100万回でも好きだと言おう 3
「ほらよ。これが貰ったガムだ」
俺は女に渡されたガムをテーブルの上に出す。
忍足は「やっぱり可愛いやろ」を連発しながらガムの封を切り、一枚を口に放り込んだ。
「酒を飲みながらガムを食う奴がいるか?」
「なかなか美味いわ、これ」
隣からジローの手が伸びてきて、俺も俺もとうるさい。
「けど、これって五十円じゃ売ってないやろ?」
「これはね、コンビニだと百二十円」
相も変わらずコンビニの菓子集めが趣味のジローが速攻で答えた。
忍足がジョッキを口にする俺の肘をつつく。
「そりゃ元気ちゃんの大損や。百円を落としたうえに、七十円分が余分やろ
跡部、今度会うたら差額分を返してやってな」
「知るかよ。勝手に向こうが寄こしてきたんだ。それに、そうそう会わねぇよ」
「ね、ね、そのコ、可愛いの?」
俺たちの話を聞いていたジローは興味津津だ。
「可愛いでぇ。色が白くて、目がまん丸で、小さくて、それでニコニコしててな」
「あの前髪が駄目だ。戦時中のガキみたいな前髪してるぜ?」
「跡部、今の若いコはようしてる前髪やって」
「冗談だろ?」
俺は懐からタバコを出してきて火をつける。
軽くふかして女の顔を思い浮かべるが、まるで小学生のようなイメージだ。
「どこぞのお嬢様とばっかりと付き合うてるから知らんのや。なぁ、ジロー」
「俺さ、色が白くて小さいコって好みなんだよね。目も大きいんでしょ?ね、ね、紹介してよ」
「あかんて。俺が先に目をつけてるんやから」
「オッシーは誰にでもモテるじゃん。俺に譲って?」
「ほな、ふたりで競うか?負けへんで」
「俺も負けないよ〜」
「・・・バカバカしい。競うたって、名前も知らねぇのに」
酔っ払いの戯言には付き合っていられないとタバコを片手にビールをあおる。
仲間と飲むのなんて半年ぶりぐらいで、ついついピッチが上がった。
「そこは我らが跡部景吾がな、なぁ?」
「なんだよ」
「名前と連絡先ぐらい社長なんやから調べられるやろ?」
「俺はお前らみたいに暇じゃない」
両脇から媚びるように俺の名前呼ぶ二人に辟易しながら、俺は更にビールを飲んだ。
忍足たちに頼まれたからと言って派遣の女ひとりを探し出す気はなかった。
日々の仕事に追われ、プライベートも仕事がらみが増えていき気の休まる時がない。
歳も歳だし、次々と縁談が持ち込まれて忙しさに拍車がかかる。
先週はどこぞの会長の孫。
今週は取引先の社長令嬢。
来週は政治家の娘。
適齢期の娘がよくもまぁゾロゾロと湧いてくるもんだと思う。
綺麗な女から、頭のいい女、後ろ盾の大きい女、色々といるが選ぶとなると大変だ。
メリットが最大限にある結婚は?
そこらへんの見極めが難しい。
そんな話をするたびに、ジローは悲しそうな顔をする。
『結婚ぐらい好きな人とすればいいのに。誰かいないの?』
いない。
遊びならいくらでも付き合える。
だが本気にはならないし、なれない。
無意識のうちに自分でストップをかけているのかもしれないが、どうだろう。
ただ言えるのは、恋愛や結婚に夢なんかない。
そんな不確かなのものに自分の人生をかけられるものかと思う。
結婚は自分の望みを叶えるための道具の一つ。
メリットがなくなれば捨ててもいい。
俺にとってはそれぐらいのものだった。
その日の会議は紛糾した。
古い役員たちが新しい事業に反対し、新しいスタッフと共に準備を進めてきた俺は苛ついていた。
今までと同じやり方では、いつか頭打ちになる日が来る。
分かりきったことなのに変化を拒む年寄りたちは首を縦に振らない。
いくら俺が社長でも役員会の賛成を得られないと新しい事業を進めるのは難しい。
そして「検討する」という言葉だけで、たいした進展もないままに会議はお開きになった。
「クソッ」
社長室に戻るなりデスクに書類を叩きつけた。
散らばった書類を俯いた秘書たちが拾い集める。
それを見ていると自分が情けなくなった。
「少し出てくる」
言い残して社長室を出た。
やることは沢山あるのだが、とにかく頭を冷やしたかった。
行き先に当てはないが、とにかくガラスの箱から出たい。
会社の人間には会いたくないと、わざわざ普段は使わない一般のエレベーターに乗った。
忍足のいる三階でエレベーターが止まったが、待合室で待つ患者が見えた。
俺はそのまま下まで降りて、外へ向かった。
平日の夕方ということもあって、一階のテナントはそれなりに賑わっていた。
群れになった学生たちを避けなければ前にも進めない。
どこに行っても自由にならない自分に叫び出したい気持ちになった。
その時だ。
「あっ、五十円の人!!」
また、呼ばれた。
なんでこんな時に。
感情をもてあましているんだから近寄るな。
俺は聞こえないフリで先を急ぐ。
なのに後ろから「五十円の人、ねぇ」と腕を引っ張られ、どうにも振り向かないわけにいかなくなった。
凶悪なほど機嫌が悪いのは承知で振り返る。
「なんだ?」
さすがに女が怯んだ顔をした。
人の往来が多い中で、女は僅かに首をかたむけると俺に訊ねる。
「どうしたの?」
俺は答えない。答える義理もない。
なのに女は大きな瞳に西日を集めて、何の思惑も感じられない純粋な声で再び訊ねる。
「なにか嫌なことでもあった?」
まるで幼い子供が友達を心配する時のような、そんな声だった。
俺はガキじゃない。そう言ってもよかったのだが、言えなかった。
代わりに出たのは肯定の言葉だ。
「ああ、あった。だから逃げ出してきたんだ」
「そっか」
何故だか女が嬉しそうに笑った。
「なに笑ってんだ」
「あなたみたいにエリートっぽい人でも、そんな時があるんだなぁと思って
そりゃ同じ人だもん。そんな時もあるよね。私も今日は失敗しちゃって怒られたよ」
「仕事か?」
「そう、入力ミス。一桁違うと大変だよね。そりゃもう、辞めて帰っちまえ状態だった」
「お前と俺じゃ次元が違うぞ。お前のは単純ミスだ」
そうなんだよねと女が眉をハの字にして笑う。
こんな派遣社員、どこから送ってきたんだと心配になってきた。
「本当は落ち込んでるのよ。でも、もっとあなたの方が落ち込んでるみたい」
「大きなお世話だ」
自分から声をかけたきたんだ。
八つ当たりぐらいさせろと思う。
尖った声の俺を下から覗きこむようにして女が目を笑顔にする。
「お腹すいてるんじゃない?空腹だと腹も立つし、頭も回らないよ?
今日を反省して、モリモリ食べて、よく寝て、また明日から頑張ればダイジョーブ」
言って女は元気に笑った。
俺は溜息をつく。胸の奥の黒いものを一緒に吐き出すような大きな溜息を。
そして目の前の名前も知らない女に訊ねた。
「お前、美味い紅茶の飲めるところを知らないか?」
女はやっぱり嬉しそうに瞳を細めると、知ってるよと明るく応えた。
100万回でも好きだと言おう 3
2009/01/11
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