は我侭な人間だから、自分以外に心が向いているような相手は要らないんだよ。他人のモノには興味もないしね」

 本当にワガママだ…。

「かといって、千歳は割り切っていないという訳ではないよ。最初にキッチリ、身体と愛情以外は与えないと言ってあるからね。それが嫌になったら去ってくれて構わない。情夫は彼だけではないのでね」

 目眩がしそうだ…。
 彼の言う愛情≠ニは、あくまで仁愛≠ナあって恋愛≠ナはないのだ。

 余りにも理解できない話に困惑を隠せない出流に、后はクスリと笑みをこぼした。
「いつか君にも分かる時が来るかも知れないし、来ないかも知れない。
まあ、大概の者には分からないだろうから、分かる時が来ない方が幸せなのだろうね」

 訊いてみて、余計に分からなくなった感が否めない出流であった。







「ふぅ〜ん」
「どう思う?」
 自分一人でいくら考えた所で、全くワケが分からなかった出流は、后とのやり取りを、椎名に話してみた。
 椎名は、う〜んと唸ると、にっこり笑って、
「わからん」
 と言った。

「だよな…。俺も理事長の気持ちも、二階堂先生の気持ちも全然分からない。好きでもない人と肉体関係になっちゃうとか…、好きな人の情夫って立場で我慢するとか…。俺だったら絶対耐えられない…」
 ましてや、その立場に居るのは自分だけではないのだ。理事長に、一体何人の情夫が居るのかは知らないが、それが2人でも20人でも耐えられない事に変わりはない気がした。

「う〜ん、つまりはアレだ、俺たちに理解できないって事は、俺たちには分からないようなモノが、あの人たちの中にはある。って事だ」
「中って?」
「言ってみれば、過去? 誰だって、何の理由もなく歪んだりなんてしないものだよ。だからこそ『分かる時が来ない方が幸せ』なんじゃない?」

 椎名は時折、非常に鋭い事を言う。その度に、出流はいつも敵わないと思ってしまうのだ。
「椎名ってオトナ…」
「あはは、何それ!」

 こんなのがライバルなんて、俺ってついてない…。


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