本当の言葉










「誕生日、おめでとう!」



火原に差し出された包みを素直に受け取った。
毎年どこから探してくるんだと思われるようなプレゼントばかりの火原だから、それはそれで楽しみだ。
他の女の子から貰ったプレゼントは紙袋に集めたまま開きもせずに処分するのが常だけど、
火原のプレゼントだけは毎年ひらいて手元に残してある。



「今年は何かな?」
「ちょっと自信ありだよ。」



貰う俺より期待イッパイの目をした火原を横目に包みをひらいた。



「へぇ、驚いたな。ステキじゃないか。」
「だろ?気にいった?」


「ありがとう、とても気にいったよ。大事にする。」



思いがけずセンスのいいガラスのペーパーウェイトだった。
ガラスの中で咲く紫の薔薇も好みだ。


いつもは机の奥深くに仕舞ってしまう火原のプレゼントだけど、これは今日からでも使えそうだと笑顔を零す。



「でも、これって高いんじゃないかい?火原の財布は大丈夫なのかな?」
「え?あ・・いや・・うん・・まぁ。」



歯切れの悪い火原が頭をかいて視線を泳がす。
嘘のつけない男だから、表情を見ただけで金額的に苦労しただろう事が分かった。



「悪かったね。今日のランチは僕が奢ろうか。」
「いや、いいんだ。高かったけど、大丈夫だったんだ。」


「大丈夫って。いつだって今月もピンチだって騒いでる火原には大丈夫じゃないんだろう?」
「そ、そうだけど。あ、あの・・俺だけで買ったんじゃなくて。あ、いや・・・違うけど。」


「火原?なんだか事情がありそうだね。」



瞳を丸くして「ないよ、ない!」と手を振る火原にニッコリと極上の笑みを向ける。
正直者の火原が俺の誘導尋問に耐えられるはずもなかった。










つまらない。



それしか言葉が思い浮かばない誕生日パーティーだ。
三男の俺など祝う必要があるのかと思うが、誕生日パーティーという名を借りた社交場と思えば意味もあるのだろう。
ついでにと次々に紹介される年頃の女にも食傷気味だ。


ワインを片手に目の前で喋り続ける令嬢の話を聞いているフリで別の事を考える。
パーティー前、自室のデスクに置いたガラスのペーパーウェイトが目に浮かぶ。


が火原に口止めした理由は分かっている。
俺の手元に自分の物が残ることを遠慮したんだろう。
俺がに残るものを贈らないのと同じように。


祖母に言われて嫌々お付き合いした銀行の頭取か何かの孫は俺を贔屓にしている宝飾店へと連れて行った。
その歳には似合わないだろうと思われるアクセサリーを並べ俺に選んでくれという。


どれでもいいと思ったから、その日の日付である「3」をヒントに右から三番目を薦めた。
それを喜んで買った女を冷めた目で見ながら思ったものだ。



なら何が似合うだろう。
あの白くて細い指に大きな石は似合わない。
金も駄目だな。美しいプラチナがいいだろう。


小さいが品のいい一粒の石がいい。
色は必要ない。真珠かダイヤモンドあたりだろう。


贈っても、きっとは素直に喜ばない。
絶対に遠慮して手を伸ばさない気がする。
俺が強引に押しきれば少し困った顔で笑うだろう。


そして・・・とても大事そうに受けとって「ありがとう」と、はにかんだ笑顔を見せるだろう。



梓馬さま、と声をかけられて白昼夢を見ていた自分に気がついた。
目の前で俺を見上げているのはでないことが虚しかった。



疲れるだけのパーティーを終え、部屋に戻ったときには11時を過ぎていた。
無駄に誕生日の一日を過ごしてしまった気がして溜息が出る。


そういえばと思い出し、鞄の奥に仕舞っている携帯を取り出した。
蛍光のランプが着信があったことを知らせてくれる。


あまり使わない携帯の操作にイライラしながら、思ったとおりの人物が残したメッセージを聞いた。



『柚木先輩、お誕生日おめでとうございます。
 えっと・・・メールじゃ味気ない気がして電話にしました。
 誕生日プレゼントのチケットは手配できました。
 私たちのミニコンサートなんかで本当にいいのかなって思いますけど・・・
 少なくとも月森君と土浦君、志水君の演奏は聴いても損はないと思います。 
 あ・・なんか一人でベラベラと喋っちゃったな。
 とにかくおめでとうございます!それじゃあ、また。』



ふっと笑い、もう一度再生のボタンを押して耳に携帯を当てる。
の声を聞きながらデスクの上に置かれたペーパーウェイトを見つめる。



どうしよう。
たまらなくに会いたい。



思った時には掛けてあったスプリングコートを手にしていた。



「もしもし、?いつもの公園に今から出て来い。」
『え?ちょっと・・柚木先輩?』


「今、家を出た。車を拾うつもりだが、見つかるか分からないな。
 とにかくお前は出てきて待ってろ。いいな?」



まだ何か喋っていたが、俺は携帯を切った。
誰にも見つからないよう家を抜け出して、こんな真夜中の道を走っているなんて考えられない。
眩しいヘッドライトに目を細めては空車のタクシーを探す自分が滑稽で笑ってしまう。


ただ一人の女のために俺は動いている。


馬鹿馬鹿しいほど単純で・・・純粋な気持ち。



会いたい。


それだけのためにだ。










一台の車を拾うのに、こんなにも苦労するとは思わなかった。


閑静な住宅街に空車のタクシーが走っているはずもなく、大通りに出ても客を乗せたタクシーしか走っていない。
駅前には数珠繋ぎで並んでいるだろうタクシーを道端で拾うことは難しいのだと初めて知った。


やっと捕まえたタクシーで公園に着いた時には、既に0時に残り10分しかなかった。


帰りの事を考えてタクシーを待たせておこうか。
車を降りながら運転手に待つよう声をかけようとして、ベンチの前に立つに気がついた。


真っ暗な公園に仄かな外灯の明かりが幾つも落ちている。
は暗い舞台の上でスポットライトを浴びているかのように立っていた。


俺は運転手に言葉を掛けることなく車を降りた。
背中でドアの閉まる音がして、やっと拾ったタクシーが走り去る。


帰りが困る。
だが今はそんなこと、どうでもいい。







名前を口にした自分の声がとても甘く響いたのに驚いた。
近づくにつれ彼女の顔がよく見えるようになる。


は優しく微笑んでいた。



「遅くなった。大丈夫だったか?」
「こっそりと抜け出してきました。柚木先輩こそ、こんな時間に大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃないが、まぁいいさ。」
「あ、先輩・・コレ。6月なのに夜は肌寒いですよね。」



は何でもないように言ってポケットからペットボトルの緑茶を出してきた。
温かいですから、どうぞと。


差し出されたペットボトルと一緒に触れたの手に俺は彼女を見た。
きょとんとした表情のの顔が白い。


は俺の電話を受けて直ぐに家を出てきたに違いない。
俺が此処に来るまで、肌寒い深夜の公園で待っていたんだ。



「お前は馬鹿だ」



言葉と一緒にの体を引き寄せて抱きしめた。
冷えたの髪に顔を埋め強く強く。


どうしようもない感情に体が縛られていくような感覚。
持て余すほどの愛しさを言葉に出来なくて、ただ腕の力を強めて抱くしかない。


このまま抱き潰してしまいそうなほど、お前が愛しい。



「俺の我儘に付き合うことはないんだ。」
「先輩?」


「お前は振り回されてばかりで報われない。」
「違いますよ、先輩。」



ポンポンと軽く背中を叩かれて腕の力を緩めた。
少し体を離せば、穏やかな瞳をしたが俺を見上げている。



「今夜こうやって会えたの、私すごく嬉しいです。
 誕生日には会えないと思ってたのに、無理して出てきてくれたことが嬉しい。
 いつも私との時間を大事にしてくれてるの分かってます。
 だから・・・ちゃんと報われてますよ、私。」


「お前、」



俺に真実なんてなかった。
どんな言葉も俺の口から音として出た途端、嘘になる。



何ひとつ『本当』など持ってない俺をお前は簡単に許してしまう。
そして嘘のなかにある僅かな本当を知ってしまうんだ。



「柚木先輩、お誕生日おめでとうございます」



厭きるほど言われた言葉なのに、お前の言葉だけは特別に響く。
再び手を伸ばし、あと何度抱きしめることができるだろうか体を引き寄せる。



「ありがとう、
 会えて・・・よかった。」



本当の言葉だよ。


お前に会えてよかった。
俺のツマラナイ人生に、お前という愛しさを知ることができた。


できることなら離したくないほどに・・・愛している。


それは絶対に言ってやれないけれど。










深夜の公園で星を見上げ、指をからめて笑いあった。



この際だから、夜明けを拝もう。
朝になったほうが「早朝の散歩」だと言い訳もできるというものさ。


俺の提案にが楽しそうに笑う。


眠くなったら俺の肩にもたれて眠ればいい。
風邪を引かないよう、俺が体を包んでやろう。


この一分一秒をお前と共に過ごす喜びを大事にしよう。



「ああ、そうだ。火原からステキなプレゼントを貰ったんだ。」
「そうなんですか?」


「とても気にいってね。直ぐに使わせてもらうことにした。」
「良かったですね。」


「ああ。大事にするよ、ずっと。」



が俯き加減で、そっと笑った。



お前も本当の言葉は隠したままだね。


そんな横顔が・・・どうしようもなく好きだ。




















本当の言葉   

2007.04.11




















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