私の想い・あなたの想い
携帯の画面を見つめ、今日も先輩から届く『おやすみ』の文字を繰り返し読む。
もう何日、会えていないだろう。
数えるのも一週間まで。それを過ぎると数えなくなってしまった。
付き合っているのかと問われれば、付き合ってる。
恋人なのかと問われれば、きっと『ノー』なんだろう。
先輩には決められた人がいるらしい。
いずれは私の知らない誰かと生きる人なのだから、今の私は何と言えばいいのだろう。
不安定な立場、秘密、必ず来る別れ。
どれも哀しい現実だけど、ただ一つの真実があって私は歩いている。
私は柚木先輩が好き。
だから「かりそめだ」と前置きされた手でも取った。
ある意味、柚木先輩は誠実だ。
冷たい物言いにも聞こえるけれど、気まぐれに遊ぶだけなら嘘をつけば済むのに私を騙そうとしなかった。
正直に自分の立場と近い将来のことを話した上で「付き合ってやる」と言った。
僅かしかない自由な残り時間を私にくれるという。
それは先輩にとって精一杯の愛情なのだと思った。
静かな部屋に突然メールの着信音が鳴り響く。
陽気な音楽に送信してきた人が知れて、私は笑顔でメールを開いた。
『こんばんは!あのさ、お願いなんだけど。買い物に付き合ってくれないかな?
もうすぐ柚木の誕生日だろ?プレゼントを探してるんだけど決められなくって。
ちゃんならセンスもいいし。一緒に探してよ、お願い!
お礼にメチャ美味しいチョコレートパフェを奢るよ。
可愛いカフェでさ、男ひとりじゃ入りにくい店なんだ。
買い物のついでに、こっちも付き合って!お願い!』
柚木先輩の誕生日・・・か。
どうしようか、迷う。
火原先輩の誘いはプレゼントを選ぶのとパフェを食べるのに付き合って欲しいの二つ。
確かに男の人ひとりでチョコレートパフェは食べにくいだろうなと同情もする。
でも火原先輩と出かけるのは躊躇われる。
火原先輩が私に寄せてくれている好意に気づいてないわけじゃないから。
随分と迷ってから、今週は試験があって忙しいんですと丁寧な断わりのメールを打った。
なのに速攻で返ってきたメールには『じゃあ、いつならイイ?俺が合わせるから!』と火原先輩らしいノリ。
更に駄目だとメールをすれば、酷く傷ついた顔をするだろう火原先輩が想像されて困ってしまった。
その後すぐ追い討ちをかけるように『それとも俺に誘われるのって迷惑だった?』なんてメールが来るから、
つい『行きます』と返信してしまったのだった。
その週末。
梅雨入り前の爽やかな初夏の風が吹く街で火原先輩と待ち合わせをした。
「ね、ちゃん。柚木って何をあげれば喜ぶと思う?
付き合い長いのにさ、いまだにアイツの趣味が分かんなくて。
金持ちだし、欲しいものは何でも持ってそうだしね。
それに、いつもイイ物を身につけてるからなぁ。難しいよね。」
雑貨棚の前で火原先輩が真剣に悩んでる姿が可愛い。
確かに先輩の言うとおり、柚木先輩に何をあげたらいいのかは迷うよね。
「いつも何をあげてるんですか?」
「えーっとね、高校の時は・・・シャーペン、下敷き、消しゴム。
あ、サボテンの鉢植えをあげたこともあったな。あれは喜んでたかも。」
「なるほど。文具品がメインですね。」
「あんまり趣味とか関係ないし、絶対に使う物だからね。
けどテントウムシの飾りつきシャーペンは、ちょっと呆れられたかな。
文字を書くたびにブラブラ揺れて気になるってね。」
それでも使ったんだと私は笑った。
あの柚木先輩がそんな可愛いシャーペンを好むはずがない。
趣味じゃないシャーペンでも使うのは相手が火原先輩だったからだろう。
柚木先輩が唯一長く傍に居ることを許している友人。
本当の自分は見せなくても、火原先輩をとても大事にしているのが分かる。
「ねぇ、どうしようか?」
「きっと・・・柚木先輩は火原先輩が選んでくれたものなら何だって喜ぶと思いますよ?」
「そうかな?」
「そうですよ。だから火原先輩がプレゼントしたいなっていう物を選べばいいですよ。」
そっかと火原先輩は嬉しそうに笑って棚に視線を戻した。
プレゼントを選ぶ火原先輩の隣で私も何となく品物を見つめる。
柚木先輩には何をあげれば喜ばれるのかしら。
「ね、ちゃんは柚木にプレゼントしないの?」
「え?」
「わりと親しいみたいだから、さ。」
火原先輩がガラスで出来たペーパーウェイトを覗き込みながら訊いてきた。
心臓が跳ねた私の表情は見られてなかっただろう。
「そ、そんなことないですよ?
柚木先輩は雲の上の人みたいな人ですから、プレゼントなんて畏れ多くて。」
「そうなんだ。」
火原先輩は私を見ずにペーパーウェイトを選び始めた。
私は残る何かを柚木先輩にプレゼントしたことがない。
先輩が望んでいないことも知っていた。
だって先輩が私にくれるものも後に残らない物ばかりだから。
美しい花。高級なお菓子。香りの良い石鹸。
いつかは枯れるもの。いつかは無くなるものばかり。
私が去年の誕生日にあげたのは・・・私だった。
欲しいと言われて、先輩が手配したホテルで一夜を過ごした。
夜が明けると何事もなかった様に別々の電車に別れて帰った日の切なさは忘れられない。
「ちゃん。これさ、どれがいいと思う?」
火原先輩に問われ、肩を並べてガラスの棚を覗き込んだ。
丸いガラスのペーパーウェイトの中には鮮やかな花が咲いている。
黄色や青のビオラ。
ラベンダー。
桜の花びら。
「これ・・・柚木先輩のイメージじゃないですか?」
私が指差したのは紫色の薔薇。
一輪の薔薇がガラスの中で美しく咲いていた。
「ホントだ。うん、コレだ!コレ!」
それを嬉々として手にした火原先輩が値段を見て固まる。
こういうのって高いのを知らなかったみたいだ。
「予算オーバーですか?」
「これ買ったら二人でパフェが食べられなくなる。」
「そんなの私の分は自分で出しますよ。」
「いや・・・俺のも。ついでの明日の昼飯も抜きになる。」
火原先輩が情けない目で私に呟くから笑ってしまった。
年上の人に使うのは悪いけれど、本当に可愛い人だ。
火原先輩の近くにいると自然と笑えてしまう。
明るいお日様みたいな人。
この人を好きになっていたら幸せだっただろうな。
「じゃあ、私も出しますよ。二人で買えば火原先輩のお財布も大丈夫でしょう?」
「それはありがたいけど・・・いいの?」
「いいですよ。」
「ありがとう、ちゃん!」
火原先輩は大喜びでペーパーウェイトをレジに持っていく。
その背中を追いながら少しだけ後悔し・・・少しだけ嬉しかった。
柚木先輩は火原先輩から貰った物を必ず大事にするだろう。
私があげる唯一残るもの。それが、火原先輩と共に選んだペーパーウェイトになる。
私があなたに残す、最初で最後の贈り物になるだろう。
綺麗に包んだ箱を紙袋に納めて火原先輩は満足げだ。
私は呼吸を整えてから、さりげなく切り出した。
「火原先輩。それ・・半分は私が出したことを柚木先輩には内緒にしてくれませんか?」
「え?なんで?ちゃんからもって言ったら、柚木も喜ぶと思うよ?」
「そうかもしれませんけど。
あまり親しくないし、ここ最近は顔もあわせていない人間から貰っても困るんじゃないかなって。
柚木先輩のことだから気を遣って私にお返しをとかって考えそうですし。」
「そりゃ柚木なら当然するだろうけど。」
「忙しい先輩に気を遣われるのは私も心苦しいんです。だから、ね?お願いします。」
「でも・・・」
「火原先輩にはパフェを奢ってもらうし。
夏になったらカキ氷とか、誕生日プレゼント代を少しずつ返してもらいますよ。」
納得しきれていない火原先輩を何とか宥め、柚木先輩には私が半分出したことを内緒にして貰うことにした。
これで別れた後、先輩が残る物の処分に頭を悩ませることもないだろう。
あなたと別れても、私の選んだガラスの薔薇があなたの傍にある。
ささやかな喜びと、静かな哀しみだ。
私の想い・あなたの想い
2007.04.08
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