世界一周、1年で100万円


 いつか行ってみたいとずっと心の奥に描いていた。

 そして26歳の春、僕は仕事を辞めた。
 何も恐れを抱かず、飛び出した。
 時間があった、体力があった。度胸があった。
 お金もないわけではなかった。
 そして何よりも好奇心があった。

 初めての一人旅。 あらゆることが目の前で起きた。
 見たことのない風景。 食べたことのない食物。
 そして思いもつかないたくさんの価値観。
 そこにはあらゆる「もの」が存在していた。
 毎日詰め込まれる感情の整理に僕は精一杯だった。
 そして日記を書いた。

 

 
 




最初は自分の将来の息子に残したいと思って
書き始めた日記だったが、次第に日本にいる
家族や友人に届ける為の「放浪記」になっていった。
「自分だけでなくみん なに知ってほしい」

そして3日坊主の僕が一年間書きつづけて、
6冊の日記が 出来あがった。
僕だけが見た「地球」という日記。

そこには僕と同じような人間がどこへ行っても集まり、
50億の命が同じように幸せになろうとひとつひとつ
存在していた。
そして、彼らからたくさんのことを教えてもらい、
僕は無事帰国した。

 



 

 

Introduction

僕が今回旅に出たのは、人生で初めてです。
初めてなのに45カ国も訪問してしまいました。
自分でも驚きです。
世界には色んな人々がいました。
思いもつかなかった世界。 初めての経験。
毎日が楽しくてしょうがありませんでした。
旅 に出て、多くのことを考えました。
そして、 自分のことを大切にするようになりました。

アフリカで考えたこと。
それは、人間が生きていることの意味。
『自分の世界を持ち、表現し続けていく』ということ。
自分の良心に従った「考え」を持ち。
素直な自分を裏切らない「心」。
そして、嫌いな自分と向き合おうとする「勇気」。
これらを妥協せずに「行動」することが人間の使命なんだろうな。
そして、僕が出会った人々を通して、自分が感じたことを日本のみんなに伝えて、自分を表現することが 今は大事なのかなと。

 旅のテーマは「人」です。
ホームページの題名『EYE』というのは「目」という意味です。 どの写真もみんな、力強くて、やさしくて、 温もりにあふれ、思いやりがある目をしています。 僕はずっとそんな彼らの「EYE」に引き込まれて旅を続けました。 彼らの「EYE」から1枚でも心に残る写真が見つかってくれればうれしいです。
  日本にいると、旅先での思いが感じにくくなってしまっておりますが、 僕が旅を通して書き続けた宝物6冊の『日記』と、彼らの『EYE』をもとに表現したいと思います。

 

 


 

 Plofiel

名  前
生年月日
出 身 地
血 液 型

趣  味

所  属

 








 

吉村健二   (通称:よっしー)           
S51年・2月2日
大阪府枚方市
B型
旅行・写真・散歩・飲み会
スポーツ全般(サッカー、マラソン、 スノボ)
どてちん(はちゃめちゃチーム)    

 

   

・憧れる写真家   

・心に残る映画

  
・心に残る本








・心地よい音楽

・好きな言葉     

Ssteve mccurry

「ライフイズビューティフル」「ニューシネマパラダイス」 「バックドラフト」 「ハートブルー」「交渉人」

「竜馬がゆく」
ただただ尊敬します。 「竜馬は議論しない。議論などというのはよほど重要 で ない限り、してはならぬ、と自分にいい聞かせている。もし議論に勝ったとせよ。相手の名誉を奪うだけのことである。通常人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生き物だし、負けた後もつのは、負けた恨みだけである。」 竜馬の考えなのか、司馬さんの考えなのか、好きなフレーズです。
「三国志」「ワイルド・スワン」「不毛地帯」「沈まぬ太陽」

 「スティービーワンダー」「アースウインド&ファイアー」

「人間は笑うから幸せなのだ。幸せだから笑うのでない」                       (ウィリアム・ジェイムズ

     

 

経  歴

 

 

 

大学時代は4年間、同志社大学体育会ボードセイリング部に所属し、毎日琵琶湖へ通う生活。4年生時、シベリア鉄道旅行横断を計画していたものの、同部、団体戦日本一を目指すために卒業間際の3月まで海へ通い、初めての一人旅断念。当時出場した国際大会(オーストラリア・ギリシャ)で、異国へ訪れる魅力をこの時初めて感じとる。卒業後は東京で不動産開発業にて4年間携わるが、転職を機に1年間の時間を作り、100万円を元手に人生初のひとり旅にでる。帰国後は、本業との二足わらじ

 




 
About Photo

 
友人からも、写真は昔から好きだったのか、とういう質問をよく受けます。
実は今回一眼レフを使ったのは初めてで、カメラ自体そんなに、興味があったわけでもありません。
出発前に友人から、「せっかくだし、持って行ったら?」と言われ、 ビックカメラの新古品を3万円ぐらいで購入していきました。 そして、持って行ったものの、説明書もなく使い方もわからず、出会った日本人に教えてもらう始末でした。 知識はゼロ。フィルムはフジの100ネガ(これはいいですよ)現像も現地。 勝手にいじって、ほこりが入って壊れて、パキスタンの市場で300円ぐらいで直してもらった記憶があります。カメラもずっと持ち歩いてたわけではなく、 どっちかというと、忘れて遊んでるほうが楽しかったので、 思い出したら撮ってた感じですね。

 最初は、なんかかっこよく、さりげない写真とか、200mmで遠くから望遠で撮った写真が多かったんですが、途中から、気づきました。 「おれの撮りたいんはこんな遠くからやないな」って。
そして旅先で偶然見つけた写真集「PORTRAIT」Steve mccurryとの衝撃的な出会い。 「 こんな写真撮りたい」と心から思い、自分の手本になりました。

被写体の近くと、遠くでは表情が全く違います。僕は彼らに向かった写真。自分と向きあった写真が撮りたくなってきたので、望遠はやめて、できるだけそばで50mm〜70mm中心で撮るように心がけました。そうなると、彼らとの心の距離も近づかなあかん。って思ったんです。そうなると、あとはいつも通りですね。街で知り合った人達と遊んで、帰り際に、目の前でパシャっと。現像してみたら、 「ええやん!」って感じです。 *全部で撮ったのは30ロール、1500枚ぐらい。
個展で知り合ったブラジルの写真家が言ってました。 「僕たちがある村をテーマに写真を撮るとき、まず2ヶ月のうち、1ヶ月はカメラを出さないんだ。彼らの中に入っていけたって思って、それからだね。カメラを出すのは」
そういう風に僕の写真も褒めてもらいました。実際、彼らの表情が硬いいうちは、カメラを出すことは躊躇してました

帰国してから思います。 「向き合った写真って、その人の心をそのまま映し出してる」なって。 不安な気持ちで撮った写真は、相手も不安な顔。 楽しい気分で撮った写真は、相手も楽しい顔。我も忘れてはしゃい遊んでいでました。 写真は面白いです。全てではなく一瞬ではありますが、その空気をつくるまでが、僕にとっては一番の楽しみでもありますから。
こちらのサイトが安定しましたら是非、機会を作って写真を撮りに行きたいです。



 About Travel

僕の旅。
僕の旅は今考えると、普通ではありませんでした。
普通でなかったというか、普通のバックパッカーでなかった。
出会った方はわかると思います。
『とにかく急いでいた』のです。
僕より急いでいた旅人は一度も見ませんでした。
中国で土砂崩れにあってパキスタンに抜けれず、
開通が待てずにラサ経由でネパールに入ったときは、
一月で15000km移動してました。 異常です。
多くに日本人バックパッカー言われました。
「何でそんな急いでいるの?」
確かに、のんびりしに日本から飛び出てきたのに、あほです。
今考えると、初めての一人旅で、「旅が下手だった」気がします。しかし 、急いでいた理由はありました。それは 「移動中のほうが、現地の人々との出会いの確率が高まる」 ということ。

 僕の旅の目的にそんなだいそれたものはありません。しかし唯一目標にしていたことが、「一国一家」。 勝手に僕が作った言葉ですが、一つの国を訪れたら、必ず現地の人々の「家」に一度はおじゃましよう。そんな感覚の目的です。
よく考えたら、ずうずうしいですね。でも、僕にとって「家」はその国、その民族の全てでした。文化の集約といっても過言ではないでしょう。家具や間取り、物理的なものだけでなく、習慣や作法、しきたり、モラルと、観光地では味わえない空気を全て味わうことができます。そしてこの空間の「におい」こそが、僕にとって、異文化を知る手段である旅の醍醐味でもありました。
10年前に出版し話題を読んだ「地球家族」。各国の自宅の家財全てを家の前に置き、集まってもらうという大胆な発想で、世界30カ国の暮らしや人間の幸せについて表現した作品です。カメラマン「ピーター・メンツェル」の視点は僕も共感するところがあります。
 移動中は、 「ハーイ!ジャパニーズ、どこ行くんだい?」 そ
んな会話の始まりから、一泊、二泊の移動となる終着駅まで延々と会話が続きます。降り際には、「よかったら、うち来なよ!」最後はこんな展開です。移動中連絡先を教えてくれ、目的地で別れてから僕が電話をすると、飛んで迎えに来てくれます。
「電話くれて嬉しいよ!一週間ぐらい泊まっていけば?」
これらの国では日本のような社交辞令はありません。僕の「一国一家」計画はヨーロッパ以外でほとんど達成できました。
食事を頂き、泊めてもらうだけではありません。中国で出会った学生は大学や寮を案内してくれ、ラオスで出会った青年は村長に紹介してくれました。また、自分の経営する会社を案内してくれるアフガニスタン人、一日中二人乗りのバイクで観光に連れて行ってくれたイラン人、パソコンの修理で家におじゃましたシリア人朝までパトカーで飲みにつれまわされたタイの警官。数えあげればきりがありません。某番組「ウルルン・・」みたいに、取材チームがいるわけでもありませんので、リアルな出会いです。(*詳しくは放浪紀にて)
 さて、家庭訪問で何より忘れてはならないことがひとつありあます。それは、ここが海外であること。自分の身に起きうる危機管理については最重要課題です。僕のような旅は犯罪と紙一重。出会った人々には悲しい話になりますが、最初から疑う目を養う必要があります。彼らの言動はしぐさひとつ見逃してはいけない。死んでしまったら終わりです。

 僕の旅は今思えば、最初から最後まで不思議な旅でした。放浪紀に「自分編」といった僕の心の葛藤を旅中で綴ったものがあります。(後日UP予定)、日本と違って時間がある分、常に自分の行動に問いかけており、苦悩の連続です。何度も友人のメールや、ノートに助けられました。損な旅をしていたと思います。
「欧米人のように、学生のようにもっと気楽に旅をすればよかったな〜」
そんなことに気がついたのは、ヨーロッパにたどり着いたときでしたから、もったいないことをしたと思ます(笑)。


 出国前に、多くの人々から問いかけられました。
「何しに行くんだ? 目的もなく、ただぶらぶらと行くのか?」
当時はその質問に答えられない自分を何度か問い詰めてました。「行く意味があるのだろうか・・・・」
でも帰国して思います。目的がなかったから素の自分が見えた。
何も縛られない、自由な自分の感情が出た。表現できた。
何て人間って感情豊かなのだろう。
何て物事を感じ取る力があるのだろう。
僕の妹の言葉を借りるならば、「左脳でなく右脳で生きていた」
 僕の旅はただ飛びだしたかった旅。
理屈でなく、頭で動くのでなく、人間なのだから、心で動いて・・。
あえて言うならば、「地球で多くの人達と一緒に生きている」
そんなリアリティーがほしかった。
今なぜ旅に出たの?と尋ねられると、僕は今そう答えます。


 

 

 

 

 

Visit Country

 

中国/モンゴル/ラオス/カンボジア/タイ/ネパール/バングラデッシュ/インド/パキスタン/イラン/トルコ/シリア/ヨルダン/レバノン/イスラエル/エジプト/スーダン/エチオピア/ケニア/タンザニア/マラウイ/ザンビア/ジンバブエ/ ボツワナ/ナミビア/モザンビーク/南アフリカ/イギリス/フランス/ベルギー/ドイツ/デンマーク/スウェーデン/オーストリア/イタリア/クロアチア/ユーゴスラビア/ボスニア・ヘルツェゴビナ/スロバキア/チェコ/ハンガリー/ポーランド/ラトビア/リトアニア/ロシア
   以上全45カ国


My Best Country

 

1.モンゴル
2.パキスタン
3.スーダン
4.中国
5.イスラエル

・あの空間がすばらしい。
・ムスリムのイメージが大きく変わった。
・本当の地球を感じた。
・見ているだけで元気になる
・不思議な国。人間の歴史が詰まっていそう。


Trouble

   

1.ロシア
2.インド
3.イスラエル
4.ネパール
5.カンボジア

・パスポート不所持、留置所拘留
・入院
・戦争
・戒厳令
・交通違反

 

 
 

Copyright (C) 2004 Kenji Yoshimura. All Rights Reserved
当サイトに掲載されている文章、写真等の無断転載・転用を禁止します。
このウェブサイトは、画面サイズ1024×768ドット、文字サイズ「標準」にて最適化されています。
また、一部の内容表示にJavaScriptを使用していますので、 ブラウザのJavaScriptの設定を「有効」にしてご覧ください。
このウェブサイトの表示は、Internet Explorer 5.5以上で正常に表示されることを確認しています。






Photo Gallery