You are my
reason to
be… 2

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「おや……、西原君」
「あ……」

 出流(いづる)が、部屋を飛び出したものの、行く当てもなく椎名のマンション前の植木を囲ったレンガに腰掛けていると、理事長・后(きさき)尚也に出くわした。

「どうしたのかな?日曜の朝からこんな所で」
「べ……、別に、なんでもないです」
 立ち去ろうとした出流の手首を、后が捕まえる。

「おいで」
「え!?…な、何でですかっ」

「君みたいな綺麗な子が、そんなウサギみたいな目で歩いていたら、悪いオジサンに連れて行かれてしまうよ?」

 な…、なんだよそれ……。
 相変わらず訳の分からない人だ。
 だが、椎名がいつ戻るかも分からない。確かにこんな所に見知らぬ人間が座っていたら、出流の方が不審者扱いされかねない。ここは高級マンションなのだ。

 おとなしく后について行くと、最上階でエレベーターが止まり、左右に二つの扉が見えた。一つの表札には『后』、もう一つは『有栖』となっている。

(あれ?一緒に住んでるんじゃ……)

 不思議そうに二つの扉を見比べる出流に、后がクスリと笑う。
「二世帯仕様なんだよ」
 そう言って、有栖と書かれた方のインターホンを押した。

『はい。…あ、后さん。ちょっと待って下さいね』
 続いて、ガチャリと重そうな扉が開く。
「日曜の朝から悪いが、君の出番のようだ」
「え?」
 一瞬、何の事かと目を丸くした有栖だったが、后の隣に立つ出流を見て、なるほどと頷いた。

「西原出流君だ。……彼は、大丈夫だ」
「はい。…西原君、おいで」

 何が大丈夫だというのか……。よくわからないが、二人の間の話なのだろう。気にしても仕方がない。…まぁ多分、有栖にちょっかいを出すとか出さないとかの話だろうと予想はつくが……。

(ホントに大事にしてるんだな……)

 ちょっと羨ましくなってしまう。

 有栖は笑顔で、入ってくるようにと手招きした。
 柔らかく笑う人だ…。なんだか、抵抗感を奪われる。

 出流に続いて、后も玄関を上がる。
「とりあえず休ませた方が良い。客間に布団を敷こう」
「そうですね」
 二人が話を進めていくのを、出流が慌ててさえぎった。
「ちょっ…、さすがにそこまでは……!」

 振り返った后は、シッと、黙るようにジェスチャーをした。
「いいから、少し眠りなさい。そして三人で何か食べよう」
 人間、頭が働かないとロクな事を考えないからね、とウインクされる。

 確かに、昨日からロクな事を考えていないのは事実なのだが…。
 だからといって、初めて訪れた家で、こんな朝っぱらから眠れるとも思えなかった。

「いや、でも多分眠れないと思いますから……」
「ちょっと横になるだけでも、結構違うよ。眠れそうだったら寝て、無理だったら横になって休んだらいいよ」

 なんとか断ろうと言葉を探すが、保健医である有栖にそう言われてしまっては、完敗だった。ましてや今の出流は、寝不足と気疲れで頭が思うように働かない。

「ハイ……」

 なんかもう、いいや…。このまま従ってしまおう。







「眠ったかい?」
「ええ」

 有栖が確認すると、客間からは規則正しい寝息が聞こえていた。
 本人が思う以上に、心と体は疲れていたのだろう。出流は、布団に入った途端、深い眠りに落ちていた。

「マンションの前で、真っ赤な目をしたあの子を見つけた時には、ヒヤッとしたよ」
 后は自嘲気味に笑った。

「正直、背中を向けて逃げ出したかった……」
「后さん……」

 有栖は、后の左手に自分の右手を重ねると、后の大きな手を包み込むように軽く握った。
「大丈夫ですよ…、そこまで重い話ではなさそうです」

「ああ……」
 有栖の身体を抱きしめ、后はゆっくりと息を吐く。

「これでは、どちらが守られているか分からないな……」
 有栖の左肩に顎を乗せたまま呟くと、
「ふふっ、いいじゃないですか?たまには」
 と、笑われてしまった。

「フッ……」
 后も、有栖の肩に鼻先を擦り付けて笑った。

「君がいてくれて、良かった……」

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