100万回でも好きだと言おう 4












俺はロイヤルミルクティーを前に眉を寄せる。
駅には必ずあるというコーヒーショップのチェーン店で、ガラス窓に向かって並ぶ椅子。
座り心地が悪いは、店内はうるさいは、窓の向こうを人が歩いてるはで落ち着かない。



「お前の味覚を信じた俺が馬鹿だった」
「ここのロイヤルミルクティーは美味しいよ?奢ってもらって文句を言わない」


「金は払うと言っただろうが」
「そんな、しょんぼりしてる人から貰えません」


「どこがだっ」



確かに苛々はしていたが、俺様がしょんぼりするなど有り得ない。
それに俺が贔屓にしている店のロイヤルミルクティーは一杯が二千円だ。
五分の一ほどの値段で美味いものが飲めるとはとても思えない。



「あなたみたいなのを食わず嫌いって言うんです」



唇を尖らせた女は、躊躇う俺を無視して自分のロイヤルミルクティーを飲みはじめた。
ああ美味しいと大げさに言ってみせる女を横目に、俺は渋々とだがカップに口をつける。


へぇと思った。
俺の表情を窺っていたらしい女が『ほらね』という勝ち誇った顔をしている。



「美味いとは言ってないぞ。香りもないし、コクも足りない」
「でも思ったよりはマシだって思ったでしょう?そんな顔をしてた」



図星だったので黙る。
この値段でコレなら、まぁまぁだろう。


学生時代はテニス部の連中に誘われて入ったこともあったが、最近はこんな店には縁がなかった。
周囲を見渡せば本を読んだり、勉強をしている奴までいる。
よくもまぁこんな所でと思うが、慣れれば平気なのかもしれない。
実際に他愛ない話を休むことなく続ける女の声を聞いているうちに、俺も周囲の音が気にならなくなっていた。



「そういや百円落としただろう?拾ったか」
「知ってたなら、なんで拾ってくれなかったの?
 家計簿つけてて気付いたんです。百円足りないって」


「お前、家計簿なんかつけてるのか?」


「そりゃあね。田舎から出てきて独り暮らしだし、派遣も安定してるわけじゃないから
 ねぇ、百円はどこに落ちてた?」


「床だ。目につくところだし、直ぐに誰かが拾ったんだろうよ。で?田舎は、どこなんだ?」
「話を逸らして、もう。四国よ、愛媛のミカン農家の娘」



はじめこそ百円にこだわって不機嫌だった女だが、生まれ育った地の話をし始めるとよく喋った。
家族のこと、ミカンのこと、空や海や風、そこに生きる人たちのこと。
俺の知らないことを女はたくさん知っていた。



「空が高くて、真っ青で。それにミカンの色が映えて、すごく綺麗なの」



懐かしそうに女が話す。
俺は相槌を打ちながら、暫く女の話に耳を傾けた。



「あなたはコッチの人?」
「まぁな、ただ小さい時はイギリスに住んでいた。だから広い意味での故郷はイギリスかもな」


「なんか私とは故郷の格が違うね」
「そんなもんに格があるのか?」



可笑しな事を言う奴だ。
今度は女が俺を質問攻めにする。


家族は?学生時代は何をしてた?テニス?そこは強かったの?



「ねぇ、ビルの何階にいるの?何の仕事?」


「・・・・営業だ」
「そうなんだ。うん、確かにヤリ手営業マンって感じ」



そこまでは適当ながらも正直に答えていた俺だった。
だが咄嗟に嘘をついてしまった。


お前が派遣されている会社の長なのだと、何故か言う気になれなかった。
仕事の半分は営業なのだから嘘ではない。
そう自分に言い訳をした。



小一時間も話しただろうか。
ロイヤルミルクティーを飲みほした頃、胸の携帯が震えはじめた。
予想した相手からの電話に溜息が出る。


ただ気持ちは落ち着いて、すっかり頭は冷えていた。



「社に戻らないとな」
「今から?」


「ああ。俺は明日からじゃなくて、今日からやる人間なんでな」


「せっかちなんだね。そんなに急がなくてもいいのに」



テーブルの上を紙ナプキンで拭く女が呟く。


俺の生きる時間と他の奴が生きる時間。
同じ時間であるはずなのに、確かに俺は急いている。


だが、それが俺の生き方だ。



「次に会ったら奢ってやるよ」
「本当?」


「ああ。落とした百円と今日の奢り分をな」



やったと、女が無邪気に喜ぶ。



「それと・・ひとつ忠告してやる。その前髪、やめとけ。変だぜ」



ずっと言いたかったコトをついでに。
女は焦った様子で自分の前髪を押さえると、恨みがましく俺を睨んだ。



「自分で切ったら失敗して・・・気にしてるのに!!」
「そりゃ気の毒だったな。好きでしているのかと思ったんだが」


「信じられない!」



前髪を引っ張って涙目になった女が、ちょっと可愛らしく見えた瞬間だった。




















100万回でも好きだと言おう 4 

2009/01/12      




















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