「先生っ、なんか偶然慶介に会っちゃって。俺に相談があるとか言ってるんで、二人で帰る

ね」

(相談…)

「え?」

 片桐は、突如幕を下ろされた、お気に入りの生徒との楽しい時間にただただ目を丸くする

ばかりだった。





















 冷たい秋風が吹き抜ける中、出流と慶介は互いに無言で歩いていた。
                                             はばか
 いや、出流としては何か話し掛けたいのだが、なんとなく言葉を発するのが憚られる雰囲

気なのだ。



(な…なんか慶介機嫌悪い?)

 どうしよう、もしかして無理やり巻き込むようにした事が、想像以上に迷惑だったんだろう

か…。

 出会って初めての、慶介の不機嫌という事態に、出流は全く対応することが出来ずに

いた。こんな時に椎名が居てくれたら…と、改めて椎名の存在の有難さが身に染みるが、

今はその頼りの存在は居ない。



「なんで、片桐先生と…?」

 呟くように発せられた言葉に、一瞬自分に対する質問であると理解するのが遅れる。

「もしかして…、付き合ってるのか?」

「まっ…、まさか!違うよ!!」

 今度は目線を合わせて問い掛けられ、やっと思考が働き出した出流は慌てて否定した。

 こんな誤解をされては堪らないと、今朝の学校でのやり取りから先程までの事を全て話す

と、慶介は何やら思案顔でまた黙り込んでしまった。



(呆れられてるんだろうな、俺。あ〜ぁ、なんであんな誘いに乗っちゃったんだろ…)

 後悔先に立たず、という言葉が身に染みる。彼女がいるから安全…などというのは全く

関係ないのだと思い知った。飢えていないという点では確かにいくらか安全なのだろうが、

浮気を考えていないとは限らないのだ。



「今度から…、なにか少しでも違和感を覚えるような誘いがあった時には、誰かに話した方
                                             いすみ
がいい…。片桐先生にも、これからしつこくされるような事があったら、俺か伊澄に相談して

くれ。…力になるから」



「……うん。ゴメン、…ありがと」

 どうやら、出流に対して怒っている訳ではないらしい事に安心したのと、ヘコんでいた所に

優しい言葉を掛けられたのとで思わず涙腺が緩みそうになり、それを隠すように俯いた。

 視界の端で慶介が動く気配がしたと同時に、肩にふわりと温かい感触が広がる。

 見ると、慶介が着ていたはずの上着が、出流の肩に掛けられていた。



「け、慶介、悪いよっ」

「いい。なんか細くて…、寒そうだ」
                    あった
「う…。……ありがとう。…すごい、温かい」

 出流が照れながらも礼を言うと、そんな出流を見て慶介が優しく笑った。

 「細い」と、先程片桐に言われた時には、屈辱感に怒りを感じたが、同じ言葉でも慶介に

言われると全く腹は立たなかった。それどころかむしろ、少し照れくさいような気持ちすら

起こる。



(好きな人の言葉って偉大だ…)



 間接的とはいえ、慶介の温もりと匂いに包まれ、出流は幸せを噛みしめて寮までの
みちのり
道程を歩いた。




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