これまでの5日間、体力的・精神的な疲れも生じずにラリー参戦をしてきましたが、この日は深夜3時過ぎから激しい腹痛にて目覚め、次第に下痢と嘔吐に襲われました。2日前に飲んだペットボトルの水に当たったものと思われます。

 時に、呼吸ができなくなる程の激しい腹痛に襲われ、何度となくテントとトイレの往復をしました。明け方には嘔吐も治まり、腹痛と下痢のみになりましたが、出発ぎりぎりまで起き上がることはできませんでした。

 この様な状態でのオフロード走行は危険と判断、本日はアシスタンスルートでの移動が頭の中を過ったのですが、このラリー参戦に関わって下さった留守隊の方や、自身が掛けてきた様々な事を思いますと、自分の気持ちはやはり本ルート走行という選択になりました。しかし体調不良により食べ物も喉を通りませんので、とにかく水分のみを押し込み、ビバークから5kmのリエゾンの後、SSスタート地点より本ルートへ入りました。

 本日も重い砂の連続で、前日まではそれ程スタックはしなかったのですが、この日は1度でクリアーできない Duneが何度かあり、その度にバックをしては再アタックをし、Duneを越えていきました。中には、「あそこ登ってくよ」と言われ、よくよく見ると、向かうべきDuneの頂点が反対側(自分達の方向)に反り返っている場面がありました。「(砂丘の)先、急に落ちてるよ。急に落ちてるからね。」と先生の声。私はそういった声を冷静に聞き理解をすると同時に心の準備をしつつ、しかし自分の関心事はまだその手前の、反対側に反り返っている砂壁にありました。

“本当にあんな所、登ることが出来るの!?”という疑問を持ちつつも、そういった質問を先生にしている時間的余裕はありませんし、その先にピストが続いている事を考えますと、行けるのだろうと自分の中で疑問を処理しつつ、先生からは「登りだよ、登ってるよ。(=アクセル踏んで)」の指示にて躊躇することなく、また迷うことなく、アクセルを踏んでいく以外仕方ありませんでした。その姿は、実際に自分では見ていませんので分かりませんが、砂壁に車が貼り付いているような感じなのだと思います。

 この間、度々息ができなくなる程の腹痛に襲われ、集中力がきれそうになりながらも、必死に自分の意識を運転の方へ呼び寄せ、トレーニングを続けました。

 何度かスタックを繰り返してはバックにて容易に脱出できていたのですが、何度目かのスタックで、いよいよ車両が埋まり始め、砂を掘りつつ脱出を試みていました。しかしそんな砂との格闘も空しく、車両は一向に動いてくれません。暫くすると後続よりオフィシャルのドクターカーであるDefender110が到着し、一緒に砂を掘ったり車を押したり、自分達の脱出を手助けして下さいました。結局これにて脱出できず、Defender110の牽引により、その場を脱出しました。

 丁度自分の体調が万全ではなかったこと、また朝から食事を口にしていなかったことで、この時の作業は、唯一体に応えました。脱出後に、使用した牽引ロープを纏め、車両に戻る際には、ロープの重さと砂に足を取られ、歩いているもののなかなか車に近付かない自分がいました。結果、車両を苦しめた砂により、どんどんと自分の体力も奪われていきました。

 そしてSSスタートより193km地点にて、その時はやってきました。

 この日何度となく繰り返されたスタックにて脱出できず、そろそろクラッチの負担も限界に差し掛かった頃、遂にクラッチが焼き付いてしまいました。砂漠のど真ん中で立ち往生です。

先生から、今回のファラオラリーでのトレーニングの終了を告げる、そして自分の実力を突きつけられる最後の宣告をされました。「クラッチ逝っちゃったね。」

私はその瞬間、遂にやってしまったか…というのが本音でした。自分の運転技術の未熟さや荒さが招いた結果であり、当然といえば当然の結末であったと思います。

 度々周囲から後続車の音が聞こえるものの、自分達の方向に近付いてくる車両は少なく、唯一競技車両が1台、私達の横を通過していきました。立ち往生から約1時間45分後、何とかクラッチが繋がり始め、先生の運転にて約40kmの本コース走行の後、CP2まで辿り着き、そのまま舗装路から約200km先のビバークへと向かいました。

この6日間、自分の運転の未熟さは日々自覚していましたので、常に車を壊す事を恐れていました。ラリー中は、いつもいつも、1日のトレーニングを終えて無事にビバークに辿り着いた時には、車両・体、共に今日1日無事に走行出来た事を奇跡とさえ思い、本当に感謝していました。毎日神様に祈る思いで、運転を続けていました。“今日も1日車が壊れませんように。1日トレーニングができますように”と。

しかし、先生のその宣告により、私の初めてのファラオラリー参戦が終わりました。

私は先生のその言葉を聞いて、ショックというよりは、意外に素直に現実を受け入れる事ができました。正直悔しさは全くありませんでしたが、翌日トレーニングをする機会を失ってしまった事に対して、残念に思いました。

この6日間、毎日毎日神頼みをしていましたし、日々クラッチトラブルを心配していました。これはこの6日間に限らず、ファラオラリー参戦を決めた当初から、完走できるかしら、絶対に初日でリタイアしたくない…等、毎日毎日考えていた事です。

舗装路に着く頃には辺りもすっかり暗くなり、唯一その暗闇の中から自分達を照らしてくれたのは、真っ黄色の、大きな大きな真ん丸い満月でした。

先生が黙々と運転する隣に座りながらその満月を眺めていますと、妙に現実を素直に受け入れてしまっている自分と同時に、その満月の大きさは、まるで今回の参戦により明らかとなった自分の課題の大きさを映し出しているようでした。

また、これまで数年間目標としていた海外ラリー参戦に対し、先が見えずにある種の不安を抱えながら日々努力をしてきましたが、結果がどうであれ、やっとその1つの答えが出た事に対してほんの少しの安堵感がありました。と同時に、今後数年間、本格的なラリー参戦を行う事を決意するまでに多くの時間は要しませんでした。

今回は、悔し涙なし、嬉し涙なしの参戦でした。

 この日の運転の過酷さと自分の体調不良、また繰り返されたスタックに加え最後にはクラッチトラブルにより立ち往生し、今日1日の疲れが一気に出て、ビバークに到着した時には疲労困憊、そのまま車内にて眠りにつきたい気分でした。

 6日目の実際の私の総走行距離は198kmSS 193km、走行時間は約5時間半、先生の運転も含めますと約10時間の走行でした。

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108STAGE 6  Siwa-Baharija
                競技総走行距離 434.75km SS 430.03km

 

自分の運転技術のレベルが露になった日