フェードインする恋心 2
「、ほらよ。」
「ありがと。」
素晴らしいコントロールで飛んできた紙パックのジュースを受け取る。
可愛いリンゴちゃんのイラストに頬を緩ませつつ楽譜を置いた。
練習室の窓を開け放し、空気を入れ替えながらのブレイクタイム。
鬼のように厳しい土浦君も今は穏やかな表情だ。
ふいに下から賑やかな声が聞こえ始めた。
何とはなしに視線を落とせば、柚木先輩と彼を慕う親衛隊の皆様が移動中だ。
相変わらずの人気に、どうにも割り切れないものを感じつつ眺める。
柚木先輩の強烈な俺様気質を知ってる子はいるのだろうか?
みんな騙されているんだろうなと同情しつつ眺めていたら、横に土浦君が並んできた。
「いいのかよ、あれ。」
「何が?」
「お前はいいのかと訊いてるんだよ。」
苦虫をつぶしたような顔で女のコに囲まれてる柚木先輩を見下ろしている土浦君。
問われてる意味が分からない、私の視線を感じた土浦君は大きく溜息をついて頭をかいた。
「この前、見ちまったんだよ。近道しようと入った路地でさ、柚木先輩の車。」
ぎょっとした。
柚木先輩の車ということは、当然・・・
「お前が乗ってた。付き合ってるんだろう?柚木先輩と。」
「ち、違うよ〜。たまたま会って、送って貰ったというか。」
「たまたま会った雰囲気じゃなかったぜ。どう見ても付き合ってますっていう感じだった。
ま、柚木先輩相手じゃ隠したい気持ちは分かるけどよ。」
土浦君は何を見たんだろう。
怖くて想像するのも恐ろしかった。
私が否定すればするほど、土浦君は慰める様な目で私を見る。
「心配しなくても誰にも言わねぇから。あんまり、ためこむなよ。」
なんて、心強いお言葉まで頂き閉口するしかなかった。
その日の放課後。
『渡したいものがあるから、放課後は空けておけよ。講堂の控室で会おう。』
一方通行の連絡は私の都合など全く無視しての決定事項だ。
行かなくてもいいようなものだけど、後が怖いので渋々と人のいない控室に向かった。
「。ほら、プレゼントだよ。」
そう言って差し出されたのはパステルカラーの砂糖菓子。
ドラジェと呼ばれるアーモンド型の砂糖菓子は綺麗にラッピングされて、水色のリボンが結ばれていた。
「可愛い。貰ってもいいんですか?」
「いいよ。俺も貰ったものなんだ。お前が喜びそうだと思って持って来てやった。」
「食べるのが、もったいないなぁ。」
「ケチくさいことを言ってないで食べればいい。ドラジェを手にすると幸運が訪れると言われているぜ。」
「本当ですか?」
私は嬉々として包みを開いた。
硬い砂糖菓子だけど丸みがあって愛らしい形だ。
こうやって柚木先輩は折にふれて可愛らしいものや珍しいものを私にプレゼントしてくれる。
俺様いわく『愛人には貢のがセオリーだよ』だそうだ。
愛人になったつもりはないけれど、こうやってプレゼントを貰えるのは素直に嬉しかった。
ピンク色のドラジェを指でつまみ、そっと口に入れる。
ほのかな甘さが口に広がり、噛めば中から香ばしいアーモンドが出てきた。
「美味しいか?」
飲みこむのがもったいなくてコクコクと頷けば、柚木先輩の瞳が満足げに細くなる。
こういう時の先輩の笑い方は、とても優しいと思う。
誰かに何かをして喜ばれることが好きなのかもしれない。
「じゃあ・・・俺も一つ貰おうか。」
どうぞと包みを差し出した。
その手を物ごと掴まれて、驚いた時には目の前に流れるような黒髪があった。
近いと頭をかすめると同時に見た柚木先輩の顔は焦点が合わない。
長い睫毛が触れ合った気がする。
それは唇に触れていく感触と同じように、軽い羽のようだった。
離れていく整った顔を鈍い頭で見ていた。
柚木先輩は困ったような笑顔を浮かべると「泣くなよ?」と囁く。
泣くなよと言われて、私は泣いてしまった。
ファーストキスを好きでもない人に奪われてしまったのが悲しかったのか。
それとも飛び出しそうなほど走る鼓動に気が動転してしまったのか。
とにかく何が何やら分からないのに涙が出た。
「、好きなんだ。だから、泣くな。」
泣きやませるためには言葉も手段も選ばないのだろう。
柚木先輩は私の体を胸に抱きしめると、幼い子供を慰めるかのように背中を撫でた。
それが余計に私を泣かせることも知らず、何度も何度も好きだよと繰り返して撫でていた。
『愛人』て、なんだろう?
結婚を誓い合うほど想い合った恋人がいて、なんで『愛人』が必要なの?
からかいなら質が悪すぎる
遊びなら恋人がかわいそう。
好きなんて言葉は、心を捧げる唯一の人にだけに告げる言葉だと思う。
気付いた時には柚木先輩の腕を振り払っていた。
あんなに可愛いと思ったドラジェが硬質な音をたてて床に散らばる。
柚木先輩は痛みに耐えるような目で私を見ていた。
そんな目で私を見ないでほしい。
どうにもやり場のない怒りと悲しみが綯い交ぜになって私を突き動かしていた。
言葉など選べない。思ったまま、剥き出しの感情を柚木先輩にぶつけた。
「私は柚木先輩なんか好きじゃない、き・・嫌いです!
もう私に構わないでくださいっ!」
そのまま控室を飛び出した。
窓もない地下の廊下に私の靴音だけが響く。
私の靴音に柚木先輩の靴音が追ってくることはなかった。
フェードインする恋心
2007/11/19
フェードインする恋心
ザコは相手にしないプライド
リードする時は、いつもさりげなく
キスして良いのは貴方だけ
スルーされた告白の行方
お題 キミにうたう「すき」のうた 様より
戻る コルダ連載TOPへ 次へ